7_廻恨_1/2
「弓構え!」
号令が聞こえ、メナは身を強張らせる。
(来る!)
緊急時に備える訓練で矢を落とした経験はあるが、それらはあくまでも訓練。
今回飛んでくるのは訓練用に矢尻を潰したものではないし、それを防ぐ鎧のような防護服もない。
おまけにこの夜闇。
(落とせて、一、二本!)
メナが覚悟を決めて細剣を構えるのと、ドウカイの声、そして矢が放たれたのが同時だった。
「姫様!」
ドウカイが羽織っていた外套を腕に靡かせながら、メナの前に躍り出る。
「『トシス』!」
外套は広がった状態で中空に静止し、壁のように彼女たちを覆う。
鈍い音が幾度か重なり、その内に収まった。何本かは壁を貫通し、矢尻が顔を覗かせているが、勢いは完全に殺されて外套に取り残されている。
背後を見れば、セジンカグも同じようにしてギノーを矢から守っていた。
「助かりました」
「当然のことをしたまで、姫様、本番はここからです。
できることなら、もう少し時間をかけてもらいたいところですが………」
ドウカイのぼやきとほとんど同時に、草を掻き分ける音が一斉に起こった。近接戦に移行するつもりだ。
現状のメナたちの目的は時間稼ぎ、それなら先のように矢を打ち込まれている方が時間稼ぎという面では良かった。しかし、相手はその意に反するように、速攻を選んだらしい。
「ここまでの人数差があれば、当然か………!」
「嘆いていても仕方ありません。『フレマト』」
メナは河を渡る際にドウカイが用意してくれた、火炎瓶に連なる油を染み込ませた紙片に熱を込め、発火させる。
そして、その火種が本元の瓶に至る前に、思い切り放り投げる。
火炎瓶は追手が来るであろう進路上に着弾し、赤い光を撒き散らした。
それはぬかるんだ葦の草地であっても、燃料があるうちは燃え続けるだろう。期待薄ではあるが延焼も見込める。
道が塞がれ、追手の二、三人は一時足を止めたように見えた。
とはいえ、残りの五人ほどはもうすでに顔が見えるほどには接近してきていた。
それに向けて再度火炎瓶を投げつけ、足止めを図る。
瓶は追手の一人に直撃する軌道を描き、その足元で破裂する。
「ぅわぁあ!」
苦悶と戸惑いの悲鳴が上がり、メナは思わずそれから目を逸らす。
「姫様!」
ドウカイの叱咤を受け、メナは無理やり視線を戻した。
(………カレン・メナ。今敵から目を背けるとは何事か!)
「………っ『フレマト』!」
最後の火炎瓶を投げるが、メナの迷いが動作にでたか、あるいは追手が警戒を強めたか、今度は誰に届くこともなく、ただ無惨に火を撒き散らした。
その火炎は深夜の闇を赤い光で染める。それは血の色にも似て、これから起こる惨劇を予感させるものであった。
「お下がりくだせえ!」
セジンカグが前に出て、状況が次の段階に移ったことを知らせていた。
「頼みます、セジンカグ!無理をさせてすみません!」
セジンカグは一瞬だけ振り向いて、ニヤリと笑って見せた。それは彼なりの気遣いだろう。
そして、セジンカグは敵の一人に肉薄する。
「おぉぁ!」
あの失血と片手であるのにも関わらず、彼が振るう剣は一切のぶれを感じさせず、風を切って振り下ろされた。
金属同士がぶつかる甲高い音が鳴り響いた。
メナはギノーと共に氷の壁とその向こう側を見張る。後ろから追手が来ないとも限らないからだ。
メナたちは戦えない。仮に前線に出たとして、足を引っ張るだけだ。だが、前線で戦う二人の意識を正面だけに限定させてあげることができれば、それだけでも補助の役割は十分に果たすことができる。
(今は、耐える)
何もできない自分を歯痒く思いながらも、メナは戦況を見据える。
ドウカイとセジンカグは優秀な軍人、護衛である。
あそこまでの実力者が自分の元について来てくれた幸運、そして彼らの忠誠に、メナは深く感謝している。
しかし同時に、メナは彼らが自分のために死んでしまうことに躊躇いがあった。
彼らほどの実力があれば、自分でなくても雇ってくれる者はあるはずだ。それは彼らの年齢を加味しても、自明なことであるかに思える。
(どうして彼らは「王妃」に仕えているのだろう)
手持ち無沙汰で、焦りがあると、余計なことを延々と考えてしまうらしい、メナは首を振って思考を打ち切ると、前線を見やる。
敵の数は現状で六人。
セジンカグはその剛腕を以って追手の一人一人と戦っている。決して多人数に囲まれないように、上手く立ち回っているが、やはり怪我が後を引いているのか、時折危ない場面がある。
その度にドウカイの補助が入り、彼は善戦しているが、逆にドウカイの方の動きも制限されているように見える。
炎による進路の妨害、歴戦の二人の実力が追手の実力を遥かに上回っていること、この二つの要素があってかろうじてこの均衡は保たれていた。




