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鴉瞳の魔法使い  作者: てらじま
薄明の姫_Prologue
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6_破釜沈船_2/2

 メナは多少、護身の術を持っていた。素人に毛が生えた程度のものであろうが、無いよりはマシだ。

 だがその点、ギノーは全く戦いについて知らない。

 そんな彼女にここに残れというのは、あまりに酷だ。

 だがはっきり言って、今や逃げたとしても安全でなどあるはずがない。それでも、ここにいるよりはマシかもしれない、あくまでも狙いはメナのはずだからだ。

「ご冗談をおっしゃられないで下さい!」

 ギノーが震えているのは遠目に見ても明らかだった。

 しかしそれでも、彼女はここに残ることを選んだ。

 それが打算などではないことは、その目を見れば分かった。

 迷いがなく、真っ直ぐとメナを見据えている。

 居た堪れない気持ちが去来して、メナは彼女から顔を逸らす。

 瞑った目頭が熱くなり、そのままそれをやり過ごす。

「…ふぅ」

 息を吸って、吐く。

 河辺を背にして立つ。

 全員で逃げることはできない。セジンカグの怪我の容体もそうだが、そもそもメナやギノーが弓矢を躱しながらこの葦原の中を走り切り、その上で遠くに見えるあの森までの距離を逃げ続けるなど到底不可能だ。

 よしんばそこまで行けたとしても、追手の手を撒けるかどうかは賭け、それもかなり分が悪い。

 それならば、別の道を考えるのが筋だ。

 取るべき手段は、全員で追手を撃退すること。それが最も全員で生き残る公算がある。

「セジン、背後を塞ぐ、手伝ってくれ」

 ドウカイがセジンカグに伝えると、彼は何も言わず即座に行動に移った。

 河辺にしゃがみ込み、川の流れに手を当てる。

「『アケレテス』」

 彼が魔法を唱えると、轟音と共に激しい水飛沫が上がり、噴水のように吹き上がった。

 即座に、ドウカイは身長よりも高くまで噴き上がったその水流に手を突っ込んだ。

「『トシス・コングオ』」

 その瞬間、メナは時が止まったかのように錯覚した。

 気づけば、眼前には氷壁。

 セジンカグが巻き上げた水流を、ドウカイが凍らせて補強、壁としたのだ。

 それは背後からの奇襲を警戒したものであろう。逃げ道もないが、船がない今となっては河に逃げること自体、選択肢に入るか怪しい。

「助かる」

「気にしなさんな」

 二人はその仕業を誇るでもなく、短い言葉を交わした。

 ここまでの規模まで水を巻き上げたセジンカグもそうだが、それを一瞬で凍結させて固定するドウカイの魔法力はやはり群を抜いている。

 セジンカグと同様のことはできなくはないだろうが、ドウカイのそれは、メナには真似できない。

 頼もしい反面、少しだけ羨ましくもある。

(もしも私に力があれば………いや、よそう。今は)

 メナは余計なことを考えないように、目の前に集中した。

 彼らはすぐにやってくるだろう。

 それは河が山から降るように、夜が更ければ星が回るように。

 そして、その瞬間は驟雨しゅううのように突然にやってくる。

 初めは、闇夜に不自然な程の静寂。

 それは嵐の前の静けさ。

 思ったよりも猶予があったのは万全を期すためなのだろう。

 時が迫るのを感じ、今更ながらに彼女は疑問に思う。

 これほどまでに周到な計画を立て、私を殺す意義、価値がどこにあるのだろう。

(………まぁ、考えるだけ無駄か)

 それが何にせよ、元から彼女にとって都合の悪い虚構の積み重ね。初めから蚊帳の外にいた彼女には、理解しようにもできない代物だ。

 これは、ただ王妃わたしを殺す為だけに用意された演劇で、元々そうあれかしと描かれた脚本の流れに沿っているだけなのだ。

「三文芝居もいいとこね」

 彼女の独白は誰にも届かない。

 メナはギノーの姿をちらと盗み見た。

 彼女は夜目にも青白い顔だが、そこにある表情はどこか覚悟を決めたような凛々しさがある。

 誇るべきなのだろうが、それはメナの頭の片隅に偏在する寂しさのわだかまりを肥大させた。

 彼女は気付かぬよう、誤魔化すように、あるいはそれを理不尽に対する怒りに転化するために、追手へと武器を突きつけるように構えた。

(せめて、私にも、できることを)

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