5_嚆矢濫觴_3/3
それは巻き上がる水飛沫の轟音と、風切り音の中でもしっかりと聞き分けられるほど大きな音だった。
嫌な予感を裏付けるように、ドウカイが何かを叫んだような気がしたが、その声は雑多な音の本流を前に、無力にも押し流されてしまった。
だが、それが良い報せではないことは確かだった。
もはや、これ以上事態が悪くなったところで、あまり違いはない。
(早く、煙筒を………!)
藁にも縋る思いで手を伸ばし、メナは打開策の煙筒を掴んだ。
(やった!)
しかし喜んだのも束の間、油断していたメナは先のドウカイの警告をちゃんと聞いておくんだったと後悔することになった。
強い衝撃を感じたと思った直後、地面に叩きつけられた痛みが拡がり、メナは目元から涙をこぼす。
どうやら船が座礁した衝撃で吹き飛ばされたらしい。
よく生きているなと、我ながら感心する。
メナが吹き飛ばされたのは長い葦が伸びる岸辺で、それらが緩衝材のように働いてくれたようだった。
メナは仲間たちの無事を確かめるべく周りを見渡すが、葦が高く見通しが効かない。
追手の姿も見えないが、あの速度だ。少なくとも近くにはいないだろう。
メナは痛みに歯を食いしばりつつ、立ち上がり、叫ぶ。
「皆、無事ですか!」「姫様、ご無事ですか!?」
それに重なるようにドウカイの声が聞こえる。
「良かった。姫様!こちらへ!」
座礁した船が燃えているのだろうか、明るい光が視界にの端に入るが、そこから離れた場所から声が聞こた。
草木をかき分け、ぬかるんだ河原を突きすすむ。
「よくぞ、ご無事で!」
そこには三人の姿があった。
ドウカイは全身泥だらけであったが、それ以外は特に怪我などはないようだ。
甲斐甲斐しく動き回っているギノーにも、目立つ外傷はないように見える。
セジンカグはしゃがみ込んでいるが、肩が揺れているのを見るに、ちゃんと生きている。
(とりあえずは全員、生きている)
ほっと息をついたのも束の間、カンテラの灯りを元に、セジンカグの手当を始めたギノーの手元を見て、メナは絶句する。
そこには、とても見てはいられないほどに出血し、抉られたセジンカグの左肩のドス黒い傷口、そしてその血で塗れたギノーの手の赤。
「放り出された衝撃で、矢がより深く刺さってしまったようです。幸いと言っていいのか、矢は抜けているようですが、出血が酷い。すぐにでも命の危機がある訳では無いですが………」
メナはドウカイが言い淀んだその意味を察し、その目を見つめ返した。
しかし、ドウカイは無情にも首を横に振って、目を逸らす。
「姫様!私ではこれほどの怪我は手にあまります!
私にはできて応急手当てです!今はまだセジンカグ様も動けるでしょうが、このままでは!」
「ギノー嬢!姫様、心配しなさんな、俺は大丈夫ですぜ!」
ギノーとそれを押し留めるセジンカグの言葉がメナに重くのしかかった。
メナは目を固く閉じ、深呼吸をする。
(………私は姫。アントマキウス王国の王妃。
………正しい判断を下しなさい。生き残ること。それが、命を賭してくれた彼らへの手向)
目を閉じたメナの耳は、遠くから、擦れるような金属音が近づいてきているのが微かな音を捉えた。
逃げるための足はない。戦うだけの戦力もない。抵抗するだけの道具も、技術も不足している。相手を丸め込める材料もなく、それを考えつくだけの知識もない。
仮に、彼を今すぐに見捨てたとして、それが何の得になる。逃げる助けになるか。
(「危険を感じたらそれを使いなさい。助けてあげるわ」)
去り際の鴉羽の使者の言葉がメナの頭を過ぎる。
メナは意を決し、ゆっくりと目を開く。
どうあれ、ここが山場なのには違いはなく、切り抜けられなければ罠もクソもない。
「『鴉羽の使者』を呼びます」
まずは、できることをやる。使える物を全部使う。
(諦めるのは、それからでいい)




