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鴉瞳の魔法使い  作者: てらじま
薄明の姫_Prologue
10/93

5_嚆矢濫觴_2/3

 薄暗い月明かりの元であっても、彼の衣服に血が滲んでいっているのが分かった。

「うぐッ」

「セジンカグ!?」

 かがみ込んだセジンカグに対してメナが叫ぶと、ようやく事態を察したのか、ドウカイが隣の同僚を見、そしてすぐさまその矢尻の対角線に目を向けた。

「馬鹿な、待ち伏せだと」

 ドウカイが呻く。

 見れば川幅の狭まったその両岸の丘に、灯りが点っていく。

 まばらに始まったそれは、いつの間にか川辺を明るく照らす大きな光に変わっていた。

 そしてそこには、立ち並ぶような松明と、兵士が立っている。数はそれぞれ十名ほど、しかしその武装は素人のそれではない。

 それは明らかに何処かに所属する兵士、つまり現状、彼女の命を狙う者達だった。

 まだ距離はあり、暗闇だったために精度はあまり高くなかったはずだ。

 だが運悪く、相手の牽制の第一射が彼の肩口を捉えたらしい。

「二射目構え!」「構え!」

 嫌な怒声がそこかしこで響いた。

 幸いにもあまり練度は高くないようだが、場所が場所だ。狭い川幅で挟まれては逃げ場がない。

「クソッ」

 ドウカイがセジンカグを半ば押しのけるようにして舵を取った。

「ギノー!セジンを診てやってくれ!」

 流石に目を覚ましたギノーに対して、ドウカイが怒鳴る。

 言下に、ドウカイは大きく舵を切った。

 ぐわんと、身の内が引っ張られるような遠心力がかかり、メナは船の縁に押しつけられるような体勢になる。どこかで、何かが転がる音が聞こえた。

 それと同時に矢の雨が放たれ、弦が弾かれる短い音に甲高い風切り音が続く。

 先ほどまで船があった場所に、水柱が何本も立った。

 間一髪で船は射程から逃れたが、この幸運は幾度も続かないだろう。

「セジンカグ様!」

 船が持ち直して直進する最中、ギノーは身を低くしたまま、セジンカグの元へと向かう。

 第三射目の号令がかかる中、メナの視線は打開策を探して彷徨った。

 様々な可能性が頭をよぎるが、現実味を帯びる事はない。

(どうすれば………!)

「皆!掴まれ!振り落とされるな!」

 ドウカイが覚悟を決めたように叫んだ。

 何をするつもりか、などと訊ねる余裕などあるはずもなく、メナは伏せるようにして船底に伏せて縁に掴まった。

「撃てっ!」

「『フィフィアト』!」

 ドウカイの呪文と第三射目はほとんど同時だった。

 空から風切り音が鳴る中、魔導炉から異音が鳴り、それと同時に船の足の回転速度が急速に上がっていく。噴き上がる湯気の量が一気に増大し、ある種の煙幕のように魔導炉から立ち昇る。

(………そうだ煙筒!)

 湯気が立ち上る様が目に入り、メナは思い出した。

 それと同時にガクンと船体が揺れる。船体が急な推力を得た反作用だ。

 身体を起こしていられない程の激しい加速を伴って、メナたちは河面を跳ねるように直進する。

 船に伏したその拍子に煙筒が視界に入り、メナは手を伸ばした。

 そこに、追い縋るように降り注いだ矢の何本かがメナの手の側に突き立つ。

 血の気が引いてメナはの手が止まる。

 あと少しでもズレていれば。その事実がさらに恐怖を増させる。

 だが、メナはすぐに我に帰り、硬直していた身体を無理矢理動かし、煙筒を掴むために手を伸ばす。

 立ち止まっていては、状況は変わらない。

 船底に転がったそれは、もどかしくもすんでのところで、船の揺れと共にメナの手には届かない位置にまで転がってしまう。

 そして、不運は連鎖するように続く。


バキン。


 何度か波に乗り上げるように船体が跳ねた後、何かが弾けるような、あるいは引っかかって折れるような音が魔導炉の、より正確に言うならば、船の足がついているはずの船尾から聞こえた。

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