5_嚆矢濫觴_2/3
薄暗い月明かりの元であっても、彼の衣服に血が滲んでいっているのが分かった。
「うぐッ」
「セジンカグ!?」
かがみ込んだセジンカグに対してメナが叫ぶと、ようやく事態を察したのか、ドウカイが隣の同僚を見、そしてすぐさまその矢尻の対角線に目を向けた。
「馬鹿な、待ち伏せだと」
ドウカイが呻く。
見れば川幅の狭まったその両岸の丘に、灯りが点っていく。
まばらに始まったそれは、いつの間にか川辺を明るく照らす大きな光に変わっていた。
そしてそこには、立ち並ぶような松明と、兵士が立っている。数はそれぞれ十名ほど、しかしその武装は素人のそれではない。
それは明らかに何処かに所属する兵士、つまり現状、彼女の命を狙う者達だった。
まだ距離はあり、暗闇だったために精度はあまり高くなかったはずだ。
だが運悪く、相手の牽制の第一射が彼の肩口を捉えたらしい。
「二射目構え!」「構え!」
嫌な怒声がそこかしこで響いた。
幸いにもあまり練度は高くないようだが、場所が場所だ。狭い川幅で挟まれては逃げ場がない。
「クソッ」
ドウカイがセジンカグを半ば押しのけるようにして舵を取った。
「ギノー!セジンを診てやってくれ!」
流石に目を覚ましたギノーに対して、ドウカイが怒鳴る。
言下に、ドウカイは大きく舵を切った。
ぐわんと、身の内が引っ張られるような遠心力がかかり、メナは船の縁に押しつけられるような体勢になる。どこかで、何かが転がる音が聞こえた。
それと同時に矢の雨が放たれ、弦が弾かれる短い音に甲高い風切り音が続く。
先ほどまで船があった場所に、水柱が何本も立った。
間一髪で船は射程から逃れたが、この幸運は幾度も続かないだろう。
「セジンカグ様!」
船が持ち直して直進する最中、ギノーは身を低くしたまま、セジンカグの元へと向かう。
第三射目の号令がかかる中、メナの視線は打開策を探して彷徨った。
様々な可能性が頭をよぎるが、現実味を帯びる事はない。
(どうすれば………!)
「皆!掴まれ!振り落とされるな!」
ドウカイが覚悟を決めたように叫んだ。
何をするつもりか、などと訊ねる余裕などあるはずもなく、メナは伏せるようにして船底に伏せて縁に掴まった。
「撃てっ!」
「『フィフィアト』!」
ドウカイの呪文と第三射目はほとんど同時だった。
空から風切り音が鳴る中、魔導炉から異音が鳴り、それと同時に船の足の回転速度が急速に上がっていく。噴き上がる湯気の量が一気に増大し、ある種の煙幕のように魔導炉から立ち昇る。
(………そうだ煙筒!)
湯気が立ち上る様が目に入り、メナは思い出した。
それと同時にガクンと船体が揺れる。船体が急な推力を得た反作用だ。
身体を起こしていられない程の激しい加速を伴って、メナたちは河面を跳ねるように直進する。
船に伏したその拍子に煙筒が視界に入り、メナは手を伸ばした。
そこに、追い縋るように降り注いだ矢の何本かがメナの手の側に突き立つ。
血の気が引いてメナはの手が止まる。
あと少しでもズレていれば。その事実がさらに恐怖を増させる。
だが、メナはすぐに我に帰り、硬直していた身体を無理矢理動かし、煙筒を掴むために手を伸ばす。
立ち止まっていては、状況は変わらない。
船底に転がったそれは、もどかしくもすんでのところで、船の揺れと共にメナの手には届かない位置にまで転がってしまう。
そして、不運は連鎖するように続く。
バキン。
何度か波に乗り上げるように船体が跳ねた後、何かが弾けるような、あるいは引っかかって折れるような音が魔導炉の、より正確に言うならば、船の足がついているはずの船尾から聞こえた。




