#63 大切な人
瀬川朱寧
中庭で橘和樹と揉めていた女子生徒は、ブルーの三年生だった。
つまり、マリアよりも一学年上の3年5組。
橘和樹よりも一つ年上になる。
マリアは、中庭で橘和樹と揉めていた女子学生が誰であるのかが分かった後、今度はどうして揉めていたのかが気になった。
しかし、プライベートなことに首を突っ込むのは失礼だし、はしたない。
どう言って聞けばいいのかもわからない。
それに、そう易々と話してもらえるとも思えなかった。
体育祭の後、クロとヴィゼから、中庭で揉めていた女子生徒の情報を貰ったマリアは、一度、みんなで集まって話し合うことにした。
マリアが、中庭で見聞きしたことを気にするのは、ただ単に橘和樹の意外な面を知ってしまったからなのか………。
それとも、マリア自身、気付いていないだけで、気になる何かがあったのか………。
琴音と凪、B・Bやノラ、バト、ドドにも話を聞いてもらい、気になるのはおかしいのか、そうではないのか、意見を聞いてみたかった。
マリアは自宅に戻ると、巫女装束に着替え、いつものように他の参拝客の邪魔にならないよう、裏手にある祠に手を合わせ、本殿の御弥之様に報告をした。
ヴィゼは、マリアとほぼ一緒に戻って来たが、クロには、瀬川朱寧が家に着くまでの間、密かに後を付けてもらっている。
本当に橘和樹に付き纏っているのか。
どんな風に付き纏っているのか。
実際の様子を、クロに見て来てもらうことにしたのだった。
クロは夕食前に戻って来た。
「あの女、学校から本屋に寄っただけで、まっすぐ家に帰ったよ。あの男はどこにもいなかった。」
クロの話では、瀬川朱寧は本屋以外には寄り道せず、帰宅したと言う。
本屋の中で、誰かと会っていた様子もなかったらしい。
「じゃあ、ただ本を買っていただけ?」
「ううん。何も買ってなかった。」
「何も?」
「うん。」
「欲しかった本が無かったのかなぁ?」
マリアは聞いた。
クロはうーんと唸り、頭の中でその時の様子を思い出しながら答えた。
「本を探していたっていうより、誰かを探していたみたい…だったような気がする。」
「気がする?」
「うん。本棚を見ているっていう感じじゃなかった。周りの人っているか、周りに居る人の、その向こうに居て見えない人を探しているような、そんな感じだった。」
「……?」
「誰かと待ち合わせでもしていたのかな?」
「待ち合わせだったたら、店内探し回って、結局、会えない、なんてことにはならないよ。」
不思議に思ったマリアの疑問に、間髪入れずに答えたのはヴィゼだった。
「それに、男にしつこく付き纏っている状態で、誰かと待ち合わせして、何するのさ。」
そうだ。
あんなにも怒られるほど、しつこく付き纏ってしまうくらいなのだ。
他の事を考える余裕などないのではないだろうか?
別の人と会うことなど考えられるだろうか?
友達と遊びたいと思うだろうか?
「じゃあ、橘くんが、その本屋に来ると思ってた?……とか。」
「本屋に行くタイプには見えないよね。服を買いに行くとかならわかるけど…」
「んー…確かに。でも、雑誌ぐらいなら買いに行くこともあるんじゃない?」
クロをそっちのけにして、マリアとヴィゼが話していると、ノラがやって来た。
クロが一緒に帰って来ていない時点で、大まかな経緯は、みんなに話してあった。
「とりあえず、茶の間にみんな揃ってるよ。話をまとめよう。」
ノラに促されて、マリアとクロとヴィゼは、茶の間に向かった。
「つまり、女の子にモテることを生きがいにしているような優男が、言い寄って来ているらしき女の子に、もう付き纏ってくれるなと、怒鳴っているのを目撃した————と。それが気になって、クロに後を付けさせたけど、付き纏っている様子はなかった。これでいいかい?」
琴音の、橘和樹に対する認識は、あんまりのような気もするが、大まかな経緯に間違いはなかった。
「うん。怒鳴られた後だから、今日はまっすぐ帰ったっていう可能性もあるけど、本屋で誰かを探している様子だったっていうのが、なんか気になる……。」
「誰を探していたと思う?」
琴音が聞いた。
マリアは、もう一度、考えながら答えた。
「ん―…、橘くんかなって、最初、思ったんだけど、約束していたとは思えないし、約束していたわけじゃないなら、後を付けて行った方が確実だわ。だから、探していたのは、橘くんじゃないと思う。で、瀬川さんが、本屋にいるはずだと思っていた人。」
「それって、誰?」
「ねえ、瀬川朱寧が付き纏っているのって、橘和樹じゃないの?」
話の展開について行けないクロが、ついに根を上げた。
琴音は優しく微笑み、柔らかい口調で言った。
「そうだね。でも、自分が付き纏われているのではなくても、その女の子を怒鳴ってしまうほどには、付き纏われているその人のことを、大切に思っているのだろうね。」
「橘くんが大切に思っている人……」
マリアは、橘和樹の大切な人を考えた。




