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約束と契約4  作者: オボロ
61/64

#61 香り


『体育祭』という名の日本のスポーツデーは、まるで軍隊の催しもののように規則正しく進行していた。

校庭で競技をしている間に、次の出番の生徒達は入場門に集合し、前の競技が終わると、綺麗に並んで行進して出てくる。

競技中も、整列したまま順番を待ち、競技が終わると再び綺麗に整列して、退場門から出ていく。

すると、次の競技に出場する生徒たちが、入場門から綺麗に並んで行進してくるのだ。

そんな中でも、生徒達は、皆、楽しそうにしているので、強制されて、無理やりにやらされているわけではないらしいことが、見て取れた。


そんな中でも、応援席から移動することは、自由に出来るらしいことに、こっそりと校内を見て回っていたヴィゼは、気付いた。

競技中も、席から離れている生徒を、何人も見掛けていたからだ。

談笑していたり、飲み物を買っていたり———と、理由は様々だった。


「次、マリアの出番だぞ。」


クロの声がした。


上空を旋回していたクロが、入場門に整列したマリアの姿を見て、知らせに来た。


オーケー。


ヴィゼは、声には出さず、クロに目を遣り念を送って答え、身軽な足取りで渡り廊下の屋根にのぼり、校庭が見える場所まで移動した。


マリアが出場する競技は、『障害物競走』だと、聞いていた。

瓶を紐で釣って運ぶのだと、マリアは言っていた。


七列に並んだ生徒達が入場門から入って来た。

途中、四つに分かれ、それぞれのスタート地点で整列した。


マリアは、四人で校庭半周分を競う競技の中の、二番目のスタート地点に整列している生徒達の中に居た。


「………。」


一組目の走者ではなかった。

順番に並んでいるとしたなら、三組目なのだろうと、ヴィゼは予想した。

二組目が走り、次はマリアだ。


「………。」


スタート地点に並ぶマリアを見て、ヴィゼは緊張した。


「なんか、どきどきしねぇ?」

「……っ!」


突然、隣にやって来たクロに、ヴィゼは驚いた———と、同時に、気付く余裕すらなくなっていたことにも驚いた。

そして、緊張しているのが自分だけではないことを知り、ホッとした。


「瓶って、紐で釣れるんだっけ?」

「釣れるから釣るんだろ?」

「家で練習してなかったよな?マリア、大丈夫なのかなぁ。」

「うるさいよ、クロ。黙って見てなよ。」



遠くから声がする。



「位置について………———よーい……」


パンッ!



軽いピストル音のあと、第一走者目が走り出した。


少し走ったところで、転がり落ちている白い何かを拾い、再び走る。

立ち止まったところから拾った白い何かを投げて、投げた先に並んでいる缶を倒そうとしているようだった。

立っている缶は三本あって、三本とも倒した生徒は、まだ居ない。

生徒達は全員、白い何かが転がっている所まで戻っている。


「あーっ!マリアのチーム、またダメだよ!」


二度目もダメで、また戻っている第一走者を見て、クロが嘆いた。

何人かの生徒は、成功して、先に進んでいる。


「………。」


ヴィゼの前足にも力が入った。



「よしっ!全部倒れた!」


三度目の挑戦で、三本全部倒すことに成功した第一走者が、第二走者であるマリアの所へ走った。

今の所、七人中四番目だ。


「マリア、行け―!」


マリアが、第一走者から襷を受け取り、肩に通す姿を見て、クロが叫んだ。


「うるさいよ、クロ!静かにして!」


ヴィゼもクロも前のめりになっていた。



マリアは走り出し、瓶が置かれている机の前で止まった。

紐が垂れている棒を掴み、瓶の中に入れようとしている。

紐の先には、何か小さなモノが付いているようだった。

その小さなモノが瓶の中で引っかかればいいのだろう。

マリアは、何度も紐の先を瓶の中に入れては出すを、繰り返していた。

マリアよりも先に瓶を釣り上げて歩きだした生徒の中には、途中で瓶を落としている者も居る。

割れなければ、そこから再び釣り上げてもいいようだが、割れた場合は机のとこまで戻り、そこに用意されている別の瓶を使わなければならないらしい。

四番目だったマリアは今、三番目と横並びになっていた。

一番目と二番目は、まだ途中で立ち止まっている。

マリアの瓶が釣り上がった。


「いいぞ!」


ヴィゼは思わず声に出た。

クロは、まるで息を吐いたら瓶が落ちてしまうと思っているかのように、息を止めている。


マリアは、瓶を落とさないように、ゆっくりと歩いていた。


「ぷはぁーっ!」


マリアが瓶を置くべき机に辿り着き、無事に瓶を置いた瞬間、クロは盛大に息を吐いた。


「はぁー……」


ヴィゼも、マリアが第三走者に襷を渡す姿を見て、ようやく安堵した。



「クロ、マリアが何処に行くか見て来てよ。」


『障害物競走』が終わり、マリアを含めた競技者が退場門から出ていくのを見届けると、ヴィゼは、マリアがそのままどこへ向かうのかをクロに追わせた。


神社へ戻る前に、マリアに声を掛けたいが、応援席では近づくことは出来ない。

競技の後、まっすぐ席に戻るとは思えないので、このチャンスを逃したくなかった。


少しして、クロが戻って来た。


「中庭手前の自動販売機にいるよ。」

「わかった。」


ヴィゼは屋根伝いに、中庭手前の自動販売機を目指した。







ヴィゼが、中庭手前の自動販売機が見える場所まで来た時、マリアは、『障害物競走』で同じ組だっ|菅原桔梗すがわらききょう田中睦美たなかむつみ山形鈴やまがたすずと一緒に居た。


「月城さん、お疲れ様。」

「お疲れ様。」

「無事に終わって良かったね。」

「本当。無事に終わって良かったぁ。」

「まぁ、四位っていう、いいんだか悪いんだかわからない順位ではあるけど、無事に終われば全て良しだよねぇ。」


それぞれ、自分好みのブリックパックのジュースを買い、一息つきながら談笑している。

マリアが、津谷美羽でも、沢井萌々でもない同級生と一緒に居るのを見るのは、珍しいことだった。


「マリア!」


クロが声を掛けた。

人間には、カラスが鳴いたようにしか聞こえていないが、マリアには、クロがマリアの名を呼んだことが伝わっている。



「びっくりしたぁ、カラスだ。」

「急に鳴くと、ビクッてなるよね。」

「あんまり見てると突かれるかも。」

「うん、もう戻ろう。」

「あ、先に行って。わたし、水、買ってくる。」


マリアが、上手く三人から離れた。

そして、三人から見えなくなる場所まで移動して、屋根の上に声を掛けた。



「二人とも来てたのね。」

「あれ?ぼくがいるの、気付いてた?」


ずっと身を低くして隠れていたヴィゼは、顔を出した。

校内の屋根にカラスが居ても、驚く人間はいないだろうが、イタチの場合、驚く人間はいるかもしれない。

騒がれるのは面倒なので、極力、ヴィゼは人目を避けるようにしていた。


マリアは、くすっと、笑って言った。


「競技中、屋根の上に居たでしょ?何を言っているのかは分からなかったけど、二人の声、聞こえたわ。」


ヴィゼとクロは顔を見合わせた。

ヴィゼは、クロほどではないにしても、結構、興奮してしまっていたことを思い出して、少し顔を赤くした。




「いい加減にしろよ!」





「?!」



「?!」

「っ⁈」



突然の怒声に、マリアも、ヴィゼもクロも驚いた。





「しつこく付きまとうの、いい加減、やめてくれないか?」

「どうして、そんな酷いこと言うの?」





中庭の方から聞こえて来る。





「迷惑なんだよ。わからないか?」

「わからないわ。わからないのに、そんな酷い言い方しないで!」





「………?」



「………。」

「………?」



ちょっと訳あり風で、立ちってはいけない内容のように思えるが、誰と誰が話しているのか気になり、三人は中庭を覗いた。




「とにかく、迷惑だから、もう付き纏わないでくれ。」





「………っ‼」



「………っ‼」

「………?」



7組の橘和樹たちばなかずきだった。

ヴィゼは、昨年の文化祭で一度会っている。

クロは会っていない。



橘和樹は、揉めていた女子生徒をそのままにして、中庭を去ろうとしているのか、マリアの方へ歩いて来る。


「………!」


マリアは慌てて自動販売機の陰に身を潜めた。


「………。」

「………。」


ヴィゼとクロは、屋根の上から覗いていた。




「ひどいわ!わたし、あきらめないからね!」



女子生徒は、橘和樹の背中に向かって叫んでいる。



「絶対にあきらめないから!」






「………。」


橘和樹は、怒ったように顔をしかめ、自動販売機の陰に身を潜めているマリアの存在に、全く気付かないまま、自動販売機の横を通って、去って行った。




「………。」


その後、橘和樹の姿が見えなくなり、当たり所を失くした女子生徒は、怒りも悲しみも落ち着いたとは思えない様子で、脇目も振らず、マリアが隠れている自動販売機の前を通り、走り去って行った。




「………。」


ずっと息を殺していたマリアは、生きた心地がしなかった。



「………。」


クロは、見てはいけないものを見てしまった心境だ。



「………・」


ヴィゼは、見たくないものを見せられてしまって、不愉快な気分だったが、


「………?」


ふと、鼻をかすめたかすかな香りに気が付いた。





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