#4 マリア不在時の依頼
「失礼します。中央警察署の者です。こちらの宮司さんに書類をお持ちしました。」
マリアが勉強会の為に学校へ向かってから1時間ほどが経過した頃、1人の女性が黒石神社を訪ねて来た。
警察署の者だと名乗っていたが、警察の制服ではなく、スーツを着ていた。
何も言わないで居たら、保険会社の訪問販売の人と間違えてしまいそうだ。
「はい。どうされました?」
社務所内で事務仕事をしていた陽菜乃が、軽く会釈をしながら現れると、その女性はきちんと頭を下げてから、もう一度、言った。
「中央警察署から参りました。宮司さんに書類をお渡ししたく、伺わせていただきました。宮司さんは、いらっしゃいますでしょうか?」
「わたしでよろしければ、渡しておきますよ?」
「いえ、直接、お渡しするよう、上の者から申し付かっております。受け取りのサインもいただかなくてはなりませんので、お会いさせてください。お時間はとりません。よろしくお願いします。」
最後に、もう一度、深々と頭を下げられて、陽菜乃は恐縮した。
「すみません。すぐに呼んできますね。そちらで腰をかけてお待ちください。」
待合所のソファーを片手で示して、陽菜乃は琴音を呼びに行った。
スーツ姿の女性は、陽菜乃が社務所の奥に姿を消した後も、ソファーに座ることなく、そのまま立って、待ち続けた。
「中央警察署の田沼です。本日はこの書類をお持ちしました。こちらに今日の日付と、受け取りのサインを、お願いいたします。」
現れた琴音に、田沼は敬礼をして、持っていた角形2号封筒を、琴音に渡した。
そして、一枚の紙を見せて、サインを求めた。
黒石神社宮司・月城琴音は、本日、確かに受け取りました。
「相変わらず、信用されていないみたいで、嫌な感じだね。」
琴音は、ぼそりと言った。
田沼には聞き取れなかったようで、「え?」と、聞き返すような顔をした。
何も聞かされていないらしい。
ただ、この書類を持って行って、サインをもらって来なさい———と、言われただけなのかもしれない。
封筒の中に何が入っているのかも、知らないのだろう。
封筒の中に入っているのは、警察が次期宮司であるマリアへ充てた依頼書で、決して断ることは出来ない、“依頼”とは名ばかりの指令書だ。
渡したことをとぼけられないように、宮司である琴音に渡し、琴音のサインをもらう。
この日に渡したことを証拠に残す為。
解決までに掛かった日数が分かるように。
友好的なようで、実は支配的なのだ。
奇才を持つ者たちを監視下に置き、都合よく使える時に使いたいのではないのか?
それが、警察側の本音なのではないか?
琴音は、そんな風に考えないようにしていたのだけれど、こういう時、ふと考えてしまって、憂鬱な気持ちになった。
マリアを巻き込んでしまって、よかったのだろうか?
琴音は、不安になった。