#3 学校の図書室で勉強会
「忘れ物ない?マリア。」
「うん。」
「お弁当、持った?」
「うん。」
「勉強道具は?」
「持ったわよ。」
全く失礼ね———と、言わんばかりの表情で、マリアは言いながら家を出た。
マリアの母親は、イギリスに居る。
父親も兄も弟も、イギリスに居る。
しかし、マリアの家族は、今、たくさん居て、親のように、兄弟のように、マリアを心配していた。
お陰で、マリアは寂しいと思うことがない。
今日は、夏休み最初の勉強会の日。
マリアのクラスメイトであり、クラスの副委員長でもある津谷美羽の発案で、決定した勉強会だったが、実際に、その勉強会を必要としているのは、同じくクラスメイトである沢井萌々と、マリアだった。
学年成績上位の津谷美羽と違い、学年成績中間ぐらいのところをうろうろしている沢井萌々とマリアは、夏休みの宿題だけで胃もたれしてしまいそうだったので、津谷美羽の提案は、本当に救いだった。
「とりあえず、1人では片付けられないだろうと思われる宿題を持って来て。ダブったものから始めましょう。」
マリアは、何がダブっても良いように、全教科の宿題を持てるだけ持って出掛けていた。
「どういうことなんでしょうか?」
津谷美羽は、マリアと沢井萌々が持って来た宿題を見て、首を傾げた。
二人が持ってきた宿題は、出された宿題のほぼ全部だと、一目でわかった。
「だってぇー、美羽ちゃん、1人じゃダメかもしれないのって、言っていたでしょう?
萌々、全部、1人じゃダメそうだったんだもーん。」
沢井萌々は、上目遣いで甘えた声を出した。
だが、どんなに猫なで声を出そうとも、津谷美羽に効き目はなかった。
津谷美羽は、冷やかな目で沢井萌々を見た後、マリアにも同じ目で見て、「あなたも?」と、声に出さず、聞いていた。
マリアは、青褪めた。
「教えていただけるものでしたら、何でも教えていただけたら、と……。すみません。」
津谷美羽の冷やかな目に耐え切れず、マリアは、深々と頭を下げるしかなかった。
「まずは、苦手なものから始めましょう。」
「萌々、全部苦手だよ。」
「………。」
イラっとした津谷美羽が、その場に相応しくない笑顔を向けた。
さすがに、沢井萌々も津谷美羽の不穏さに気付いて、慌てて言った。
「古典!古典がいい!古典からにしよう!」
「さ、賛成。古典でお願いします。」
マリアも急いで、古典以外の宿題を、カバンの中に片付けた。
都ヶ丘高校の図書室は、夏休みの間も生徒は自由に使用できるので、大学受験を控えた3年生や、マリア達のように宿題をしに来ている生徒が、テーブル席に座って、勉強道具を広げている。
図書室に居れば、必要な本を探して、すぐに調べることは出来るし、騒がしい音も声もないので、勉強するにはうってつけの場所だ。
そういえば、イギリスに居た時も、試験前には図書館で勉強をしていた。
マリアは、何処の国でも同じ事を考えるのだな——と、クリスとアルフの顔を懐かしく思い浮かべた。
今頃、二人も宿題をしているのだろうか?
時差があるので、イギリスは今、夜中だろうが…。
今年も夏祭り前に来る予定だ。
アルフは、また背が伸びているに違いない。
「沢井さん、ここ間違ってる。」
「え?どこ?」
「ここよ、ここ。ここは…———」
津谷美羽が、沢井萌々の問題集を覗き込んで指摘している。
この勉強会は、津谷美羽の頭脳に、完全に頼りっきりとなる会になりそうだ。
津谷さんが、面倒見の良い人で良かった……。
津谷美羽に向けて、マリアは密かに手を合わせるのだった。