#24 嬉しくない役目
キャーキャー!
あはははは…
きゃあ!
ハハハハハ…
たくさんの人間たちが、半ば裸同然の姿で、大きな水たまりに入り、騒いでいる。
川がある。
波のある場所もある。
高い所から寝そべって滑り落ちて来る人間がいる。
何が楽しいのか分からないが、どの人間も楽しそうだ。
「はぁー…、こんなに暑いのに、何がそんなに楽しいのか……。」
日陰の枝に留まったカラスが、遠くを見つめ、ぼやいでいた。
ミーンミンミンミンミー……
ミーンミンミンミンミー……
ジジジジジジジー…
ジジジジジジジー…
セミの声が、やけに近くて、うっとうしい。
「なんでオレ?」
不満であることを、隠しもせずに、クロは言った。
「仕方がないよ、君が一番の適任者なんだから。」
ヴィゼが肩を竦ませた。
事の起こりは、マリアがクラスメイトと一緒にプールへ行くことが決まったこと。
初めて行く場所に、初めて大人の付き添い無しで、マリアが出掛けると知ったB・Bと使い魔達は、マリアのことが心配だった。
しかし、自分達も一緒に行きたいとは言えなかった。
理由は、水が得意ではないから。
ドドが泳げないと知った今、水に秀でたモノは、誰も居ないと言っていい。
そこで、動物の姿でこっそりとついて行くのに、最も適したものは誰だろうかと考えた。
カエルでは、動きが遅くて、マリア達の後をついて行くことは出来ない。
ネコとイタチは、動きは速いが、バスに乗るのは無理だろう。
バスを追って走る?
冗談じゃないと、ノラとヴィゼは言った。
炎天下に車と並走するなんて、自殺行為だ。
幾らマリアのためとはいえ、汗だくの息切れしまくりで、必死になって走る自分の醜い姿なんて、想像するのも嫌だと、二人は声を揃えて言った。
夜行性のコウモリが、真昼間の炎天下にバスを追って飛んでいたら目立つだろうし、イヌワシが間近を飛んでいたなら、それこそ大騒ぎになる。
けれど、カラスなら、どうだろう?
カラスは、いつでもどこでも、人間の近くに居る。
真昼間の炎天下だろうと、バスを追って飛んでいようと、プールの近くに留まっていようと、不自然ではないし、不思議に思う人間は一人も居ないに違いない。
「クロだって、心配だろう?」
「クロは、マリアのこと、心配じゃないの?」
「マリアが行くプールって、イギリスで行ったことがあるホテルの中とかじゃなくて、外らしいよ?」
「炎天下に倒れたりするかも…、心配だよね?」
「………。」
次々と不安を煽ることを言われ、クロは承知するしかなかった。
「行ってきまーす。」
マリアの出発を見届けて、後を追い、空を飛んだ。
「あ、マリアちゃーん。こっちこっち。」
「沢井さん、津谷さん、ごめんね、待った?」
「ううん、そんなことないわよ。月城さん、時間通りよ。バス停は向こうなの。行きましょう。」
クラスメイトと合流し、別のバスに乗るのを確認して、再び、空を飛んで後を追った。
やがて、やけに賑やかそうな建物の前でバスを降り、建物の中へとマリアが入って行くのを見て、ここがプールというものなのかと思いながら、再びマリアが現れるのを、木の枝に留まり、待ち続けた。
今まで生きてきた中で、裸でビーチに寝そべっている人間は居た。
それも、一人や二人ではなく、たくさん居た。
スタイルの良い者だけではなく、だらしなくたるんだ体型の者も、恥ずかし気も無く晒していた。
はしたないと思ったのを覚えている。
しかし、これが人間本来の姿なのだと、ノラは言った。
そして、クロは、裸になるのが好きな人間も居るんだと、理解した。
今、ここは日本。
日本人は、慎み深く、恥じらいがあり、奥ゆかしいと聞いているが、水の中に入って遊ぶことを目的にしている以上、きちんと服を着たままでいることは出来ないので、それに適した水着というモノを着るらしい。
マリアも水着の用意をしていた。
キャーキャー!
あはははは…
きゃあ!
ハハハハハ…
水着というモノを着ているらしい人間達が、たくさんいる。
布地が少なく、ほぼ裸ではないかと思うような人間も居るが、本当に裸でいる人間は居ない。
おそらく、マリアも裸では現れないはず。
でも……
もしも、万が一にも、マリアが裸で出て来た時、自分はどうするべきなのか、クロは密かに悩んでいた。
だから、こんな役目、嫌だったんだ……
ミーンミンミンミンミー……
ミーンミンミンミンミー……
ジジジジジジジー…
ジジジジジジジー…
「………。」
セミの声が、やけにうるさく感じた。