#15 ドドの記憶
マリア……
川の流れに逆らえず、もがきながら、ドドの意識は遠退いて行った。
「——」
……?
「ード。」
……?
「ドド。」
……?
「ねぇ、ドド。」
……?
「ねぇ、ドドったら!」
「……!」
ドドは飛び起きた。
「やっと起きた。ドドは本当にのんびりしているよね。」
姉のべべが呆れていた。
「べべ、ドドを甘やかすな。少しは放っておいた方がいいんだよ。」
兄のダダも呆れていた。
「ごめん……。」
ドドは、謝りながら、のろのろと葉っぱの下から這い出て来た。
今は秋、冬眠する為に、お腹いっぱい食べなくてはいけなかった。
ここは、ドドが兄弟姉妹たちと一緒に暮らしていた森の中だ。
近くにある水場で、ドドたちは生まれた。
生まれたばかりの頃には、数えきれないほどの兄弟姉妹が一緒に居たけれど、今はダダとべべとドドの三匹だけが一緒に暮らして居た。
平和だった。
気が向くままに移動して、虫を食べ、眠る。
独りぼっちになってしまうなんて、考えても居なかった。
「ドド!隠れて!」
ある日、突然、ダダがドドに向かって叫んだ。
べべは、既に木の葉の下に潜って身を隠していた。
「急げ!ドド!フクロウだ!」
いつまでもぼんやりしているドドに気をもみ、ダダは枯れ枝の陰から身を乗り出して、ドドに叫んでいた。
バサバサッ!
フクロウが狙いを定めたのは、ダダだった。
「うわっ!」
あっという間だった。
フクロウは舞い降りた瞬間にダダを掴み、あっという間に連れ去った。
「ドドー!べべー!」
ダダの叫び声が、小さくなって聞こえなくなるのも、あっという間だった。
「………。」
ドドは、自分の所為だと思った。
自分がもたもたしていた所為で、ダダはフクロウの目に留まってしまった。
「助けて…、ドド…。」
「………?…っ!」
別の日、気付くと、べべはヘビに呑み込まれようとしていた。
「助けて…、助けて、ドド……」
べべのお尻を咥え込んだヘビは、本当にゆっくりとべべを呑み込みこんでいった。
「………。」
ドドは、何も出来なかった。
助けに行くどころか、一歩も動くことも、目を反らすことも出来ず、怯え、絶望し、震えながら、蛇の口の中に消えていく、助けを求めるべべの目を、ずっと見詰めていた。
「助けて……、助けて…ドド………」
最後まで、べべは助けを求めていた。
ごめんね。
ごめんね。
べべを呑み込んだヘビは、ドドには目もくれず、去って行った。
ごめんね。
ごめんね。
ドドは、独りぼっちになり、初めて、自分の存在に価値は無いのだと、悟った。
フクロウは、いつまでもフクロウの存在に気付かず、隠れようともしなかったドドではなく、気付かないドドを気にして、隠れながらも声を掛けるダダを狙った。
ヘビもそうだ。
何も考えずにのんびりと、ぼーっとしているドドではなく、周りを気にしながらも、ドドに気を配るべべを狙った。
二匹とも、ドドよりも価値があったからだ。
ドドには、お前には食べる価値も無い———と、ふくろうにもヘビにも、言われたような気がした。
意気地なしで、弱虫で、臆病者のくせに、ドン臭い。
逃げるのも遅い。
隠れるのも遅い。
足手まといでしかなかった。
二人とも、痛かったよね。
苦しかったよね。
辛かったよね。
ごめんね。
ごめんね。
後悔ばかりだった。
後悔ばかりして、何も出来なくなった。
眠って冬を越さなくてはいけないのに、充分に食べることが出来なくて、眠ることが出来なかった。
もう、餌になるものはなかった。
寒い…
寒い…
でも、眠れない…
「なぜ、冬眠せずに凍えている?」
………?
声がした。
ヒトのような姿で…
でも、ヒトではなかった。
翼があり、角がある。
「生きることをやめるのか?」
……やめる?
あぁ、ぼくは死ぬのか……
声は出ず、ただ血のように赤い瞳を、ただ見詰めることしか出来なかった。
死にたいのか、死にたくないのか、それすらもよく分からなかった。
「死ぬつもりなら、一緒に来るかい?わたしの為に、尽くしてみるかい?」
その言葉の意味も、よく分からなかった。
「わたしの所には、君のようなモノが何人か居る。さぁ、おいで。」
ヒトではない手が差し伸べられた。
獣ではない。
鳥でもない。
………。
その手を取らず、ただ見つめるだけのドドに、ソレは言った。
「死ぬ気になれば、結構、何でもできるものだよ。さぁ、わたしの手を取りなさい。そして、役に立ちなさい。」
………。
ゆっくりと伸ばした手が、その手に触れた。
…っ!
次の瞬間、目の前が真っ暗になった。
………。
………。
………。
そうだ。
これは、昔の記憶…。
暗闇の中、ドドは思った。
ヒキガエルだった頃、自分の無能さに嘆き、生きることを放棄した時、B・Bが救いの手を差し伸べてくれた。
そうだ。
その時の記憶だ。
暗闇から目を覚ました時の感動は、今も鮮明に覚えている。
珍しそうに顔を覗き込ませていた—————クロ、ノラ、ヴィゼ、バト。
「これ、カエル?」
「そうだよ。」
「ヒキガエルでしょ?」
「そうだよ。良く知っているね。」
「食べていいの?」
「だめだよ。今日から君たちの仲間だ。」
「役に立つの?」
「立ってもらうんだよ。いじめちゃダメだからね。仲良くするんだよ。」
それぞれの疑問に、別の場所から答えが返って来る。
———今日から君たちの仲間だ———
———いじめちゃダメだからね。仲良くするんだよ———
「よろしくね…。仲良くしてね…。」
かろうじて発することが出来た言葉。
ドドの声は掠れていた。
四人の顔は、あまり歓迎しては居ないようだったけれど、それでも、ドドの目には光輝いて見えた。
ここが、生きていてもいい場所なんだ———と。
………。
………。
………。
今は、まだ、暗闇の中だけれど……