#13 怨念の残骸
(マリア…)
「え?」
三四子川の女が棲みついていると予想していた遺体発見現場近くで、凪と一緒に待機していたマリアは、ふと、ドドの声が聞こえたような気がした。
しかし、辺りを見渡しても、ドドらしき少年の姿もカエルの姿も、マリアは見つけることが出来なかった。
(マリア…)
もう一度、声が聞こえた。
耳にではなく、頭の中で声がするのだと、マリアは気付いた。
ドドが思念を送っている?
(マリア…、子供に影が絡みついているよ……)
「え?」
どういうこと?と、マリアは頭が混乱した。
子供にしがみ付いたドドが、見たことを教えているのだろうか?
(マリア…、影が子供を溺れさせているよ……)
「凪、子供に影が絡まっているらしい。空からその影を祓うわ。」
マリアは、凪に言った。
凪は、大きな狐の姿になり、マリアを乗せて空に翔けた。
(マリア……)
ドドの声が小さくなる。
「急いで!」
子供の姿は、すぐに分かった。
「やめてぇ!誰か助けてぇ!」
河川敷を走りながら、叫ぶ母親。
「急いで!はぁはぁ…、急いでくれ!はぁはぁ…、子供が、川で、はぁはぁ…、溺れているんだ!はぁはぁ…、鳥も…、大きな鳥も…、息子を襲っている…、はぁはぁ…、助けて…、すぐに…、助けに来てくれ……」
ずぶ濡れの父親は、女の子と一緒に川辺に居て、息も絶え絶えに、必至に電話で助けを求めていた。
川を流れている男の子は、一見、大きな鷲に襲われているように見える。
B・Bは、男の子の両腕を掴んで引き上げようとしていた。
引き上げようとしているのに、引き上げることができないのは、何かが、B・Bと同じくらいの力で、男の子を引っ張っているからだ。
マリアは、川の中に目を凝らした。
黒い何かが漂っているのが見えた。
「あれだわ。」
「よく狙え。」
凪が言った。
「………。」
マリアは、念を込め、弓を作り出し、弓を引いた。
弓を引くごとに矢が現われて、マリアは、川の中の漂う黒いモノに、狙いを定めて矢を放った。
人の目には見えない光の矢は、川の中に真っすぐ飛び込み、男の子の体に絡みついている黒いモノに突き刺さった。
ぎゃぁ—————‼‼
物凄い女の絶叫が響いた。
人には聞こえなくても、動物達には聞こえるので、森に居た鳥たちが一斉に飛び立った。
「?!」
「———え?」
「………っ?」
川辺に居た男の子の家族達も、突然に飛び立った鳥たちに驚いて、視線が一瞬、男の子から離れた。
その一瞬に事態は変化した。
男の子に絡みついていた影は消え、男の子を引き上げようとしていたB・Bの邪魔をする力も消えた。
B・Bは、勢いよく男の子を引き上げ、河川敷まで連れて来て、静かに降ろすと、すぐさま飛び去った。
「…っ‼しょおーう‼」
気付いた母親は、半狂乱になって走って来た。
横たわる男の子を抱き締めて、ただただ大声で泣いていた。
「大丈夫か⁈大丈夫か?しょーう⁈」
「おにいちゃん!おにいちゃん!」
父親も駆け寄り、母親の腕の中に居る男の子に耳を寄せ、呼吸をしているかを確認していた。
妹も、後から駆け寄って来て、泣きながら兄を呼んでいた。
ピーポーピーポーピーポー…
遠くから救急車のサイレンが聞こえる。
これで男の子は、きっと大丈夫だと思い、マリアと凪も、その場を去り、女の棲み処を確認しに戻った。
「………!」
「………⁈」
女の姿は無かった。
代わりに、大量の黒髪が、流れついていた。
男の子に絡みついていた影の正体だと、マリアも凪も判断した。
「よかった、マリア。無事に戻ってたんだな……。?……それって……。」
B・Bが後から合流し、川岸にある大量の黒髪を見て、眉をひそめた。
B・Bにも、それが男の子を溺れさせていた影の正体だと、一目でわかった。
マリアが放った矢によって、千切れた影の正体は、多分、人には見えないだろう。
そして、時間が経てば、自然に消えてしまうモノなのだろう。
子供を溺れさせる為に、女が放った怨念の残骸とも言えるモノだ。
「これで、何か分からないかな?」
マリアは、川に浮かぶ黒髪を、一握り掴んだ。
「よせ!」
「やめろ!」
凪とB・Bは止めたが、遅かった
「……っ!」
掴んだ瞬間、マリアの意識は何かに吸い込まれていくように遠退いていった。
…………?
「マリア⁈」
「マリア?」
凪の声も、B・Bの声も、マリアには聞こえていなかった。