#12 子供に絡みつく影
「わたしは、女の正体と目的が知りたいけど、その為に、子供が溺れるのを見ているだけ———なんてことは、したくないの。」
女の霊と話をする為、三四子川へ出向いたが、二度とも空振りとなり、マリア達は、予想される理由を考えた。
そして、獲物となる子供が来ないと現れないのかもしれない———と、予想した。
そうなると、休日が狙い目となる。
幸い、明日は日曜日なので、明日こそは会えるかもしれないと、マリア達は期待した。
そして、マリアは、自分の想いを、みんなに明かした。
ずぶ濡れの怖い女の正体は知りたい。
でも、子供を犠牲にはしたくない。
「まぁ、目の前で子供が溺れているのを、見過ごすわけにもいかないだろうよ。」
琴音が賛同し、マリア達は作戦を考えることになった。
最初に思い付いたのは、B・Bとドドが親子の振りをして、川に入ることだった。
ドドをヒトの子と勘違いをして、姿を現してくれないかと、考えた。
しかし、それは、B・Bに否定された。
「ヒトではないことは、気配で気付かれてしまうはずだ。」
そこで、考えられたのが、溺れている子供を助け出すこと。
流される子供を引き上げることが出来れば、子供を助けることは出来るだろう。
幸い、B・Bはイヌワシで、子供一人、掴んで運ぶのはお手の物だ。
カエルのドドは、川の流れに逆らって泳ぐことは出来ないが、流される子供のようすは、一瞬だけでも確認することが出来るかもしれない。
マリアは、決して無理はしないことを条件にして、ドドには流される子供にしがみ付いてもらうことを決めた。
B・Bと凪、他の使い魔達は、複雑そうな表情をしていたが、ドドは二つ返事で了承した。
ドドは、自分だけにマリアが何かを頼むなんてことは、これが初めてだったし、もう二度とないかもしれないと、思ったからだった。
次の日。
三四子川には誰も居なくて、休日でも、ここには誰も来ないのかもしれないと、落胆した。
しかし、一台の車が入って来た。
車から降りて来たのは、両親と、男の子と女の子の四人家族で、川を眺め、周囲を見渡し、誰も居ない穴場だと、喜んでいた。
そして、バーベキューの準備を始めた。
母親と子供二人は、コンロや鉄板などを、車から運んで来ては、並べていた。
父親は、川に入って釣りを始めた。
釣りを始めた父親の様子に興味を移した男の子が、バーベキューの準備を放棄して、川へ向かった。
異変があったのは、男の子が川に入った直後だった。
「………っ!」
ドドは、それまで川辺でのんびりと過ごしていたカエルたちが、一斉に身を隠すのを目撃した。
カエルたちは皆、口々に、「女が来た。隠れろ。」と言って、仲間や子供達に危険を知らせていた。
ドドも、危険を知らせなければならないと思い、B・Bの足に飛びついた。
「B・B!」
「どうした?」
「カエルたちが、女が来た、隠れろって。カエルたちは、みんな隠れたよ。」
「……え?」
マリアも凪も気付き、足元を見たが、すでにカエルたちは身を隠していた。
「行こう。」
計画が実行に移された。
マリアと凪は、女が住み着いていると思われる、遺体が見つかった場所に向かった。
「………。」
ドドは、B・Bの肩に乗り、その瞬間が来るのを待った。
父親と男の子は、何も知らず、何も気付かず、川の中で笑っている。
母親と女の子も、何も知らず、何も気付かず、河川敷で笑っていた。
川の流れは随分と速くなっているのに……
「…っ!」
「あっ!」
思わず、ドドは声に出してしまった。
男の子が足を滑らせたかのように、体勢を崩し、流され始めた。
「———!」
「————っ!」
父親と母親が叫んでいる。
バサッ!
イヌワシとなったB・Bが、子供に向かって飛び出した。
「しょーお!!」
母親の叫び声が聞こえる。
父親は川の中を泳いで、流される子供を追いかけるも、到底、追いつける速さではないと悟り、岸に向かった。
成す術無し———とは、まさにこのことだと、ドドは思った。
B・Bは、子供の頭上に来ると、まるで餌を見つけたかのように、子供に向かって降下した。
「いやぁ———!やめてぇー!!」
気が触れたのではないかと思うような、母親の絶叫が響いた。
B・Bは、子供の肩を掴もうとしたが、子供はがむしゃらに暴れていて、B・Bに掴む隙を与えなかった。
ドドは、子供めがけて飛び降りた。
ドボンッ!
暴れる子供の腕にぶつかり、子供から離れた場所に落ちる。
「………。」
川の中に沈みながらも、ドドは子供の姿を見た。
川の中で、少しでも水面に出ようと、足をばたつかせて、もがいている。
子供の体と足に、何か黒いモノが絡みついているのが見えた。
「………。」
ドドは、岸に向かった。
マリアに伝えなくてはいけないと思った。
強い流れの中、逆らうことも出来ず、ドドは流れていった。
成す術無し———
今、自分もまさにそれだと、ふと思った。
マリア…
伝えなければいけないことがあった。
マリア…
その役目を、自分は与えられたのだから…
マリア…
子供に影が絡みついていたよ……
マリア…
影が、子供を溺れさせているよ…
マリア…
マリア…
マリア…
………
ドドの意識は遠退いていった。