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質問



 セスとアハトが逃げ出してから数日。

 惑星ヴァルキアの王が住む城の中は未だ慌ただしかった。

 ヴァルキア星王はベランダに一人、太陽の下に輝く街並みを眺めていた。空を飛ぶ車がビルの間を通り抜けていく。


「…………」

「何を考えているんですか、王よ」


 背後から現れた男に、ヴァルキア星王は驚きもしない。

 男は濡れたように黒く長い髪と右眼に眼帯をしていた。

 咥えた煙草の煙を燻らせて、王の一歩後ろで立ち止まった。


「……アインスか。なに、今はあの子の事しか考えられんよ」

「まぁ、でしょうな。ウチのバカがやらかしてすいませんね」

「そんな軽い口で済む話じゃ無いからね? 姫の誘拐なんて国家反逆罪だからね? あとここ禁煙」

「これは失礼」


 アインスは携帯灰皿に煙草を仕舞う。


「でもタイミング的にやっぱり駆け落ちなんじゃないかって思うんですよねぇ。いやぁ、若いなー」

「他人事みたいだけど君も責任取ることになるからね?」


 アインスはアハトの所属する王族親衛隊「赤狼」の隊長だ。今回の一件での責任を負うことになるのはまず間違いないのだが、本人は気にしていないのか、「そうですねー」と軽く流していた。

 

「……それと、駆け落ちなど彼らがするはずも無いのはわかっているだろう」

「それは……10年前の事件があるから、ですか」

「うむ……」


 ヴァルキア星王はコインほどの小さな装置を懐から取り出すと、手すりの上に置いてボタンを押した。

 起動した装置は宙に映像を映し出す。

 何もない荒野に開いた直径は数キロに及ぶ巨大な円。その中はまるで消失したかのように地面が無くなっていた。


「10年前の誘拐事件で小さな街ほどあった研究施設が一瞬にして消滅……貴方の娘であるセレスティア様は生き残ったただ一人の人間……でよろしかったんですっけ」


 アインスの言葉にヴァルキア星王は僅かに眉をひそめる。

 

「……ああ、そうだ。忌まわしい事件だった。あの二人の始まりはあの事件からだ。だからあの誘拐犯には動機があると思っている」

「どうでしょうねぇ……」


 アインスの通信機がポケットの中でバイブレーションを起こす。

 取り出して画面を見ると、そこに書かれていた文を読んで彼はすぐに背を向けた。


「仕事か?」

「ええ。仕事中の部下から呼び出しで。ちょっくら出てきます。ああ、護衛は他の者がしますのでご安心を」


 部屋をあとにしたアインスは再び送られてきたメールを確認する。

 差出人はノインと書かれていた。



※※※


 惑星サンドバルの宙域にて一隻の巨大な戦艦が待機していた。

 名をネプチューン号。惑星シグニアの第一王子カイウス=シグニアの宇宙船だ。

 そのネプチューンへ一隻の宇宙船が着艦した。

 中から降りてきたのはサンドバル女王リザ=ミストラルとその護衛が二人。そして彼女に捕らわれたセスとリリだった。

 今は大人しくしているが、ここへ来る道中にあまりにもセスが暴れるのでその手には手錠がかけられていた。


「お待ちしておりました、サンドバル女王陛下。それとセレスティア王女様。カイウス王子の秘書、クラリスと申します。王子の元へとご案内致しますのでこちらへどうぞ」


 警備アンドロイドを二体引き連れたクラリスが出迎える。

 案内され発着場を出ようとした時、サンドバルからもう一隻、宇宙船が到着した。

 中から出てきたのはボロボロの衣服を着た大人達。若い者はおらず、男女共にいるが比較的男の方が多いようだった。

 アンドロイドに列を成して連れて行かれる彼らを見て、リリは目を見開いてポツリと溢した。


「お父さん、お母さん……?」

「え?」


 セスが声を聞いた時にはもうリリは駆け出していた。


「お父さん! お母さん!」

「リリちゃん!?」

「リリ? どうしてこんなところに!?」


 リリは答えるよりも先に父親に抱きついて顔を埋めて泣きだしていた。

 見ていたセスはリザに問い掛ける。


「あの人達は何故ここに?」

「教えてあげてもいいけど、どうせすぐにわかるわよ」

「そう……でももうリリちゃんは両親と居させてあげて。ここまで来たなら必要無いはずよ」


 力無い声でセスは頼む。

 ここはもう敵の腹の中だ。どうやったところで一人で逃げ出せる可能性は低く、リリに加えて両親達も置いていくわけにも行かないため、確率は更にゼロへと近くなる。


「……いいわ。さっさと行きましょう」


 セスに抵抗の意志が無いと見ると、リザは再び歩き出した。

 セスはこちらを見るリリの両親に深く頭を下げると、クラリス達に連れて行かれるのだった。


 船の中は広く、しばらく歩き続けてようやく目的の部屋へと到着した。


「やぁ、待っていたよ。セレスティア!」


 扉が開くとそこには眩しすぎるほどきらびやかな光景が広がっていた。

 宝石で彩られたシャンデリア、机や椅子などの家具はどれも金銀で輝き、宇宙空間を一望できる壁一面の窓には金の枠が付いている。

 その中心で出迎えている男がカイウスだ。

 宝石で身体を装飾しているかと思いきや、案外派手な衣装などはしていなかった。

 しかしそれでも十分過ぎるほどに顔が眩しかった。比喩ではあるが、なぜだか周りに光が舞っているように見える。

 なのでセスは嫌でも目を細めてしまうのだった。


「目が痛い」

「……感動の再会での第一声でそうくるのかい? すまない、顔が良いばかりに……」

「相変わらずねカイウス。無駄にキラキラと鬱陶しい」

「君も思ったより元気そうでなによりだよ」

「……んんっ!」


 蚊帳の外にいるのが気に食わなかったのか、わざとらしく咳き込んでみせた所でようやくカイウスはリザの存在に気付いた。


「ん? ああ、これはこれはサンドバル女王陛下。この度は我が婚約者であるセレスティアの救出、本当にありがとう」


 深々と頭を垂れるカイウスを白々しいとリザは一瞥する。

 すると、視線の落ちたカイウスは今度はセスの両手に手錠が掛けられているのを見て驚いた。


「オイオイオイオイ、いくら彼女が暴れん坊だからって何も手錠を掛けることないだろ!? クラリス、外して外して」

「よろしいのですか?」

「良いも何も、彼女は私の婚約者だぞ? どこの世界に嫁を手錠で縛り上げるやつがいる? いやまぁ、世の中そういうのを好む夫婦もいるかもしれないが、あいにく私にはそんな趣味はない。もちろん君も無いよね?」

「……ええ」

「というわけで、女王陛下も宜しいかな?」

「……好きになさい。けど、何が起ころうとここへ連れてきたのだから報酬は頂くわよ。それとアレの買い取りの分もね」

「ああ、わかっている」


 そうしてクラリスが手錠に触れてパスコードを入力すると、手錠は開いて地面へと落ちた。

 沈黙が流れる。

 セスは手首を軽く擦るものの、特に何もしようとはしなかった。

 一瞬の緊張があったものの、問題無いと判断したカイウスは両手を叩いた。


「さ、立ち話もなんだ、掛けてくれ」

「私は結構よ。暇じゃないの。受け取る物を受け取ったらさっさと帰るわ」

「そうか? 良いお酒も用意しているが……」

「遠慮しておくわ。……ああ、でも一つだけ」

「なんでしょうか」

「今回の件、私達についてはただ誘拐犯から取り返したというだけにしなさいね」


 セスを捕らえる際にルキやリリといった民間人を巻き込んでいる。いくら王女を取り返すためとはいえ、そのまま公になればリザの風評はあまりよくないものになるだろう。裏から手を回して揉み消せという意味だ。


「……心得ておりますとも。クラリス、別室で報酬の受け渡しを。それが済んだら丁重にお送りするように」

「かしこまりました。それではこちらへ」

「今回は本当にありがとう」


 改めて礼をするカイウスを背にリザがクラリスと共に部屋から去った。

 二人きりになったセスは無言の笑みでソファーを勧められ、大人しくカイウスとテーブルを挟んで向かい合うのだった。


「何か飲むか?」

「いらない」

「そうか? 誘拐されて大変だっただろ? 今はまだ緊張が解けきれなくて興奮してるだけだ。ゆっくりして落ち着くといい。もう安心だ。犯人のアハトとやらも彼女が殺したんだ。もう怖い事なんてないんだ」

「ふざけた茶番は止めて。私は貴方との結婚が嫌で逃げ出したのよ。わかってるんでしょ? アハトは手伝ってくれただけ。貴方こそ白状したら? もう何も気にする必要ないでしょう? 私の父に取り入って私と結婚しようとした目的は何?」

「ひどい言われようだな。結婚を持ち掛けてきたのは君の父、ヴァルキア王だぞ?」

「そうなるように近づいたんでしょう」


 セスは話してる間、ずっとカイウスを睨みつけていた。

 一方でカイウスはずっと笑顔のままだ。

 その笑みはまるで上から貼り付けた偽物のようで。

 思えば、父に紹介されて初めてカイウスと会ったときも同じ笑みをしていた。


「……君と結婚したいのは本当さ。でもそれは後付けだ。ああ、君に近づいたのは目的がある。大したことはないけど、私にとっては大切な質問だ」

「……ヴァルキアに何か秘密があるとでも? なら私じゃなく父に聞けばいい。そうしないのは、私の口なら割る事が出来るからと思っているからかしら。舐められたものね」

「それは確かにそうかもしれない。だが私が聞きたいのはヴァルキア星王よりも君が確実に知っている事を聞きたいんだ」

「一体なんの話……?」


 背筋に脂汗が伝う。

 聞かれたくない事を聞かれようとしているという悪寒が走る。

 

「ついてきたまえ」


 カイウスは立ち上がると、入ってきたのとは違う扉にパスコードを打ち込んで開けた。

 セスも続いて中に入ると、ライトは点いておらず長い通路だけが続いていた。

 それでも道が見えるのは左右の壁がガラスで出来ており、明かりが漏れているからだ。

 セスはガラスの向こうを見て、思わず口を手で塞いだ。


「………ッッ!」


 ガラスの向こうには一人の男が椅子に括り付けられ、頭に顔が隠れるほど深くヘルメットを付けられていた。

 ヘルメットには太い管が幾つも付いており、それらは全て天井へと繋がっている。

 やがてヘルメットが動き出すと、男はうめき声を上げ始めた。


「アアアッがあっギっいいいいああああああああ!!」


 管の中を光る何かが天井に向かって吸い上げられていく。

 男の身体は徐々にやつれていき、止まる頃にはミイラの様に細り切っていた。


「何を……してるの……?」

「フォトンを吸い上げてるんだ。フォトンは万物に宿るエネルギーだが、それを生み出しているのは星そのもの、いわゆる大地とそこに生きる生物だ。そして生物の中でも人間はフォトンを多く生みやすい。さらにサンドバル星人はフォトンの保有量が他より少し多いのでね。いいエネルギー源になっているよ」

「じゃあさっき運ばれてきた人達は……」

「ん? ああ、次のが来ていたか。そうだよ。彼らも同じようにフォトンを吸い取る為にサンドバル女王から買い取ったのさ。表向きは人材派遣とかなんとか偽装してね」

「そんな……なんの為に……」


 辺りを見れば壁で区切られた部屋の中に一人一人椅子に座らされて男女問わずフォトンを吸い上げられていた。

 その光景を見ながら、二人は通路を進んでいく。

 やがて最後の扉に突き当たる。

 カイウスはパスコード、網膜スキャン、指紋認証と厳重なセキリュティを解除してようやく扉を開いた。

 中にあったのはいくつもの管を繋げられた透明のショーケース。

 中には機械の黒い腕が一つ。


「これを手に入れたことが今回の事の発端だ。『機神』の右腕。名を破壊の黒腕(デストロイ・ギア)

「……本物、なの?」

「本物だよ。空想とされてきた創世の機械生命体である『機神』。その右腕だ。これは無尽蔵にフォトンを喰らい続け、喰らった分だけありとあらゆる物を破壊する。問題はそのフォトンの量だ。並の量では既存の破壊兵器と大差無い。故にこうして人間からフォトンを吸い上げて喰わせ続けているんだ」

「そんなことの為にあの人たちを犠牲にしているの……!?」


 セスは怒りで拳を震わせる。今にも殴りかかりそうなほどに。


「それで、貴方は何がしたいの。私を連れてきた目的は何」

「言ったろう? 質問をしたいんだ。君に聞きたいことがある。」


 カイウスはセスに向き直り、触れそうなほどに顔を近づける。


永久の心臓(エターナル・コア)はどこにある?」


 セスは目を見開いた。

 一瞬にして頭に血が上ると同時に背筋が凍るように冷えていくのを感じる。

 怒鳴りつけて捲し立てて洗いざらい力づくで吐かせたい気持ちが湧き上がる。

 だがそれらを押し殺し、あくまで冷静に振る舞った。


「──なんで、それを……」

「無尽蔵にフォトンを生み出し続ける機神の動力源。それが永久の心臓(エターナル・コア)。君だけは在り処を確実に知っている筈だ。なぜなら10年前の事件の当事者であり、唯一の生存者なのだから」

「貴方、何を言っているの……」

「質問が多いな。なら、ここに至るまでの話をしよう。きっと君の知りたい事は分かるはずだ。それが終わったら君にも答えてもらう。どうかな?」

「っ……」


 動揺するあまり答えに詰まる。答えたくはないが、彼が何を知っているのかは知りたい。


「よし。それじゃあ昔話を始めようか」


 カイウスは子供に聞かせる様に語り始めた。



 

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