捕縛
騒ぎを聞きつけ、待機していた兵士が続々現れて前後の道を塞いだ。
「こ、こんな真似をして……私は貴方を助けに来たのですよ、セレスティア王女!」
コブのように腫れた頬を擦りながら、ハンスは声を荒らげる。
そんな彼をセスは呆れた顔で見下していた。
「頼んでないし、子供に銃を向ける人を信用するわけ無いでしょ」
「ぐ……いいから大人しくついて───ぎゃっ」
よろめきながらもセスに近づこうとした瞬間、ルキの家の扉が蹴破られ、ハンスごと壁に飛んでいった。
「ん? 今なんかいたか?」
「虫が潰れただけよ。気にしなくていいわ」
家から出てきたアハトは元の服に戻っており、脇にリリを抱えていた。
周囲を囲む兵士に対し、四人はその場に背中合わせで固まった。
(お兄ちゃん、なんでリリまで)
(仕方ねぇだろ。目ぇ付けられた以上、一人にしておくわけにもいかない。連中から見ればお前もリリちゃんも共犯扱いになるだろうさ)
(そんな……)
(こうなっちまった以上、手は一つしかない。誘拐犯の演技でこの場を乗り切る。上手く行けばお前らを被害者と考えてくれるかもしれない。それでいいな、セス)
(ええ、それでいきましょう。ルキくん、ハンスにはアハトに脅されてたって言うのよ)
(でもそれじゃあお兄ちゃんは本当に誘拐犯に……)
(そんな事気にしてる場合じゃねぇ。しっかり演技しろよ。リリちゃんは静かにしててくれるか?)
怯えながらも、リリは小さく頷いた。
(いい子だ)
リリの頭を優しく撫でると、次の瞬間、アハトは彼女の身体を持ち上げてセスに押し付けて抱えさせた。
そして即座に腰から黒い筒のような物を取り出して握り込むと、先端から光の粒子が線となって伸びていき、やがて剣の形へと成った。
フォトンソード。黒い筒のような物は剣の柄で、使用者のフォトンを送る事で剣を生み出す武器だ。
アハトはセスを抱き寄せると、刃を首へと突きつけた。
突然の動きに動揺した兵士達が慌てて銃を構え始める。
アハトは限りなく悪い人相で叫ぶ。
「動くんじゃねぇ! 王女とこの娘がどうなってもいいのか!? チッ、おいガキ! テメェのせいだぞ! さっさと船を修理しねぇと家族を殺すって言ったよなぁ!」
「だ、だけど……」
「使えねぇガキだな! 俺はこのまま逃げさせてもらうぜ。おい兵隊共、追ってくるなよ? 追ってきたら王女サマとこの子がどうなるかわかってるよな!?」
アハトの脅迫に兵士達はたじろぐ。
「そ、そんな、妹だけは、妹だけは助けてください!」
ルキはアハトの隣で訴えかける。手を伸ばせばすぐに届く距離だ。
この動揺の隙にセスの能力でその場から逃げる───はずだった。
「あら、そんなに急がなくてもいいのでは? 交渉なら私自らしてあげますわよ」
黄土色の兵士達の中に、一際目立つ赤いドレス。
言わずとも控えた兵士達が道を作る。
「この惑星サンドバルの女王たるリザ・ミストラルが。ねぇ、誘拐犯さん?」
現れたのは、サンドバルの女王だった。その後ろには警備隊長のハーガンの姿も見える。
扇子で口元を隠し、嬌笑しながらもその目は冷ややかにアハトを見据える。
余裕を見せる女王に対して、思わぬ大物の登場にセス達は動揺せずにはいられなかった。
「な、なんで女王がここに」
「あら、どうして貴方が驚くのかしら。ヴァルキア王女、セレスティア様?」
「あ、いや……」
「誰だって驚くだろ。わざわざ星のトップがこんな所に現れたらよ」
「その割には冷静に見えるわよ、誘拐犯。ええ、私だって出来れば来たくはなかったわ。こんな貧乏臭い場所」
リザは苦々しい顔で錆びついた家々を見回す。汚い空気を吸いたくないと言わんばかりに扇子を口元から離そうとしない。
「けれど、兵に任せるとどうやら逃げられるみたいだから、私自ら捕まえに来たのよ」
「……?」
セスは眉をひそめた。
リザが左手を開いて前に出すと、何も無い場所から一本の剣が出現し、手の中へ収まった。
比較的細い両刃の剣だが、先端の刀身に丸い鉱石が埋め込まれている。
「この剣はこの星で採れるガルクライト石を埋め込んでいてね。フォトンを込めると爆発する、私のお気に入りの剣なの。これで罪人を突き刺すと体の内側から爆裂して最高に面白いのよ」
「悪趣味ね……!」
「そんなに怖い顔しないで頂戴な。これから貴方を助けるのだから。むしろ希望に満ち溢れた顔になってほしいところだわ。まさか、誘拐じゃなかったなんて言わないでしょう?」
「っ……!」
間違いない。この女は誘拐でないことを分かっている。
ハンスは『目撃証言があった』と言っていた。 だがハンス、少なくともリザはハーガンからの証言で先日の出来事の際に自分達が別々に動いた事を知っていたのだろう。誘拐犯がわざわざ逃げられるような事をするわけがない。
この人質作戦も意味がない。状況の悪化にセスの首筋を汗が伝う。
だが、アハトはなおも続けた。
「オイ。俺を無視して話を進めんじゃねぇよ。その剣で俺を刺そうってのか? 姫さんが巻き込まれて死んじまってもいいのか?」
「そんな事にはならないわ」
「なに……?」
リザは目を見開き、視線がアハトを貫いた。
数秒の沈黙。やがて彼女は三日月のように口角を吊り上げた。
「そう。そんなにその子が大事みたいね」
リザは剣を後ろに向けたかと思うと、投げつけるかのように前へ振り抜いた。
すると、刀身が等間隔に分裂し、鞭のように伸びた。
剣先が高速で飛来する。だが、その行き先はアハトではなかった。
「え……?」
「ルキ!」
アハトが咄嗟にルキを庇う。
剣先が左腕に突き刺さり、衝撃で二人は家の中へと叩き込まれた。
大爆発。家は中から吹き飛んだのだった。
「アハト! ルキくん! 離して、いやよ!」
「ぁ……」
家の中へと駆け込もうとしたセスを兵士が捕らえる。
何が起こったかわからないリリは呆然と立ち尽くしていた。
「ふふふふっ。いつ見ても人が弾け飛ぶのは面白いわ」
「宜しかったのですかい? アレにも懸賞金がかかっていたのですが」
楽しそうに笑うリザにハーガンが声を掛けると、表情はすぐに戻った。
「生死問わずでしょう? 構わないわ。指の一本くらいは残っているでしょうからあとで持ってきなさい」
「へい。わかりました」
ハーガンは数人の兵士を連れてその場に残ることになった。
「ちょっと、連れて行くのは私一人で十分でしょ!? リリちゃんは関係無いんだから帰してあげて!」
車に押し込められようとしているセスが抵抗していると、リザは少し彼女を見つめた。
「……貴方はこの子がいた方が大人しいみたいね。その子も連れていきなさい」
「ッ!」
セスはリザをにらみつけるが、彼女は気にも止めず専用の高級車に入っていった。
逃げないように手錠をかけられ、車に乗せられると、リリの小さな手が服の裾を掴んでいた。
「お姉ちゃん……お、お兄ちゃんが……ぁ……っ……」
「……大丈夫よ。リリちゃん。大丈夫だから……」
セスは震える彼女を優しく抱きしめて泣き止むまでずっと慰めるのだった。