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不時着



 無限に広がる星の海を船団は進む。

 船と言っても砲台がいくつも備え付けられている宇宙戦艦。何隻ものが大小いくつも並び、一際大きな宇宙船を守る様に囲っていた。

 航路は惑星ヴァルキアへ。

 目の前に広がるその青い星を眺め、男は上機嫌でワインを飲み干した。

 後ろに控えていた秘書の女性が空のワイングラスに酒を注ぐ。


「楽しそうですね、カイウス王子」

「それはそうさ。これからこのヴァルキアで僕は姫と結婚するんだ。ようやくあの女が手に入ると思えば機嫌が良くなるに決まってる」

「そうですね」


 秘書はニコリと笑みを浮かべていたが、その直後に通信が入ると上がっていた口角は一瞬で下がった。


「王子、先方から連絡が入りました」

「ん~? なんだって?」

「居なくなったそうです、姫」

「……うん?」


 カイウスの笑顔は張り付いたように固まったままだった。




※※※



 惑星サンドバル。

 高層ビルが所狭しと乱立した機械都市で先進的惑星だが、土地のほとんどは木々の芽吹かない荒れ果てた砂漠である。

 富裕層と貧困層が明確に分かれており、都市の中心から外へ行くほど貧しい暮らしになっていた。

 そんな星の、最も貧しい者達が暮らすスラム街を歩く二人の異星人がいた。


「腹減ったな……メシに行こうぜ、セス」

「アハト、そんな暇ないわよ。まず壊れた船を直してもらわなきゃ次の星に旅立てないんだから」

「不時着させたのお前だろ……」


 アハトと呼ばれた赤い髪の青年はやれやれと溜め息を吐いて、一つにまとめた緑髪を揺らして歩く彼女、セスについていく。


「しかし修理つったってこんなスラム街に修理士がいるのか?壁の向こうにある市内の方が確実に店があるだろ」

「それは……正式な入星なら問題無かったけど私達思いっきり勧告無視で墜落したじゃない?不法侵入で今頃指名手配とかされてる可能性があるもの」

「それはまぁ……そうか」


 ポケットから取り出した携帯デバイスの画面に触れる。

 表示されたボロボロの宇宙船のステータスには『航行不可』の文字。これをどうにかしない事には旅立てない。

 やれやれとアハトが溜め息をついていると、人混みの向こうから大声が聴こえてきた。


「どうしてくれんだクソガキィ!」


 声の方に目を向けてみれば、サンドバル人の特徴である額に二本角を生やした大男が小さな子どもの胸ぐらを掴んで持ち上げていた。隣にも似たような角の生えた男が二人いる。

 足元には木製のジョッキが転がっており、中身の酒が大男の胸にぶちまけられてシミを作っていた。大方、子供がぶつかって(こぼ)したのだろう。


「ご、ごめんなさ……」

「あぁ!? 弁償しろやァ!」


 酔っているからなのか、怯える子供を大声で怒鳴りつける。

 子供は今にも泣き出しそうだ。


(助けたいところだけど、面倒事は御免だなー……)


 騒ぎになればすぐにこの星の警察が駆けつけるだろう。そうなると不法侵入してる身としては都合が悪い。

 ここはセスと共にこの場を去ったほうがいい───しかし、そう思った時にはもう彼女の姿はなかった。



「ちょっと貴方!」

「げっ」


 アハトから苦々しい声が溢れる。

 いつの間にか大男の前に立つセス。

 自分よりも背の高い男たちを前に物怖じもせずに、指を指して命令していた。


「その子を離しなさい!」

「なんだぁ?」


 「アイツは本当にもう………」アハトは事態がどんどん悪い方向へと向かい始めた事に額を押さえた。

 

「子供相手に大人気ないことしてるんじゃないわよ。酒の一杯や二杯で小さい男ね」

「なんだと!? てめぇ、女だからって容赦しねぇぞ!」


 子供を投げ捨てて、男は拳を振り上げる。

 宣言通り、本気でセスに殴りかかった。

 彼女の頭より大きな拳が当たれば大怪我どころではない。ギャラリーは思わず目を伏せた。


「死ねぇ!」


 ……だが、いつまで経っても悲鳴も何も聞こえてこなかった。

 恐る恐る目を開けてみると、拳はセスの鼻先で止まっている。彼女の背後から伸びた片手が拳を止めていたのだった。


「邪魔しないで、アハト」

「助けてやったのにお礼の一つもないのかお前は」

「なんっ……っ!?」


 男がどれだけ拳に力を入れてもピクリとも動かない。

 それどころか、アハトとセスはそのまま口喧嘩まで始める始末だ。


「お前な……なんでもかんでも首突っ込むなよ。俺が止めてなかったら大怪我だぞ」

「これくらい私一人でも平気よ?」

「だとしても目立つことするなよ。状況わかってるか?」

「ええ。じゃああとは任せるわ。私はこの子を送るから」

「あ、オイ」


 セスは平然と歩いていくと、少年の身体を両手で抱える。


「キミ、名前は?」

「え? ル、ルキ…」

「ルキくん、家はどっち?」

「あ、あっち……」


 少年が建物の向こう側を指差す。

 ここからは道に沿って回り込んで行かなければならず、酔っ払い達もそんな彼らを逃がす気はない。

 だが、セスは周りの視線を無視して、目的地への方角──建物に向かって一歩を踏み出した。


「────へっ?」


 少年は思わず目を見開く。

 建物で塞がっていた視界はいつの間にか地平線が見えるほどに開けていたからだ。

 セスに抱きかかえられたまま身体は宙に浮いており、下を見れば人々が点に見えるほどの高さにいた。


「ええええええ!?」

「あら、調節を間違えたかしら。ごめんなさいね」


 身体は重力に沿ってゆっくりと落下していくが、セスは慌てることなく優雅に屋根に着地する。そしてまた、軽やかに踏み出すと、今度は三メートル程度の跳躍で屋根から屋根へと飛び移っていった。


「なっ、何だ今のは!」

「アンタは気にしなくていいよ」


 アハトが拳を離してやると、大男は後ろによろけていく。


「出来れは穏便に済ませたい。酒なら一杯奢る。それでどうだ?」

「ああ? そんなんで済ませるわけねぇだろ。お前ら、全員でかかるぞ!」

「そーかよ。お前ら三人程度、どうってことねぇ」


 アハトがかかってこいと右手で挑発して見せる。

 すると、大男の後ろにあった酒場の入り口からサンドバル人が現れた。一人、また一人と店から出てくる。


「あらっ?」


 予想外の展開になり、アハトから間抜けな声が零れる。

 最後の一人が現れると、人数は全部で十五人になった。



「呼びましたか、隊長」

「ああ、この舐めたガキをぶっ殺す。袋叩きにしてやれ」

「あーっと……」


 全員の視線がアハトへと集まる。

 三人ならともかく、十五人は流石に分が悪すぎる。

 ならば取るべき手段は一つだ。


「逃げるっ」

「待てゴラァアアアアアア!」

「うおおおおお来んなあああああ!」


 迫り来る大男達から逃げるアハトは、見知らぬ星で独り走り回るのだった。



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