勇者イイダの冒険(放課後)
放課後の帰り道、三人の男子高校生が住宅街を歩いている。
「それで内田がぴえんをおかわりしてさー……」
「……」
途中、一人が目の前を飛ぶ何かを見つめる。
「破ァッッッ!!!」
「え、何!?」
その一人が、突如手に持っていた傘を横に振りかざす。すると、止まった傘から黄黒いものがほろりと落ちる。
キイロスズメバチである。日本で有名なハチの一種で、刺されるととても危険である。
ハチを仕留めた傘を、一人が見つめる。
「勇者イイダよ、剣術は極めたようだな」
歩みを止め、傘を振った一人が神妙な面持ちで彼に返す。
「ああそうだな、賢者ウザキ」
「え、お前ら急にどうした?」
困惑する一人、アキバを尻目に、残りの二人、イイダとウザキは続ける。
「伝説の退魔剣エクストラディオンを引き抜いて六十年、ついにこの時が来たようだな」
「我が友の命が奴に奪われて六十年。今日がこの思いとの決別の時だ」
「待って、全然分からない」
理解できず混乱するアキバを見やると、ウザキは眉をひそめて語り始めた。
「突如現れた魔王によって世界の半分が破壊されて百年、我々人類は魔王の支配に苦しめられていた」
「ああ、そういう設定なのね」
「魔物が蔓延り、悪人が徒党を組み、ブラック企業が増え続けるディストピアと化していた」
「最後のは関係ないよね。ただの現代社会の闇だよね」
「そして今、エクストラディオンを見事引き抜いた勇者イイダの修行が終わり、遂に魔王城へ乗り込む時が来たのだ!」
ウザキは持っていた傘を杖のように地面に突き立てる。この傘はエクストラディオンではない。というか、今日は午後に雨が降る予報が出ていたから、三人とも傘を持っている。
「さあ、魔王討伐の旅へ行くぞ!」
「おう!」
「これ、住宅街まで進んで始めること?」
イイダの返事と共に、三人は再び歩き始める。
「止まれ、イイダ!モンスターだ!」
「なに!?」
立ち止まったウザキが叫ぶと、すぐさま二人より前に進み、両手を開いて二人の前に立ちふさがる。
「『ゴブリンAが現れた』」
「おい、人員足りなくて一人二役になってんじゃねえか」
「さあアキバ、初めての戦闘だ。気合い入れろよ!」
「俺も入ってるの?」
「マスター・クラウンの実力を見せてくれ!」
「道化師じゃねえか」
「ジャック、トニー、行くぞ!」
「誰だよ!」
イイダは右手に持つ剣(傘)を構える。そして、その場で大きく縦に振り下ろす。
「うおおおお!!」
「ぐああああ!(でゅぅん)」
一歩も近づいていないので剣はかすりもしないが、ウザキは攻撃を受けたような反応をし、口でダメージ音を発する。
「『イイダの攻撃。ゴブリンAに五のダメージ。ゴブリンAは倒れた。』」
「ナレーションも全部お前がやるのか、ウザキ」
「はあっ!」
「『ジャックの攻撃。ゴブリンは六のダメージを受けた』」
「とうっ!」
「『トニーの攻撃。ゴブリンは三のダメージを受けた』」
「おいおい死体蹴りやめろ!ゴブリンのライフはとっくにゼロだよ!」
「『てってれー。ゴブリンを倒した』」
ウザキはばたりと倒れ込んだと思ったらすぐさま立ち上がり、アカペラのBGMと共に、戦闘が終了した。
「こんなのまだまだ序の口だぜ」
イイダは親指をぐっと立てる。
「流石だな、勇者イイダ」
「ゴブリンがなんで喋ってんだ」
「私は賢者だ」
「分かんなくなるから役増やすのやめろよ」
ウザキと話していると、イイダがアキバの肩に手を置く。
「アキバさん、いい戦い方だったっすね!」
「いや、俺何もしてない。てか誰だよ」
「新人のトニーっす!」
「六十年の修行云々って言ってたのに新人がいるとか設定曖昧かよ」
「トニー、お前もなかなか良い戦いっぷりだったぜ!」
「お前誰だよ」
「俺は賢者様の弟弟子ジャックだ。覚えてくれよ」
「お前も三役やるのか、イイダ」
二人が話していると、ウザキが何故か一歩引いてから顔つきを変え、こちらに歩み寄ってくる。
「おれも連れて行ってくれよ!」
「お前誰だよ!」
「さっき倒されたゴブリンだ!おれたちを顎で使う魔王なんかぶっ飛ばしてやるぜ!」
「導入雑だなぁ」
「『ゴブリンが仲間になりたそうな目でこちらを見ている。仲間にしますか?』」
その機械音に似せたようで全然似ていない生声に、イイダは『はい』と答える。
「『てれれれーん。ゴブリンが仲間になった!』」
「なんで悉く役増やすんだよ」
「さあ、新たに仲間が加わったし、魔王討伐への道は近いぞ!」
イイダは高らかに声を上げる。
「イイダよ、慎重に進まないと足元を掬われるぞ」
「イイダさんなら大丈夫っすよ!」
「そうだな。イイダならそんなヘマしないだろう」
「そんなことより飯にしようぜ」
「そうだな!戦った後の食事はきっと絶品だぞ!」
「おれは先に武器屋に寄りたいぜ」
「全員一斉に喋んな!小説だから誰が何役で話してるのか分かんねえんだよ!」
アキバのツッコミに対し、ウザキがアキバの肩に手を乗せる。
「仲間の言葉は目じゃあない、心で聴くもんだぜ」
「いや誰だお前」
「エリクシールだ」
「誰だお前!そんな英雄みたいな名前の奴知らねえんだけど!」
「誰って、おれだよ……?ゴブリンのエリクシールだよ……?」
「お前かよ!なんで名前変えるんだよ!なんでお前が一番ファンタジーな名前してんだよ!さっき仲間になったばっかなのに偉そうにすんなよ!」
「おいお前ら、さっさと行くぞ」
「まだ続けんの!?気付いているのか知らないけど、イイダ、お前んちもうとっくに過ぎてんだけど!?」
「ここまで広げたらきりが付くまでやめらんねえんだよ……」
「本音漏らすくらいならやめればいいのに……」
六人(三人)は再び足を進める
住宅街を歩いていると、角に当たるところで、ウザキが何かの気配を感じ、足を止める。
「待て」
ウザキは右手を広げて二人を制止させ、緊張した顔つきで角を見つめる。
「気をつけろ……」
「こいつは……」
すると、角からゆっくりと、一人の男が歩いてくる。
「あ、エノじゃん」
クラスメイトのエノだ。目つきが悪く、教室ではあまり喋らないが、人望は厚い人間である。
エノはこちらに気付いたようで、こちらを振り向く。
そしてゆっくりとこちらに近づき、口を開く。
「よくぞここまで辿り着いた。だが、貴様ら勇者は、この魔王四天王が一人、暗黒将軍デストロイ・エノがここで殺す」
「お前もやるのかよ!」
先程までの会話が聞こえていたらしく、エノが中ボスとして立ちはだかった。
「我が邪悪なるダークフォースが、貴様らを消し炭にしてく」
「うりゃ」
「ぐぁぁぁぁぁぁぁあ!!」
「早ええよ!帰りたいからって一気に畳みかけようとするな!」
イイダの剣撃(素振り)を受けたエノは、胸を抑えて膝をつく。
「見事……だ。だが、俺は四天王の中でも最弱……。これから先、第二第三、そして第四の将軍が……、お前達を襲うだろう……」
「デストロイ・エノ……」
「なんやかんやで四天王は他の勇者が全員倒した。さあ、魔王城へ行くぞ!」
「今襲いかかるってエノが言ったよね!?一番盛り上がる場面端折るなよ!ウザキお前もめんどくさくなってんじゃねえか!飽きたなら帰れよ!」
「馬鹿野郎!!」
「痛い!」
突っ込むアキバを、涙目になったイイダが平手打ちをする。
「お前、魔王討伐を何だと思ってんだ!」
「ただの遊びだわ!」
「魔王のせいで、どれだけの民が苦しめられているか分かってるのか!?」
「知らねえよ!」
「魔王のせいで、どれだけの社会人がブラック企業に苦しめられているのか分かってるのか!?」
「もっと知らねえよ!労働基準監督署にでも訴えろよ!」
「待て、イイダ!」
ウザキが唐突に叫び、空を指さす。
「あ、雨だ」
見上げると、空には薄暗い雲がかかっており、ぽつぽつと雨が降り始めた。
「な、エクストラディオンが……!?」
「ああ、覚醒の時だ」
エクストラディオン(傘)がゆっくりと開き、イイダはそれを高々と掲げる。
「マスター・エクストラディオンへと進化した!」
「いや、雨降ってきたから傘差しただけだよね!」
「覚醒したということは、魔王が近づいてきたということか!」
「近づいてるのは魔王じゃなくて雨雲だよ!」
内容がぐだぐだになっていく中、三人は各々が持っていた傘を差し、胸を抑える体勢から動かなくなったエノを置いて(この後普通に帰ったらしい)、更に住宅街を進む。
「魔王城はここから一キロほど先にある」
「俺の家、次の角曲がってすぐなんだけど」
「魔王城はこの先の角を曲がったところにある」
「端折るなよ。俺の家が魔王城みたいじゃねえか。俺抜きではやりたくないのか」
「突っ込む奴いなかったらただの痛い集団じゃねえか」
「痛いって自覚はあったのか」
曲がり角までのこり数メートル。しかしここで、透き通るように爽やかな声が聞こえてきた。
「待ちな、お前ら」
角から先程のように一人の男が現れる。
「あ、オノデラだ」
クラス委員長のオノデラ。爽やかなイケメンで、男子女子共に人気な男。
「(オノデラ……まさか……)」
「くっ……」
「こいつは……」
三人に緊張が走る。険しい顔で、一歩ずつ歩み寄ってくるオノデラ。
そして、三人のすぐ近くまで来たところで、オノデラは口を開く。
「お前ら、日本史の課題プリント忘れてたぞ」
「お前はやらねえのかよ!!」
アキバが思わず突っ込む。
「うそ、マジで?ありがとうな」
「机の中に入れっぱなしだったぞ」
「あの先生怒ると怖いからなー」
二人がオノデラの元へ行き、プリントを受け取る。
「アキバ、これお前の分」
「お、おう」
オノデラが差し出したプリントを、アキバは恐る恐る受け取る。
「そうだ、これからファミレスでも行かないか?丁度バイトの給料入ったんだよ」
「行く行く」
「なあ奢ってくれよー」
「ドリンクバーだけだぞ」
「ヒュー!太っ腹ー!」
「ちょっと待ってよ、お前ら!」
周りが急に気の抜けた男子高校生の顔つきになった中で、アキバだけがこの場で焦ったような表情を浮かべる。
「魔王討伐はどうなるんだよ!?」
「そんなもんただの遊びだろ」
「はぁっ!?」
ウザキがしれっと返す。
オノデラとウザキ、イイダが先程まで歩いてきた方向へ戻りだし、呆然とするアキバにウザキが手招きする。
「ほら、アキバも早く行こうぜ」
笑顔で彼を待つ三人に、アキバは一呼吸置いてから、言い放った。
「勝手に終わるなよっ!!!」
彼は後に、人生で一番無駄な帰り道だったと語る。
最後まで呼んでいただき、ありがとうございました。
男子はいくつになっても勇者に憧れるものですよね。