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ネガイネクサス  作者: 礫
9/14

第4話 セレンの歌声 ③

今回からですが、「セプティマ教会」としてあった組織の名前を「セブンス教会」に変更してあります。

過去の回も追って編集していく予定です。ややこしくてすみません……。

 途中何度か気づかれそうになりながらも、優勝の尾行は、今のところ成功していた。

 足取りを追っていくと、ウォラムの市場街にたどり着いた。まっすぐ家に帰らない辺り、どうやら用事があるというのは本当のことらしい。


 人混みで見失わないように注意深く観察を続けていると、シンラは何度かに渡り、様々な商店に入っていった。しかしそのどれも10分も経たない内に退出し、手には何も握られてはいない所を見ると、狙いはよほどのレア商品か。

 あるいは、そもそも買い物が目的では無いのかもしれない。シンラは場所を移すようだった。優勝もまた、それを追う。


 シンラは、目抜き通りから一本外れたところにある、酒場の前にやってきた。

 繁華街の常ではあるが、この辺りの治安というのは実はあまり良くない。市場の周辺などは比較的マシな方で、路地を入ったこの酒場なんかでは、まだ昼前だというのに大勢の酔っぱらいがゴロゴロと管を巻いていた。


 シンラは意を決したように一歩、酒場へと足を踏み入れる。

 優勝はできるだけ多くの情報を得られるように、できるだけ店に近い、屋外に置かれたテーブルの辺りで、転がる酔っぱらいたちの中に身をやつした。しかしその甲斐もなく、すぐにシンラは店外へと叩き出された。シンラと目が合いそうになり、優勝はとっさにそばに落ちていた新聞で顔を隠す。開いたページに思わず優勝は目を留めた。


(これ、オレの載ってたやつじゃん!)


 いつから放置されていたのか、それは優勝の写真が掲載された、昨日の新聞だった。優勝は自らについて書かれた記事を読んでいるつもりだったが、段組みの見方がよく分からずに、気づけば視点は隣にあった別の記事へと移動していた。『セレンの歌声、聴こえず』と見出された記事の内容はこうだ。


 ――――


 夜のセントマグナからはこの世ならざる歌声が聴こえてくる。『セレンの歌声』というのは、それを聴いた人々が船乗りを惑わす魔物『セレン』の伝承になぞらえて、自然と呼ぶようになった呼び名だ。不気味ながらも美しいその歌声は、今や終演後の楽しみとして待ち望むファンもいるほど。

『セレンの歌声』は必ず、セントマグナで公演が行われた日の夜に聴こえてくる。しかし昨晩の終演の後、とうとうその歌声が聴こえることは無かった。セントマグナ近郊に住むダニエル・フレデリック氏(56)は、そんな『セレンの歌声』のファンの一人だ。ダニエル氏は聴こえてくる歌を毎回手ずから録音し、音盤に纏めて保管しているのだという。ダニエル氏はこう語る。

「(録音するのは)日々の習慣となりかけていただけに、聴こえないとなるとやはり寂しい。同じ思いを抱えている人は多いと思う」

 このまま歌声が聴こえなくなれば、コミュニティにも少なからず影響は起こり得るだろう。セントマグナ通を唸らせる『セレンの歌声』が、再び闇夜に響くことを祈るばかりである。

(文責 ウィレム・キテン)


 ――――


 普段ニュースなんてほとんど気にしない優勝だったが、なかなか読ませる記事だと思った。優勝がしげしげと新聞記事を眺めていたところ、何かを頼み込むようなシンラの声が耳に入ってきた。

 本来の目的を忘れるところだったと優勝は、新聞の隙間からこっそりと視線を伸ばす。シンラの会話の相手は、どうやらこの店の店主のようだった。店主は服装こそきちんとしているが、場所柄ゆえか、チンピラめいた雰囲気が隠しきれていない。シンラは叫ぶ。


「ですから、せめて理由を教えてもらえませんか!?」

「理由だぁ? んなもん分かってんだろうが!」

「調理の仕事なら客前に立つこともありませんし、何より、ここでは外国人も働いているんでしょう?」


 ここへ来てようやくシンラの用事の内容が分かった。シンラは職探しに出歩いていたのだ。なんだか見てはいけないものを見てしまったようで、気まずい。そんな気分を抱えながらどうしようかと悩んでいると、店主の口から信じられないような言葉が聞こえてきた。


「あのなあ、外人だって人は人だろ。お前みたいな人間以下の薄汚い獣が、働ける場所なんてあると思うなよ?」


 次の瞬間、考えるよりも先に、優勝の身体は店主の目の前へと飛び出していった。


「おい、オジさん!! 今のはちょっと無いんじゃないの!?」

「ユーショー!?」


 シンラは驚いた様子で目を丸くする。しかし店主はと言えば一歩も引かないどころか、むしろ怒りを加速させたように見える。


「あァ? ガキがてめぇ、何様のつもりだ?」


 そう言って店主は拳骨をボキボキと鳴らす。ありがちな威嚇表現ではあるが、いざ実際目の前にすると、怖い。優勝は暴力やケンカは大の苦手だった。勇ましかった表情が、恐怖に引きつる――。

 かと思うと、店主は突然、優勝の後ろの方を見て、表情をコロッと変えた。


「あ、いえ、何でもありません! ええ、子供に手を出そうだなんてちっとも……!」


 優勝の背後。そこには、白いローブ姿のセブンス教会の神官の姿があった。


 ◯ ◯ ◯


 酒場から謝罪代わりに提供されたポテトフライを頬張りながら、優勝とシンラ、それと一歩後ろにセブンス教の神官を引き連れて計3人は、シンラの家へと向かう帰路へと就いているところだった。ポテトを1本手に取り、優勝が喋る。


「いやあ、でもびっくりしたね。オレがシンラを追っかけてるつもりだったのに、まさかオレの方が尾行されてたなんて」

「優勝様を御守りすることが、我々の役目ですので」


 神官の男は淡々と答える。先刻の出来事について触れないでおこうというのは、優勝なりの優しさだ。シンラは落ち着かない様子で神官に尋ねた。


「ってことは、その……見張られてたってわけですか、彼は? 一日中?」

「……まあ、そうですね」


「なんか、大変だね」シンラは優勝に同情の視線を送る。


 どうやらこちらを気遣う程度には心に余裕はあるらしい。しかしそれは同時に、あの程度の差別や罵倒はよくあることなのだと、暗に示してもいた。優勝は邪念を振り払うべく、努めて明るく振る舞った。


「常に見られてるってことはさ、つまり、いつでもダンスを見てくれる人がいるってことじゃん? なんかお得じゃない?」


 そう言いながら優勝はステップを刻んで、シンラの一歩前へと飛び出す。「いやぁ、どうだろ」シンラは優勝のスタンスには懐疑的だ。

 優勝は半分身体を翻して、後ろ向きに歩いたままシンラに尋ねる。


「シンラはさぁ、バイト探してんじゃん? 生活費のため?」

「いや、ボクの場合は留学だから、家賃なんかは家から出してもらってる。ボクがお金を貯めるのは……蓄音機が欲しいんだよね、今」

「蓄音機?」


 優勝はシンラの家へ上がりこんだ時のことを思い返す。確かに部屋の中はこざっぱりとしていて、レコードプレーヤーの類は置いてなかったような気がする。シンラはたくさんの音盤を所持していながら、聴く手段が無かったのだ。

 そのことを考えるとなんだか妙におかしくなって、優勝は吹き出してしまった。


「いや、逆になんで持ってないの、蓄音機? 音盤買う前にさあ、ふふっ、買うでしょ普通!」

「笑わないでよ! だってさ、蓄音機はいつでも売ってるじゃない? でも音盤は見つけた時に買わないと、同じ店で次買えるかは分からないんだよ!? ……だいたいキミだって、同じことやったでしょーが!」

「……あっ」


 優勝は『Bad』の音盤を買ったことをすっかり失念していた。確かにあの時の優勝も、聴く手段も無いのに音盤を購入していたのだ。


「確かにそうだ、わははははっ!」


 笑いながら、道はだんだん見覚えのある通りへと差し掛かる。やたらカラフルな家屋がぎっしりとひしめくここが、シンラの住むリンダストリートだ。


「じゃあ、ボクはここで」


 アパートの階段を上がろうとするシンラ。そこに、優勝が思い出したことを言う。


「あ、そういやウチに置いてった音盤あるじゃん。あれ、どうすんの?」

「あ〜また、近いうち取りに来るよ」

「『聴きに来る』んじゃないよね?」

「…………」

「あ、ちょっと! ……ふふっ、黙らないでよ、ねえって!」


 シンラは笑いに肩を震わせながら、階段を登っていく。優勝もまた笑っていた。背中越しに手を振るシンラに、優勝は2本指を突き立てて「オレの勝ち」と、おどけた。

 シンラの姿が全く見えなくなるのを確認して、優勝は再び帰路へ着く。

 終わりよければ全てよし。優勝には、今日が楽しい日だと思えた。




挿絵(By みてみん)


次回更新は5・2予定です。よろしくお願いします!!!!

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