第4話 セレンの歌声 ①
「よう、来たな」
橙色の髪を撫でつけながら彼は言う。
「会いたかったぜ、衣装泥棒クン?」
その男、アポロ・エリスリナは意地の悪そうな笑顔を優勝へと向けた。アポロの瞳は若々しい活力に満ちていて、一曲だけとはいえ、とてもライブを終えた直後の人間の姿とは思えなかった。
「改めまして、自己紹介でもしとこうか」
アポロはそう言うと自ら名乗り、隣のソラリスも同じようにそうした。2人はとてもリラックスした様子で、一見気さくなそこらの若者のようにも見える。優勝はステージ上での2人の圧倒的なパフォーマンスを見ただけに、不思議な感覚に包まれていた。
「……ところで、衣装泥棒ってどゆコトですか?」
優勝が問う。するとアポロは変わらずニヤニヤとした笑いを浮かべながら、こう言った。
「ククク……それだよ。お前は俺たちのことも、自分がやらかしたことの意味も何も分かっちゃいない。だから気に入ったんだ!」
「アポロ、なに一人で盛り上がってんだよ」
食事中のソラリスが横槍を入れる。
「ユーショーだっけ? お前がセントマグナで着てた衣装は、そこのアポロが、昔使ってたやつなんだよ。だからお前は俺たちから衣装を盗んだ泥棒。敵ってワケ」
「ええそんな!? あれはちゃんと返しましたよ?」
シンラに言われてですけど……。そう優勝は小声で漏らしつつ隣のシンラを見やる。シンラはがくがくと震えるばかりで、全く会話に入ってくる気配はない。
そこまで彼らを恐れる理由が何かあるのだろうか? 少なくとも、そんなに怖い人たちには思えないが――優勝がそう考えていると、ソラリスがため息を吐き、そして話しだした。
「あのなあユーショー。返したからって盗みを働いた罪が消えるとでも思ってるのか? お前は床に落とした食べ物を、何事も無かったかのように食えるっていうのかよ?」
「ええと、まあ3秒以内なら?」
「お前、見損なったよ」
ソラリスは口元にべったり付いたミートソースを拭い、それから、
「『10秒』だ。落として10秒までなら食ってもいい。まったく、作ってくれた人への愛が足りないね」
自信満々にそう言い放った。その台詞を聞いたアポロは爆笑する。
「ちなみに俺は、一瞬たりとも皿の外に触れた料理は食べない! コイツみたいなドケチとは違って、作り直させれば良いからな!」
「アポロ……お前のそういうとこだけは、マジで軽蔑するよ。大体この間だって……」
そこからアポロとソラリスは、すっかり2人だけの世界へと入り込んでしまった。だが優勝は、2人が、何らかの目的を持って自らにアプローチをかけているに違いないと確信していた。
とりあえず、待っていても話が進みそうに無いので、優勝は声を掛ける。
「あの〜、お話中のトコ悪いんスけど、オレに何か用、ありますよね? 教えてもらいたいんですけど……」
その瞬間、ムッとして2人の顔が、こちらを睨みつけるものへと変わった。
あれ、外したかな? 優勝がそう考えていると、それまで石像と化していたシンラが、こちらに向け物凄い剣幕で迫ってきた。
「キミねえ! よくもまあそんな口の利き方が出来るな!? この人たちがどんな人か知らないからそんなことが言えるんだ! 彼らはこの世界で、No.1の人気を誇るアイドルなんだぞ!?」
「アイドル?」
優勝が首を傾げていると、突如としてアポロの腕がヌッと伸び、その大きな手でシンラの頭をわしわしとかき乱す。
「い〜やいやいや、良いんだよシンラ! こういう『何者も顧みない図々しさ』みたいなのが彼の魅力っていうかさぁ。シンラ、何ならむしろお前も見習うべきだよ。な、ソラリス?」
「あーホント、ノリとか空気とかぶち壊しにしてくれるのとか、最高だよねー」
ソラリスはハンカチで自らの爪を磨きながら応える。シンラは必死にアポロの手を振払おうと努力していたが、抵抗虚しくシンラの髪型はくしゃくしゃにされてしまった。
「や、やめてください……イメージが、ボクの中のイメージが崩れる……!」
アポロはそれから優勝へと目をやり、にっと笑う。
「変わってんだろ、コイツ? こういうやつなんだよ、本当キモチワルイよな?」
そう言ってアポロの注意が逸れたことをきっかけに、シンラはえいやっと掛け声を放ち、拘束していた腕を無理やり解き放つ。シンラは息荒く叫ぶ。
「キモチワルクないです! ボクはただ、他のファンと同じように接してほしいだけ。全然、フツーですから!」
シンラは恥ずかしそうに震えながら、力強く否定した。優勝の知らないシンラの一面がそこにあった。気分としては別の中学に通った幼馴染を偶然見かけた、みたいな。そういうのだ。
一頻り笑った後、アポロはようやく本題へと移った。
「ハハハ、いやぁ……で、何の話だっけ?」
「ホラ、あれだよ。アレ」
アポロの問いにソラリスは2本指を立てて答える。「あ〜アレだ」と、アポロもまた2本指を立てる。そして言った。
「この指を立てるポーズ、お前の考えた決めポーズだろ? これさ、俺たちにくれないか?」
「へぇっ、なんで!?」
「いやさ、俺たち『2人組』でライブするだろ? それを強調するのにピッタリのポーズだと思うんだよ。くれたら泥棒の件はチャラにしてやるよ。どうだ?」
「え〜、ヤですよ。これ、オレのポーズなんだもん」
こんな、誰でも思いつくような指の形を、何を真剣に取り合っているのだろうか? 傍から見ていたシンラはそう考えながら、ゆっくりと後ろへ下がり、そして言った。
「あの、ボク、そろそろ帰ります」
「どうかしたの?」ソラリスが問う。
「まあ……思ってたほど険悪にもならなかったし、ボクはもう必要ないかなって」
そう言ってシンラは踵を返してドアノブに手を掛ける。するとその背中の方から、アポロの声が聞こえてきた。
「ああ待て待て。シンラ、お前にも用事があんだよ。ちょい、これを見てくれないか?」
シンラを引き留めて、アポロは優勝とシンラへそれぞれ1枚の紙片を手渡した。フライヤーにはこう書かれていた。
『アポロ&ソラリス 世界ツアー開催に先立ちまして、一般から参加メンバーの募集を行います。概要は以下の通り。
応募資格:不問(プロ・アマ問わず)
募集種別:コーラス及びバックダンサー
採用人数:未定(才能に応じて判断します)
応募の際は住所、氏名を記載の上、――』
フライヤーを食い入るように見つめる優勝と、ぽっかり口を開いたまま硬直するシンラ。2人の反応はバラバラだったが、無言であることには変わりなかった。その沈黙を察したソラリスは、内容を補足する。
「一応、説明しとくと……理由あって、俺たちはしばらく休業してたんだ。復帰一発目の仕事が今日のコンサート。そして次が――」
「いやいやいや! 物凄い発表ですよこれは!? こんなの、ボクたちに漏洩しちゃって良かったんですか!?」
わめき散らすシンラに口を挟まれて、ソラリスは眉間に小さなシワを寄せる。シンラを宥めすかす役割はアポロへと移った。
「落ち着けよ。実際まだなんにも決まっちゃいないんだ。海外の会場の確保だって、今、絶賛ウチのボスが頑張ってるところだし……」
「ボスって?」
「センリ王国6大貴族のひとり、エルネスト・エマカダイン伯爵だよ。国内初の芸能事務所、EAPのオーナーでもあるんだ」
「……ご説明どうも」
アポロを差し置いて、シンラは横から解説を始める。どうやらシンラは、一度スイッチが入ってしまうと、自分の知っていることなら何でも説明したくなってしまう性質らしい。
エルネスト卿がいかに偉大な人物で、EAPがどれほど素晴らしい事務所であるのかについてのご高説をシンラからたっぷりと聞かされる中、アポロは優勝へと問う。
「そういやユーショーは、住むとこは決まったのか?」
「いや、まだ……」
「お前さえ良ければだが、エルネスト卿を後見人として推薦しとくよ。ちょうど良い下宿が空いてるんだ」
「下宿?」
「ああ。俺たちも昔暮らしてた、アーティストのための寮みたいなトコロさ。レッスン室もあるし、それから――」
「オレ、そこに住みます! 住ませてください!!」
「よし、なら決まりだな」
パン、パンとアポロの手が2度打ち鳴らされる。シンラの語りは朗々としてクライマックスを迎えつつあったが、それも途中で打ち切られる。
「話はこれで終わりだ。ユーショー、お前の部屋は明日から使えるよう手配しとく。それとオーディションの件だが……お前たちが参加してくれれば、きっと面白いことになると思う。是非、前向きに検討してくれたまえ」
以上だ。アポロにそう言われて、優勝とシンラは頭を下げ、部屋を退出した。シンラは少し不服そうな様子だったが――優勝にとっては、こうも幸せな出来事は無いだろうと心から思った。夢への道筋と、抱えていたいくつかの問題が同時に解決するなんて、それこそ夢にも思わなかったからだ。
優勝はシンラを連れ会場の方へ戻ると、エッダに後見人が決まった旨を伝える。シンラとはここで解散となった。優勝は自らの客室へと引き上げて、軽くシャワーを浴びた後、床についた。
読んでいただきありがとうございます!
この回からですが、エピソード辺りの分割数と投稿頻度を少し変えたいと思っています。
これまでは1エピソード辺り多くても2分割に収まるように投稿していたのですが、今後は読みやすさを重視して適宜区切っていこうと考えています。このエピソードは3回に分けて投稿する予定ですが、まだ後半が仕上がってないので、もしかしたらさらに増えるかもしれません。
投稿頻度についても、1回辺りの文字数が減るので上手く行けば週3回(火・木・土)に増やせるかもしれません。兎にも角にも書きながらなので具体的なことは言えませんが……。
とりあえず、次回更新は4・28予定です。その時にまた詳細なスケジュールをお伝えできればと思います。では!