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ネガイネクサス  作者: 礫
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第3話 黄金のアウラ 後編

 


「シンラ、チキン持ってきたよ! 食べるでしょ……って、どうしたの?」

「……本当に、これで大丈夫なんだろうか」


 パーティ会場は豪華絢爛なシャンデリアが掛かっていて、料理を乗せたいくつかの円卓の周辺にはドレス姿の男女が集う、本格的な社交場だ。その中に混じるのはタキシード姿の優勝、それと。


「ん? い〜やダァイジョブだって」

「いくらなんでも()()は古典的過ぎやしないか!?」


 黒のニットキャップを目深に被り、目元にはサングラス、口元を紫色のストールで隠し、全身にはウールのコートを何重にも着込んだシンラ(老婆という設定)がいた。

 優勝はこの老婆と心を通わせ、老い先短い老婆のたっての願いを叶えるべく、パーティに招待した……というつもりでやってきた。一応は目論見通りになっているのか、こちらに向けて視線を伸ばす者はほとんどいない。格好がトンチキ過ぎて無視されてるだけかもしれないが。


 ステージ上の幕が開いてスポットライトが灯ると、会場のざわめきは一瞬にして引いた。グランドピアノが置かれたステージの上、スポットライトの中に立つのは優勝たちをパーティに招待した張本人、エッダ・インデーヴァだ。静粛の中、エッダが開幕の挨拶を述べる。エッダが自己紹介まで終えた後、パーティの本題へと話は移った。


「……さて皆様にはお伝えした通りですが、この大地に実に11年ぶりとなる天使が降臨なされました。来ているようですね。彼がその『天使』常葉優勝です」


 スポットライトがホールにいる優勝に当たると、会場は拍手を持って迎え入れる。肉料理を頬張っているところだった優勝は照れくさそうにはにかみながらそれに応えた。ステージ上のエッダの顔が一瞬訝しげに歪む。


「えと、その隣にいる……方? は彼のゲストです。くれぐれも丁重なおもてなしをお願いいたします。さて皆様、常葉優勝に聞きたいことは山ほどお有りでしょうが――まずは余興を用意してあります。どうぞご覧ください」


 言い終わるとステージ上の明かりは消え、エッダは姿を隠す。優勝は空いた皿をそこらのテーブルに置くと全身身構えて力が入った。


「来た! いよいよだよシンラ!!」

「うるさいなあ、黙って見ろよ……ほら、来る!!」


 再びステージに明かりが灯った時、そこにいた2人の男の姿を見て、会場からはどよめきにも似た歓声が上がった。

 その訳を尋ねるべく優勝がシンラの方を見てみると、シンラは両手で口元を抑えながら震えていた。感動が叫びとならないように、必死にこらえているのだ。


 ステージ上の二人――オレンジ色のライオンめいたツンツン髪と、長身の若草色のセミロングヘア――のうち、ライオンっぽい方から話が始まった。


「えー、ご紹介に預かりました。アポロ・エリスリナと」

「ソラリス・アップルフィールドです。どうぞ宜しく」


 会場から拍手が巻き起こる。オレンジ色のたてがみのアポロは話を続ける。


「さて、こうして正式なステージの上で皆様に会うのは久しぶりになります。きちんとしたお披露目はもう少し先まで取っておくつもりだったのですが――此度の天使様は芸事に随分と関心がお有りのようで、こうして我々が呼びつけられた次第であります」


 アポロはそう言っていたずらっぽい視線を優勝に投げかける。会場から起こった笑いの理由が優勝には良く分からないまま、今度は長身長髪のソラリスが話す。


「今回聴いてもらうのは5年前に作った『エル・ドラド』という曲です。どうぞ楽しんでください」


 再び会場は闇の中へと包まれる。


 ピアノの旋律が流れ出し、2人の姿がぼうっと光って浮かび上がった。手には大理石のような燭台と――その先には、花のような形をした炎が燃えていた。


 曲調がハードロックに変貌し、2人は炎に息を吹きかける。もしくは、ただ歌ったのがそう見えただけなのかもしれない。

 その熱が、音が、声が。渾然一体となって優勝の身体をすり抜けて、心のすぐそばを吹き抜けていくような感じがした。


 なんて心地の良い歌声。そう思った矢先のことだ。優勝は、2人の肉体が先程までよりも遥かに強い光を纏っていることに気がついた。おもむろに辺りを見てみるが、照明の類の演出は使われていない。

 これは紛れもなく、()()()()()()()()()だった。


 アポロはさらに強い輝きを自分の右手へと集束させて、それは燭台そのものを包む炎となって形を変える。段々と大きくなる炎の塊。その中から姿を現したのは、燭台と同じ大理石みたいな質感の――ギターだった。

 その音色は優勝にとってよく馴染んだエレキギターのようでいて、どこか未知への好奇心も唆られるような、そんな気分にさせた。


 アポロのギターソロの盛り上がりが最高潮に達したのも束の間、石のギターは再び炎となって消滅する。アポロはステージ端のピアノの方へ駆けていき、そのまま荒々しく演奏し始めた。否応なしに観客たちの気分は高揚していく。

 アポロの放つオレンジ色の波動――『アウラ』――が、辺り一面に広がっていた。


「ヨー!!!」


 観客たちの視線を釘付けにしていたアポロが突如としてステージ中央を指差す。その先には、闇の中に姿を隠したもう一人、ソラリスがいた。彼はこの時、この瞬間をずっと待っていたのだ。

 最高のタイミングで、ソラリスは歌唱する。ハイバリトンの豊かなトーンが、会場中に響き渡る――。


「最高じゃん……」


 気づけば優勝はそう呟いていた。シンラが興奮していた理由が少し分かったような気がした。そしてそれはシンラにとっても同じだった、と思う。


 ソラリスから発せられる緑色のアウラは声とともに会場に広がって、アポロのオレンジ色と混ざり合わさる。それらは黄金のような玉虫色になってテーブルを、絨毯を、シャンデリアを、優勝の目に映る全てが輝いているかのように見せた。


「黄金郷だ……」


 歓声巻き起こる中ふと隣のシンラの顔を見ると、目があった気がした。表情は変装のせいでよく分からなかったけど、きっとその顔は笑っていた。


 ◯ ◯ ◯


 感無量とはこのことだろう。ステージが終わった直後のボクは、声を上げることも動くこともできなかった。この光景を見せてくれたあいつには礼を言わないとな。そう考えていたところ、あいつはすぐ貴族たちに囲まれてどっかへ行ってしまった。感想を誰かに話したかったのだけれど仕方がない。

 ぽつんと1人取り残されていると、いつの間にか隣には長いローブを羽織った女の人がいた。この人は教皇のエッダ……なんだったっけ。


 シンラが無意識的に距離をおこうと一歩後退ったところ、不意にそのエッダから声が掛かった。


「あなた……ネガイの留学生の子よね? 名前は確か、シンラ・ネヴラマズダ」

「ぃえっ!? ひ、人違いだと思いますけど……」


 モロバレだった。思わずごまかしてしまったが、きっと何の意味もないだろう。

 ネガイが紛れ込んでると分かれば、きっと大問題になる。この状況をどうにかする方法を考えようにも、まるで良いアイデアは浮かばない。

 シンラが目をグルグルとさせていると、エッダは何か得心めいたように、小さなため息をついた。


「そういうことね。……言ってくれたらどうにかしたのに」


 そう言ってエッダは懐から小さな杖を取り出し、空中で何か印を描くかのように動かした後、それをシンラに突きつけた。


「その厚着、しんどいでしょ? 簡単な化身術をかけといたから、もう脱いでも大丈夫よ」

「えっ、どういう……!」

「あなたは今、ただの人間の子供に見えてるってこと。んもう、まどろっこしいわね!」


 エッダはシンラの身につけたサングラスとストールを無理やり取り去った。とっさに顔を覆うシンラ。シンラはぎゅっと瞑った目を開いて、恐る恐る周囲を見渡してみる。

 パーティは何事もなく続行していた。何人かの貴族と目があったりしたものの、まるで興味がないかのように平然としている。


「すごい……神官ってこんなことも出来るんだ」

「誰でも出来るって訳じゃないけどね……ほら、お友達よ」


 エッダが顎で指した先、そこから人垣の隙間を縫うようにして優勝が這い出してきた。何があったのか知らないが、この短時間で少しげっそりとしたように見える。

 優勝はこちらに気づくと手を振って駆け寄ってきた。


「あ、いたいたぁ……ってシンラ!? 変装解いたらダメじゃん!?」

「いや、それがその、もう大丈夫らしいんだ」


 困惑しきりの2人。すると、優勝の頭上にエッダの拳骨が振り下ろされる。


「いっで!?」

「あなたでしょ? 教会にバカ高い請求書送りつけてきたのは!」

「えっへへ、すみません……」


 エッダは優勝が建て替えさせた、2人のコスチューム代の件で腹を立てていたようだった。優勝のタキシード代だけならともかく、シンラの変装用の服なんて教会から見ればただの無駄遣いだ。それどころか、優勝はこちらで生活するための普段着すらも、教会へのツケであれこれ買い込んでいたのである。その額合計5万ベルク。田舎なら1年間暮らしていけるレベルだ。


「すみませんじゃないわよ……それで、後見人は見つかったんでしょうね?」

「え!? 何の話ッスか?」

「あなたをこのパーティに呼んだ目的よ。貴族に取り入って後見人になってもらうって、もしかして、言わなかった?」

「初耳です!! えっと、その話また後にできませんか? ……ねえシンラ!」

「えっ、何!?」


 どう思われようが実際言われていないのだから仕様がない。

 そんなことよりも優勝には優先すべき目的があった。いきなり呼びかけられたシンラは、少しびっくりした反応を見せる。


「オレ、さっきの2人の『楽屋』に行こうと思ってるんだ!」

「ウソっ、ホンキ!?」

「ああマジマジ。あのツンツン髪の人、去り際に肩越しにピースサイン作ったでしょ。……あれ、絶対オレへのメッセージだと思うんだよ!」


 説明のために二本指を立て、興奮気味に語る優勝。しかしシンラは意外にも否定的な素振りを見せる。


「そうかもしれない……だけど、キミはあの人たちに会うべきではないんじゃないかな」


 言い終わってシンラが伏せた目を元に戻すと、案の定というべきか、優勝はもうステージの方へと向かいだしていた。その様子を見てため息をつくシンラ。ふと、頭に疑問がよぎる。


「なんであいつ、ボクの姿がそのまま見えたんだ?」

「それはね、あの子があなたのアウラを知っているからよ」


 エッダは、化身の魔術はアウラを知っている者には通用しないと説明する。しかしそれでもシンラの疑問が晴れることは無い。


「……ボクにはありませんよ、そんなの」

「あるわよ」


 シンラは思わずエッダを見る。エッダはそれに視線を返すと、優しく微笑みながら言った。


「アウラは誰にだってある。ただ、見えてないだけよ。さ、そろそろ行ってあげて。あの子、ほっとくと何しでかすか分かんないでしょ?」


 確かにそうだ、とシンラは少し笑う。それから、今にもステージによじ登ろうとする優勝を追いかけた。


 ◯ ◯ ◯


「確かに楽屋の場所なんて知らないよ? でもさ、もうちょっと行き方ってものがあると思うんだよボクは」

「ま〜良いじゃん。お陰でぽいトコロまで出てきたんだし」


 優勝に同行したシンラは、お陰でステージの上からバックヤードに侵入する羽目になってしまった。いくら周りからは人間の子供に見えているとは言え、目立った行動には周囲からの白い目が突き刺さった。

 何度か同じ所を行ったり来たりするなど紆余曲折ありはしたが、2人は今、楽屋の目の前にいる。


「……で、本当に入るつもりなの?」

「あったりまえじゃん!」

「ボクはやめといた方が良いと思うんだよなあ……」

「なんでだよ〜! シンラだって会いたいでしょ?」


 直前まで来て言い合いを続ける2人。目の前のドアを覆うように人の影が伸びるが、まるで気づいていない。


「あのさ。邪魔だから、退いてくれない?」


 背後からかかった声にシンラと優勝はびっくりしながら振り返る。そこにいるのは先程までライブをしていた2人組の片方、ソラリス・アップルフィールドその人だった。器用なことに右腕と右手を巧みに使って3枚もの皿を抱え、左手に握ったチーズのパイを食べているところだった。

 ソラリスは2人の姿を見て驚いた様子を見せた。


「あれ、さっきの天使の子と……シンラじゃん? お前来てたっけ?」

「もしかして、お知り合い?」

「えっと、まあ……うん」


 もごもごと煮えきらない様子を浮かべているシンラ。

「とりあえずさ」そんな2人の様子を見かねてソラリスが言う。


「ラザニアもらってきたけど、いる?」

「食べます!」


 優勝は即答する。ソラリスはそんな優勝を見るや乾いた笑いを浮かべ、


「あー、確かにうちのと似てるわ。ま、立ち話もなんだし、入んなよ」


 パイの残りを口の中へ放り、ドアを開けた。

 部屋の奥の方ではアポロ・エリスリナが、鏡に向かい、そのツンツンヘアを手直ししているところだった。



挿絵(By みてみん)

読んでいただきありがとうございます。

やっとプロのアイドルが登場しました。その名もアポロとソラリス!

キャラデザ担当曰く「2人は太陽と月モチーフ」らしく、アポロはまあまんまなのですが、ソラリスというのは「惑星ソラリス」というSF作品の舞台である架空の惑星の名前を拝借しております。

名前変えるべきか? となったんですが、「まあ異世界モノだし」ということで、結局語感重視でそのまま行くことにしました。こんな感じで、ネーミングは割とフィーリングで付けております。

モチーフを活かした話が今後あったりするんですかね?(他人事)


次回更新は4/25予定です。頑張りまっか! ファイア!

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