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ネガイネクサス  作者: 礫
14/14

第5話 VS(対立) ③

 


「はい、もう良いよ。ありがとう」


『次! エントリーナンバー――、――! 次――!」


 センリ王国トップクラスの人気を誇るアイドル、アポロとソラリスのバックコーラスの座を賭けたオーディションは順調に進んでいた。

 プロレベルの歌唱力を持つ者も中には何人かいたが、その多くはアイドルであるアポロとソラリスに一目会いたい、などといった動機で、直前になって棄権する者も少なくなかった。


 そういった事情もあって、歌の審査は思いの外ハイペースで進み、気づけば残りは優勝たちダンス組の審査を残すばかりとなった。

 優勝を除く45名のダンス参加者には、そんなステージ上の様子を観ていても、棄権を試みる者は誰一人いなかった。自信の程度にはそれぞれ違いがあれど、皆ある程度の経験は積んでいるのだろう。


 しかし優勝はそんな集団の中にいて、これっぽっちも、全く、見劣りする気がしなかった。

 優勝は元にいた世界で、ダンスコンテストの入賞常連者だった。同年代で自分よりセンスのあるやつはいないと思っていたし、事実、多くの評価を受けた。

 そしてそんな気持ちは、この異世界の地においても変わることはなかった。ダンスを審査されることに対しての緊張は、皆無に等しい。


 そう思っていた。

 しかし、ここへ来て優勝は今、奇妙な胸騒ぎを抑えきれないでいる。言葉にできないような悪い予感、そんなのだ。

 これまでタフなメンタルを自負してきたが、このアウェーの土地では何か違いがあるのかもしれない。襟を正す思いで、優勝は控室へと向かった。


 優勝のエントリー番号は5番だ。これは優勝が最も好む数字である。

 ローマ数字の5はVで、Victoryの頭文字もV。ただそれだけのことなのだが、優勝はこのサインが自分を示しているようでお気に入りだった。

 ちなみに次いで好きな数字は2。嫌いな数字は3だ。


 間もなくして、司会者の口から優勝の名が読み上げられる。

 優勝はステージまで一目散に駆けていくと、床を強く踏みしめて大きく飛び上がり、そのまま空中で身を翻しながら登場した。会場の一角から驚きの声が上がる。


「元気が良いね。君、名前は?」

「常葉優勝、15歳です!」

「出身も……一応、聞いとこうか」

「東京都、渋谷区から来ました!!」


 ソラリスが一通りの質問を終えると、会場内はザワザワとした喧騒に包まれていた。

 優勝は『天使』として、国中に顔も名前も知れ渡っていた。ソラリスとの問答の中でその名前と、耳慣れない地名を当たり前のように口にする姿を目にすれば、目の前にいる者が本物の天使であることを疑う者はいない。


 天使とは、その智慧と神託でこの世を善き方へと導く存在。その踊りに、何らかの啓示や利益を期待してしまうのは、セブンス教徒なら仕方のないことだろう。

 浮足立つ観客席をよそに、アポロは優勝へ向かって宣言する。


「ユーショー! ここの皆も知っての通り、お前はこの世を導く天使様だ。

 ……しかし、だからと言って俺たちはお前を特別扱いするつもりはない!

 お前が本当に俺たちの求める人物かどうか、見極めさせてもらうぜ?」


「望むところッス!」


 ビシっとVサインを決めて万全をアピールする優勝。ふいに、優勝は今の光景がデジャヴするかのような奇妙な感覚を覚える。

 夢か現か、優勝の脳裏に何者かの声が響いた。


『助けて――』


 優勝はとっさに客席を見渡す。しかし、声の主らしき人物は見当たらない。

 そもそもこの声は、幻聴ではなく本当に聞こえた音だったのだろうか?


 考えても分からず、優勝は額の冷や汗を拭いながらゆっくり正面へと向き直る。

 呆れた顔のアポロが、優勝にしきりに声を掛けていた。


「――おい。お〜い。ユーショー、お前大丈夫かよ?」

「はっ、えと、何でしたっけ?」

「だぁから、曲をどうすんのかって訊いてんだよ。急にボーっとしやがって、な〜にが望むところだ」

「あとも詰まってるからさ、早くしてもらえない?」

「え、あっ、スイマセン!!」


 アポロとソラリスの2人からお叱りの言葉を受けて、優勝は我へと帰る。

 自分の知らない間に話は次に進んでいたらしい。しかし曲を選べと言われると、優勝は思わず頭を捻ってしまう。


 アカペラで自由に歌うという歌の審査とは違い、ダンスの審査はあらかじめ決められたいくつかの課題曲から1つ選び、その曲に合わせて踊るといった形になっていた。

 優勝は、シンラのコレクションした音盤のお陰で、曲については予め知ることができた。

 しかし、この世界には映像媒体が存在しない。曲の振り付けを知ることは叶わないのだ。


 シンラの記憶を頼りに再現もしてもらったが……彼のダンスは、とてもじゃないが参考になるとは言えなかった。シンラにそのことを伝えると、憤慨した様子で「じゃあ、好みで決めれば?」と言い捨てられてしまった。

 しかし、実際のところはというと。


「あの〜、それって、おまかせとか出来ないですか?」


 おずおずと手を挙げながら言う優勝に、アポロは目を丸くする。


「オイオイオイオイ、まさか何も聴いてないって言うんじゃないだろ? 予習する時間はたっぷりあったはずだぜ?」

「はい。一応、ひと通り聴きました。

 でも、何というか……その、どれでも良いんですよね、実際」


 優勝の爆弾発言に、アポロの中の何かが切れた。

 アポロはまぶたをひくつかせながら、必死に自らの感情を堪えつつ言う。


「ほ、ほぉ〜う? つまり、俺たちの曲には興味が湧かない、と。天使様はそうおっしゃりたいわけだ?」

「いや、違うんです! そういうことじゃなくって。オレ、ホントに踊れれば何でも良いんですって!!」


 優勝は両手を体の前でブンブンと振り回す。懸命に弁明しているつもりだが、傍から見ればまるで言い訳になっていない。アポロは怒りのあまり、壊れたように笑い始めていた。


「ふ、ふふ、ふふ……。良いだろう。だったらお望み通り、最も難しい曲をお前にくれてやるよ。準備は良いな?」


「はい!!」


 アポロがハンドサインを送ると、場を繋いでいたBGMが止まり、周囲はたちまち静かになった。

 優勝は肩を大きく回した後に全身の力を抜き、軽く俯いた状態で音が来るのを待った。


 その瞬間だった。耳をつんざくような破裂音が会場に広がり、次に観客たちの悲鳴のような叫びが聞こえた。

 明らかに異常な事態。目を開けると、人垣の向こうに立ち上る煙が見えた。


「即刻、この背教行為を中止しろッ!!」


 人垣が左右に割れて、声の主が顕わになる。現れたのは、セブンス教のローブを羽織った男たちの集団。

 優勝は、彼らの手に握られていた物の存在から目が離せなかった。


 それは、優勝がかつていた世界で、人類が生み出した破壊と殺戮の象徴。

 銃だった。




読んでいただきありがとうございます!

次回更新までしばしお待ち下さい。

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