第5話 VS(対立) ③
「はい、もう良いよ。ありがとう」
『次! エントリーナンバー――、――! 次――!」
センリ王国トップクラスの人気を誇るアイドル、アポロとソラリスのバックコーラスの座を賭けたオーディションは順調に進んでいた。
プロレベルの歌唱力を持つ者も中には何人かいたが、その多くはアイドルであるアポロとソラリスに一目会いたい、などといった動機で、直前になって棄権する者も少なくなかった。
そういった事情もあって、歌の審査は思いの外ハイペースで進み、気づけば残りは優勝たちダンス組の審査を残すばかりとなった。
優勝を除く45名のダンス参加者には、そんなステージ上の様子を観ていても、棄権を試みる者は誰一人いなかった。自信の程度にはそれぞれ違いがあれど、皆ある程度の経験は積んでいるのだろう。
しかし優勝はそんな集団の中にいて、これっぽっちも、全く、見劣りする気がしなかった。
優勝は元にいた世界で、ダンスコンテストの入賞常連者だった。同年代で自分よりセンスのあるやつはいないと思っていたし、事実、多くの評価を受けた。
そしてそんな気持ちは、この異世界の地においても変わることはなかった。ダンスを審査されることに対しての緊張は、皆無に等しい。
そう思っていた。
しかし、ここへ来て優勝は今、奇妙な胸騒ぎを抑えきれないでいる。言葉にできないような悪い予感、そんなのだ。
これまでタフなメンタルを自負してきたが、このアウェーの土地では何か違いがあるのかもしれない。襟を正す思いで、優勝は控室へと向かった。
優勝のエントリー番号は5番だ。これは優勝が最も好む数字である。
ローマ数字の5はVで、Victoryの頭文字もV。ただそれだけのことなのだが、優勝はこのサインが自分を示しているようでお気に入りだった。
ちなみに次いで好きな数字は2。嫌いな数字は3だ。
間もなくして、司会者の口から優勝の名が読み上げられる。
優勝はステージまで一目散に駆けていくと、床を強く踏みしめて大きく飛び上がり、そのまま空中で身を翻しながら登場した。会場の一角から驚きの声が上がる。
「元気が良いね。君、名前は?」
「常葉優勝、15歳です!」
「出身も……一応、聞いとこうか」
「東京都、渋谷区から来ました!!」
ソラリスが一通りの質問を終えると、会場内はザワザワとした喧騒に包まれていた。
優勝は『天使』として、国中に顔も名前も知れ渡っていた。ソラリスとの問答の中でその名前と、耳慣れない地名を当たり前のように口にする姿を目にすれば、目の前にいる者が本物の天使であることを疑う者はいない。
天使とは、その智慧と神託でこの世を善き方へと導く存在。その踊りに、何らかの啓示や利益を期待してしまうのは、セブンス教徒なら仕方のないことだろう。
浮足立つ観客席をよそに、アポロは優勝へ向かって宣言する。
「ユーショー! ここの皆も知っての通り、お前はこの世を導く天使様だ。
……しかし、だからと言って俺たちはお前を特別扱いするつもりはない!
お前が本当に俺たちの求める人物かどうか、見極めさせてもらうぜ?」
「望むところッス!」
ビシっとVサインを決めて万全をアピールする優勝。ふいに、優勝は今の光景がデジャヴするかのような奇妙な感覚を覚える。
夢か現か、優勝の脳裏に何者かの声が響いた。
『助けて――』
優勝はとっさに客席を見渡す。しかし、声の主らしき人物は見当たらない。
そもそもこの声は、幻聴ではなく本当に聞こえた音だったのだろうか?
考えても分からず、優勝は額の冷や汗を拭いながらゆっくり正面へと向き直る。
呆れた顔のアポロが、優勝にしきりに声を掛けていた。
「――おい。お〜い。ユーショー、お前大丈夫かよ?」
「はっ、えと、何でしたっけ?」
「だぁから、曲をどうすんのかって訊いてんだよ。急にボーっとしやがって、な〜にが望むところだ」
「あとも詰まってるからさ、早くしてもらえない?」
「え、あっ、スイマセン!!」
アポロとソラリスの2人からお叱りの言葉を受けて、優勝は我へと帰る。
自分の知らない間に話は次に進んでいたらしい。しかし曲を選べと言われると、優勝は思わず頭を捻ってしまう。
アカペラで自由に歌うという歌の審査とは違い、ダンスの審査はあらかじめ決められたいくつかの課題曲から1つ選び、その曲に合わせて踊るといった形になっていた。
優勝は、シンラのコレクションした音盤のお陰で、曲については予め知ることができた。
しかし、この世界には映像媒体が存在しない。曲の振り付けを知ることは叶わないのだ。
シンラの記憶を頼りに再現もしてもらったが……彼のダンスは、とてもじゃないが参考になるとは言えなかった。シンラにそのことを伝えると、憤慨した様子で「じゃあ、好みで決めれば?」と言い捨てられてしまった。
しかし、実際のところはというと。
「あの〜、それって、おまかせとか出来ないですか?」
おずおずと手を挙げながら言う優勝に、アポロは目を丸くする。
「オイオイオイオイ、まさか何も聴いてないって言うんじゃないだろ? 予習する時間はたっぷりあったはずだぜ?」
「はい。一応、ひと通り聴きました。
でも、何というか……その、どれでも良いんですよね、実際」
優勝の爆弾発言に、アポロの中の何かが切れた。
アポロはまぶたをひくつかせながら、必死に自らの感情を堪えつつ言う。
「ほ、ほぉ〜う? つまり、俺たちの曲には興味が湧かない、と。天使様はそうおっしゃりたいわけだ?」
「いや、違うんです! そういうことじゃなくって。オレ、ホントに踊れれば何でも良いんですって!!」
優勝は両手を体の前でブンブンと振り回す。懸命に弁明しているつもりだが、傍から見ればまるで言い訳になっていない。アポロは怒りのあまり、壊れたように笑い始めていた。
「ふ、ふふ、ふふ……。良いだろう。だったらお望み通り、最も難しい曲をお前にくれてやるよ。準備は良いな?」
「はい!!」
アポロがハンドサインを送ると、場を繋いでいたBGMが止まり、周囲はたちまち静かになった。
優勝は肩を大きく回した後に全身の力を抜き、軽く俯いた状態で音が来るのを待った。
その瞬間だった。耳をつんざくような破裂音が会場に広がり、次に観客たちの悲鳴のような叫びが聞こえた。
明らかに異常な事態。目を開けると、人垣の向こうに立ち上る煙が見えた。
「即刻、この背教行為を中止しろッ!!」
人垣が左右に割れて、声の主が顕わになる。現れたのは、セブンス教のローブを羽織った男たちの集団。
優勝は、彼らの手に握られていた物の存在から目が離せなかった。
それは、優勝がかつていた世界で、人類が生み出した破壊と殺戮の象徴。
銃だった。
読んでいただきありがとうございます!
次回更新までしばしお待ち下さい。