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ネガイネクサス  作者: 礫
12/14

第5話 VS(対立) ①

 夢を見る。辺りの景色は全て流動的で、深海のようなブルーの奔流の中では、遠くを見通しても無間の暗黒が広がっているだけだった。

 自分はその大いなる流れの一部で、姿には実体を伴った形は無い。温度のない流れの中が心地よく、いつまでも漂っていたい……。そう思い始めた頃、何処からとも知れない誰かの声が聞こえ、そして目を覚ます。


 決まってそういう終わり方だった。優勝はこちらの世界へと来てから同じような夢を何度も見たような気がするし、これが初めてだとも思った。

 薄れゆく記憶の中で最後に聞いた声は誰のものなのか。それは見知らぬ少年のような、母のような、あるいは自分自身の声のようにも聞こえた――。


「……っていう、夢を見たんだよ!」

「ふんふん、それで?」


 優勝は自らの記憶が完全に失くなってしまう前に、誰かに話すというバックアップ手段を取った。他人の夢の話ほどどうでもいいトピックはないが、今、目の前にいるシンラの聞きっぷりは真剣そのものだ。

 なにも気遣いからそうした態度を取っているわけではないというのは、わざわざメモを取り出してまで優勝の夢の内容を書き取るシンラの姿を見れば、誰にでもひと目で分かってもらえるだろう。


「それは、神託の一種かもしれないね」

「しんたくぅ?」

「『天使は神託をもってこの大地に天恵をもたらす』というのがセブンス教の考え方なんだって。占いみたいな漠然としたものから、時には未来を見た、なんて書いてあることもあったりしてさ。でも、別の世界から来たってだけのただの人間に、そんなことが出来るとはとても思えないんだよなあ」

「……なんか、詳しいね。シンラ」

「まあね」


 留学生であるシンラは、教わっている学問の中では神話の研究に最も興味があるらしい。神話の世界にも度々登場する天使。その実在は、シンラにとってなんだかんだ気になる対象のようだ。


 優勝とシンラは、このようにしてエマカダイン邸のレッスン室に集まることが多くなった。誰がそう決めたわけでもなく、ごく自然に、気づけばその様になっていた。

 オーディションへの参加を決心したシンラには歌の練習をするスペースが必要で、優勝はただ変わらず、そこにいただけだ。


 目の前で聴くシンラの歌には、言われる通りたしかに不思議な魅力があった。

 男性らしい安定した声の太さを持ちながらも、変声前の子供のような甘さが少し残る、唯一無二とも言えるものだ。優勝はそうしたシンラの歌を聴きながら、いつしかそれに合わせて踊ってみるようになった。

 そんな風に過ごしながら、優勝はこのコンビでの空間に居心地の良さを感じ始めていたが、気持ち悪いのでそれは言わないでおくことにした。


 心身ともに快調極まる日々が続いた。そしてオーディション本番がやってくる。


 ◯ ◯ ◯


 オーディション当日。会場は首都の外れの方にある、アポロとソラリスの2人が所有するライブハウスだ。その規模はさほど大きくはないが、散々に告知されたオーディションの報せに、5年ぶりにアポロとソラリスがファンの前に姿を表す(審査員としてだが)とあっては、街中至るところから観客が押し寄せて、人が人を呼ぶ大騒ぎとなっていた。


 ライブハウスの入り口ではスタッフがせっせと整理券を配布している。

 今日のオーディションではこの観客たちの反応も審査に加味されるということで、だから客入りがまばらでないということには少し安心感があった。


 優勝とシンラは裏口から直接、バックステージへと向かう。オーディションの参加総数は歌で231名、ダンスで46名の総勢277名。

 残念ながら、この小規模なライブハウスにそんな大人数の演者を待機させておくような場所は無く、出番の近い者以外はスタッフ用の通用口から2階の観客席へと移動して、そこで待機することになっていた。


 審査の順番は歌が先だ。エントリーナンバーの若いシンラとはここで別れることになったが、その道中の廊下で少し話した。


「に、してもすごいなぁ。『セントマグナ』以外にもこんなトコがあったんだ?」

「まだまだ、もっとあるよ。と言っても最近は減っていくばかりだけど……」

「シンラはこういうとこよく来るの?」

「いやぁ~、この辺は。治安がちょっと……ね?」

「ああ……」


 ここら一帯は酒場も多く、夜はそれなりに物騒なのだそうだ。優勝は自分ならお構いなしだと思ったが、実際シンラの抱える心労というのは計り知れない。

 それでも今日こうしてやって来れたということは、一緒にいる優勝にそれなりの信頼があるということなのだろう。

 控室が見えてきて、話はそれでおしまいとなった。


 それからしばらくして、オーディションが始まった。まず最初に、アポロとソラリスの2人がステージ上へと現れる。

 待ってましたとばかりに観客たちは歓喜の声援を上げるが、アポロはそれを制して、言う。


「えー、お集まりいただきありがとう。そして、久しぶり。……正真正銘本物の、アポロ・エリスリナだっ!!」


 その言葉に会場は再び熱狂する。歓声を浴びて満足気にするアポロだったが、その恍惚の表情にソラリスが横槍を入れる。


「お前が煽ってどうすんだよ」


 ソラリスは観客へと向き直る。


「先に言っとくけど、今日の主役は俺たちじゃありません。だから……」


 言いかけたところで、動きが止まる。観客たちの静寂に特別な意味を感じ取ったからだ。

 観客たちは待っている。それを理解したソラリスは面倒くさそうな顔を浮かべて言う。


「……え〜、言う? 言わなきゃダメ? 俺も、こいつみたいに」


 観客は銘々拍手や叫びでそれに応える。腹をくくったとばかりに深呼吸するソラリス。そして、


「……待っててくれてありがとう。ソラリス・アップルフィールドです!」


 会場のボルテージは最高潮と言えるほど沸き立った。


 2階席にも、そんな会場の熱狂の様子がありありと伝わってきた。

 優勝は立ったまま簡単なストレッチを行い、自らの出番を待つ。


「すっげぇ盛り上がってる……」


 準備は既に整っている。むしろ、出来すぎていると言えるだろう。優勝は今すぐにでもこの温まり切ったステージの上に飛び出したいとさえ思っていたが、これからまだ200人以上の歌の審査が控えている。気の遠くなるような待ち時間を想像し、肩を落としたところだった。


「あっ、お前!!」


 掛かった声に振り向いた先にいたのは、優勝に比べやや小柄な、短髪の男だった。まるで自分を知っているかのような口ぶりに違和感を覚えつつも、優勝はこの感覚を以前にも味わったことを思い出した。


「えっと、どちら様?」

「……覚えてないかぁ〜。セントマグナでお前と話したんだよ。舞台に上る前、ちょっとだけな」

「ああ、やっぱり!」

「やっぱりって……お前、もしかして俺のことからかってる?」

「いやいやいや! ただ、ちょっと前にもこんなことがあって。たぶんセントマグナで会った人かなぁって思ったんで。えっと、名前は……」


 案の定、男はセントマグナの関係者だった。優勝はセントマグナでの出来事を、ステージ上での体験以外あまり覚えていない。ステージへ上がった時のことは、他のすべてを凌駕するほどに鮮烈な記憶だったからだ。

 男は優勝が言い切る前に自ら名乗る。


「ジョルジュ。ジョルジュ・メッサーだよ。俳優をやってる。まだ売れてないけど」

「ジョルジュさん! オレは常葉……」

「トキワ・ユーショーだろ? 知ってるよ。あれだけニュースになってんだから」


 常葉優勝という天使の降臨は、祝宴の行われた次の日、またたく間に全国に通知された。

 実のところ、そんな優勝を狙って関わり合いになろうとする連中はいくらでもいたのだが、それらは全て、随伴のセブンス教神官が未然に防いでくれていた。しかしその事をまだ優勝は知らない。


「しかし、セントマグナの舞台に飛び入りでやって来て会場を大いに湧かせた謎のダンサーが、実はこの世に祝福を与える天使様でした……なんて、出来すぎだと思うんだよな」


 ジョルジュは眉をひそめる。


「なあ、ユーショー。できれば正直に答えてほしいんだが……これって何か大掛かりなプロモーションだったりしないか?」

「へっ?」

「つまりだよ。お前は既にどっかに後援者がいるプロで、このオーディションもお前の顔を売るためのでっち上げ、ってことだよ」


 思いもよらぬ考えに優勝はぽかんとしてしまう。確かに優勝は芸能事務所でもあるエマカダイン家に面倒を見てもらっているし、八百長臭いと言われたらそんな気もする。

 どうにか言い訳っぽくならない方法を考えていたところ、ジョルジュが申し訳無さそうに口を開いた。


「いや、すまん。少しやっかみ臭くなったな。大丈夫だよ、お前のスキルは認めてる」


 ジョルジュの気も知らないで、ダンスを褒められた優勝は嬉しくなって、にやりと笑う。

 そして2本指を突き立てると、大胆不敵にもこう言い放った。


「たぶんオレ、オーディション合格すると思いますけど。実力で勝つんで、恨みっこなしッスね!」


 ふんす、と鼻を拡げながら、優勝は堂々と威張った。


「お前……今、すげー腹立つ顔してるよ」


 八百長を否定するどころか肯定するかのようにも受け取れるこの発言に、ジョルジュは内心動転しきりだった。

 しかしジョルジュの苛立ちの部分は、むしろ笑いへと変わっていった。彼は自らの両頬を叩いて己を鼓舞すると、短い掛け声と共にこう言った。


「っし! それでこそ挑み甲斐があるってもんだよな。俺だってアイドル志望なんだ。その鼻っ柱を叩き折ってやるからな!」


 強い語気とは裏腹に、スポーツマンシップを感じるような爽やかな空気がそこにあった。

 優勝は言葉を返さず、ただ笑顔をもって応える。


 その時だった。流れっぱなしのスピーカーの音声が、耳に響いた。

 司会者の声が、次にステージに立つ参加者の名前を告げる。


『――次、エントリーナンバー6、シンラ!!』




読んでいただきありがとうございます!

ついにオーディションが幕を開きました。これにてようやく、優勝とシンラの芸能界への第一歩が踏み出されたワケですね。


実はこのオーディション、元は1話でやる内容の予定でした。しかし、ファンタジー世界に芸能界があって、アイドルがいて、オーディションもあって……という本作。

1話でこの辺りの現代的な内容を詰め込んでしまうと、なぜ異世界ものなのかという意図が分からなくなってしまうのでは? と思い、多少スローペースでも世界観やキャラクターを拡げる方を優先したのが、現在公開中のエピソード群になります。その魅力が少しでも伝わっていれば幸いです。


今後、「ネガイネクサス」はより異世界アイドルものとしての独自性ある展開をしていく予定です!

楽しみにしていただけると嬉しいことこの上ないです。


次回更新は5・9予定です。では!

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