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ネガイネクサス  作者: 礫
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第4話 セレンの歌声 ④

 その日の晩。エマカダイン邸の使用人が用意してくれた夕食を平らげて、優勝はセントマグナの前へとやって来ていた。優勝の一日はまだ終わってはいない。

 優勝には気になることがあった。昼間読んだ新聞の『セレンの歌声』のことだ。単なる好奇心ではあるのだが、優勝はその魔性の歌声をどうしても聴いてみたくなったのだ。


 ちなみにシンラから借りた音盤の方はまだ聴いていない。何となく、あれを最初に聴くのはシンラが来た時まで取っておこうと思ったからだ。


 使用人にセントマグナまでの道のりと距離を尋ねると、ほとんど一本道をまっすぐ、車で20分程度の距離だと教えてくれた。

 車で20分ということは、歩けば2時間、走れば1時間ちょっとで着くだろう。そういう計算で走ってきたのだが、そこに誤算があった。


 車の速度についてだ。優勝の考える『車で何分』という概念は、なんというか、実際よりもずっと現代的だった。こちらの世界にはプリウスもカローラも走っていない。そのスピードは現代よりもうんと遅く、つまり、優勝は走り出してからものの30分ほどでセントマグナへと着いてしまったのだ。


 30分のランニングという時点で、そこそこ良い運動にはなっているのだが、やはり1時間走ると覚悟を決めてきた反面、少し走り足りないのもまた事実だ。『セレンの歌声』が近郊の住人にも聴こえるというのなら、このセントマグナの外周を走っている分には問題無いだろう。優勝は自らに追加のノルマを課し、セントマグナの周りを走り出した。


 1周をちょっと過ぎたぐらいの頃、おかしなことに気がついた。元来た道が分からないのだ。セントマグナの形状は半円であるから、それを見れば今自分がどの方角にいるのかは大体分かる。しかしそれも夜闇に目が慣れた今だからこそ分かるだけで、ここに辿りついた時、セントマグナの向きがどうだったかなんてまるで覚えていない。


 果たして、自分は無事に帰ることができるのだろうか。血の気の覚めるような思いで優勝はその場に立ち尽くす。すると、その背後から何者かの声が掛かった。


「おい、お前!」

「ヒッ、お、おばけ!?」


 優勝は振り向きざまに両腕を交差させて防御体制を取る。


「だぁれが、おばけだ」


 ぺしっと頭を叩かれて、相手が実体を持つ人間だと理解すると、優勝はガードを解除した。

 ネックレスの石が放つ光に照らされて、声をかけてきた相手は、どことなく見覚えのある顔だった。


「あなたは! えっと……誰でしたっけ?」

「アレンだよ。ここで演出補佐の仕事やってる」


 そう言いながらアレンはセントマグナの方を親指で指す。

 アレンとは、優勝がこちらの世界へ初めてやってきた日、優勝をステージへと上げてくれた張本人なのだ。しかし恩義があるのは優勝の方だけで、アレンからすれば、優勝はトラブルメーカーであり厄介者、といったところだろうか。

 優勝は、そんな引け目がそのまま形に現れたように、一歩後退りながら話す。


「アレンさん! い、いやあこんな時間まで大変ですね?」

「誰かさんのお陰でな。シンラがここを辞めて、あいつの仕事は全部俺が引き継ぐことになったから、もうヘトヘトだよ」

「あっと、その節はどうも……すみません」

「良いんだよ。お前もアーティストだろ? どこかで仕事するかもしれない相手と、仲を拗らせるつもりはねえよ。大体、ちゃんと確認しなかった俺の責任でもある」


 そう言って後、アレンは優勝の身なりを頭からつま先までぐるりと確認する。そして、その不審な点について口にした。


「お前、こんな夜道の中を『メモリア』も持たずに出てきたのか?」

「メモリアって何すか?」


 優勝がそう言うと、アレンはため息を吐き、自らの首に掛かったネックレスに手を掛けた。そしてそれを優勝に手渡すと、言う。


「ほら、これ。貸してやるから、気をつけて帰るんだぞ」


 アレンのネックレスは、はめ込まれた石からぼんやりとした光を放っていた。メモリアとはこの明かりのことだと認識した優勝はネックレスを握る。すると、その光の色は薄い黄色から、青白い色へと変化した。


「なにこれ、すごい!」

「ああ、お前のアウラの色が出たんだな。まあよくあることだよ。……しかしメモリアも知らないなんて、一体どこの田舎の出身だ?」


 アレンの質問もよそに、優勝は思い出したことを口にする。


「あ〜これ! 『聖地』で見たやつと同じってことか!」


 優勝はディーヴァ・プラントにて、エッダからメモリアについての説明を受けていたにも関わらず、そのことをすっかりと忘れてしまっていたのだ。


「お前、聖地に行ったことがあるのか?」


 ますます良く分からないやつ。アレンは独り言のようにそう呟くと、ひとり帰りだそうと歩き始める。その背に優勝が声をかけた。


「アレンさんは、どうやって帰るんですか?」

「俺はその辺でタクシーでも拾うことにするよ。お前も早く帰れよ?」

「オレ、もうちょいここにいるつもりです。『セレンの歌声』っての、聴きに来たんで!」


 優勝の発した『セレンの歌声』という単語に、アレンはピクリと反応して、振り返った。アレンは哀れっぽい視線を浮かべていた。


「『セレンの歌声』か……アレな、多分、もう聴こえねえよ」

「ええ!? なんでぇ!?」


 アレンは何か事情を知っている様子だった。優勝が尋ねなおすと、アレンはしばらく考え込む素振りを見せる。「まあ、お前なら良いか」アレンはそう呟くと、真相を打ち明けた。


「『セレンの歌声』っていうのは、シンラのことなんだよ」

「シンラが!? でも、どうして?」

「あいつ、舞台に立てないだろ。夜中の誰もいないステージの上でなら、それを咎めるものはいないって考えたんじゃないか? これまで黙認してたんだが……クビになっちまったからな。だからもう、『セレンの歌声』が聴こえることはないんだ」


 そう語るアレンの表情は、どことなく残念そうにも見えた。

 優勝はここへ来てようやく、シンラを取り巻く環境という点どうしが線で結ばれるのを実感した。セントマグナでの仕事というのは、きっとシンラにとって、かけがえのない心の支えだったのだ。

 同時に、優勝は自らがそれをシンラから奪ってしまったのだという事の重大さに気づき、戦慄した。


 しかし、過ぎた時は決して元へは戻らない。過去を悔やまないというのが優勝のモットーだ。何よりも、それだけ魅力的と言われるシンラの歌を聴けないままでいるなんて耐えられなかった。

 どうにかその歌声を。そう考えていたところ、昼間に読んだ新聞記事の一節が脳裏によぎった。


「アレンさん。『セレンの歌声』聴く方法……あるかもしんない、です」

「何だって?」

「そのためにはちょっと手伝ってほしいんですが……ねえ! 今もいるんだよね!?」


 優勝が虚空に向かってそう叫ぶと、物陰から白いローブ姿のセブンス教団員の姿が現れた。優勝は考えを発表する。


「今からこの3人で、捜し物をします!」




次回更新は5・5です!

GWですが更新遅くて申し訳ないです……!

この期間になんとか書き溜めたいところですね。では!!

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