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後輩を買った日

 僕の住処である無人駅から瓶詰め屋さんまでは、自転車でひとっ走りするくらいの距離がある。

 白いフレームで小さなタイヤを持つこの自転車は、瓶詰めの世界で過ごすようになる前にも持っていたものだ。愛着がある。

 日が昇っているあいだ、一両編成の気動車は何度かこの世界にやってきて、そして去ってゆく。

 多くの場合は誰も乗っていないけど、ごくごく稀に人間が乗っている。

 隣り合った赤色のランプが交互に明滅した。サイレンが鳴る。踏切の遮断機が降りてくる。黄色と黒色の縞模様はひとびとの不安を煽る。

 犀のような気動車がトイレみたいな唸り声をあげながら月台を目指してゆっくりとやってくる。

 どうやら今日は誰も乗っていないみたいだ。

 月台に降り立ったワンマン運転士は、踏切の近くにいた僕を認めると、濃紺の制帽を高くあげて挨拶をしてきた。

 僕も手をあげ、それからペダルを勢いよく踏み込んだ。自転車に乗った僕は踏切を渡った。レールを踏むときはいつもひやひやする。

 踏切を渡るといつも歌が聞こえてくる。ありとあらゆる歌を買った友人の新庄が住む八百屋が見えてくる。

「やあ」新庄はトマトを手ぬぐいで磨いているところだった。

「これから瓶詰めを買いにいくんだ」僕は自転車を停めた。

「いいじゃないか。きみは気まぐれにいろんなものを買い集めるね。今日はどんなものを買うんだい?」

「決めてない。瓶詰め屋さんのおすすめでも買おうかと思う」

「歌はいいぜ。ほら、野菜たちも美味しくなるんだ」

 新庄はぴかぴかにしたトマトを齧った。その断面はとてもじゃないが言い表せない複雑な形状をしていた。たしかに美味しそうだ。

「帰ってきたらもらうことにするよ」

「そうするといい。でもおれが全部食ってしまってたら勘弁してくれ」

「そのときはきみの肉でも食べるよ」

「よせ」

 再び自転車に跨りペダルを踏む。歌が遠くなる。

 この瓶詰めアスファルトの道を買ったひとは、偉いことをした。

 こうやって自転車に乗っているとすごいスピードを出すことができる。砂利道ではこうはいかない。

 噂でも瓶詰めアスファルトの道を買ったひとのことを聞いたことがないから、いまはこの世界にはいないのだろう。

 そうやって伝説になったひとはたくさんいる。でも、伝説にならなかったひともたくさんいるのだ。

 伝説にならなかったひとのことを考えると、よくわからない気持ちになってしまう。寝る前に死のことを考えたときに似ている。だからあまり考えないことにしている。

 そろそろ瓶詰め屋さんが見えてくるころだ。


 瓶詰め屋さんの扉を開ける。瓶詰め的な音が鳴り、カウンターにいる店主が顔をあげた。彼の手のなかには彫りかけの瓶があった。

 店内のすべての壁には木製の簡素な棚があって、色とりどりの瓶がぎっしりと置かれている。

 窓から入ってくる陽に照らされて、店内は熱帯の海のように揺らめいている。

 僕は見つけた。

 視線を感じとった店主は、棚から後輩の瓶詰めを取り、うやうやしく僕の手に握らせてくれた。

「これ、買います」

「どうぞ」

 店主はカウンターに戻り、瓶を彫ることに戻った。僕は店を出た。

 無人駅に戻ってくると、僕はすぐに後輩の瓶詰めを開けた。

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少女に、芸術と人生について語る小説、『さよならを云って』も連載しています。
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