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イタチ

 イタチは裏山にすんでいる。人間たちがこの瓶詰めの世界にすむようになるずっと前からイタチはこの世界にすんでいたらしい。だからイタチは僕たちの先輩にあたる。

 僕は又聞きの又聞きでイタチが旧い存在だと知った。だから、いちばん最初の住人から、イタチの話が断絶することなくずっとずっと語られ続けたってことになる。

 だから僕は、イタチのことを後輩にしゃべらないといけないと思っていた。

「イタチってこの前、壁を見にいったときにみかけた動物さんですよね」

「そう、あの音よりも速い動物だよ」

「音よりも速い動物にこちらから会いにいくなんてできるんですか?」

「じゃあ僕たちは音を聞くことなんてできないじゃないか」

 後輩は腑に落ちない表情をしていた。

 イタチは裏山にすんでいるけど、町によく出没する。なにか茶色い影が横切ったら、それはだいたいイタチだろう。もしかしたらだれかが買った瓶詰めの幽霊かもしれないけど、どっちもうまく捉えられないから、けっきょくどっちなのかわかることはない。

 町を自転車で走っていると、茶色い影が、家と家の間や、路地裏、室外機の裏、雨樋のなか、回収ボックスなどなど、さまざまなところからぴゃっと現れてぴゃっと去ってゆく。

 イタチは僕たち人間より世界のいろいろなところにいる。人間は世界のことをよく理解していると思いがちだけど、じっさいのところ、人間が観測している範囲は相当狭いだろう。

 だからイタチは雄弁だ。

 裏山は、無人駅からちょっと歩いたところにある。自転車で行くまでもない距離だ。

 裏山のいちばん上にはお宮さんがある。お宮さんに行くための石の階段が裏山のはじまりにあって、そこにはちょうどいい鳥居もある。ここをくぐると裏山に入ったという気分になる。

 お宮さんはお宮さんと便宜的に呼んでいるけど、なにを祀っているのか僕は知らない。新庄に聞いたこともあったけど、知らないといっていた。

「あっこれ、なんだか懐かしい光景です」

「不思議だよね。こんな光景にでくわしたことなんていちどもないはずなのに」

 僕たちは鳥居をくぐった。すぐに脇にある藪がざわめいて、山のうえに向かって影が飛んでいった。

「お知らせにでも行ったのでしょうか。侵入者だぞ! って」

「お客さんだぞ! の可能性のほうが高いかな。イタチはおしゃべりが好きなんだ。でも行ってもお茶がでたりはしないよ」

 だから僕はお茶の瓶詰めと上生の瓶詰めを持ってきた。もし話が長くなるようだったらお宮さんの一画を占領しておやつ時にしてやろう。


「よくきたな、無人駅のひと。そして新しいひと」

「こんにちは、イタチさん。わたしは後輩です」

 石段を息を切らしながら登り、お宮さんに到着した。境内は茶色い絨毯が敷かれているのかと思うほどのイタチで埋めつくされていた。

 僕たちを出迎えてくれたのは毛艶の悪いイタチだった。苔のような深い声をしていた。

 彼はお宮さんの賽銭箱の上を陣取っていた。賽銭箱の後ろにある広縁に腰かけるよう促してくれた。

 僕と後輩はならんで坐った。お茶と上生の瓶詰めを横に置くと、イタチはこういった。

「俺たちはその、瓶詰めとやらを食わんのだ」

「どうしてですか?」と後輩。

「わからん。食わんといったが、食えんのかもしれん。だがむかしからそうだった。俺の爺も食ってなかった。人間がやってきてからその瓶詰めがうまれたが……だが、この世界は人間がくるまえから瓶詰めの世界だった」

 話が長くなりそうだと思ったので、お茶と上生の瓶詰めを開けた。後輩にお茶の瓶詰めを一本。ハンカチを僕と後輩にあいだに敷いて上生を乗せる。

「どういうことですか?」

「人間が瓶詰め回収ボックスと呼ぶやつ。あれは人間がこの世界にやってくるまえから〈瓶詰め回収ボックス〉という名前だった。爺はそう呼んでいた。そしてこの世界の果てである壁。瓶詰めの壁。あれも人間がやってくるまえからあった」

「瓶詰めの壁?」

「む? 後輩はあの壁を触っていたのではないか? 仲間がおまえたちを見かけたといっていたが」

「はい、たしかにわたしたちは壁を見に行って、イタチさんたちの雪崩を見ました」

「そう、ならばあの壁はちゃんと見ているな。透明の分厚い硝子の壁。あれはこの世界を円形状に取り囲んでいる。壁には高さがあるから円柱状だといえるのかもしれないが、どれだけの高さがあるのか、俺たちも知らん。烏はしゃべれんからな。だが想像することはできるだろう。この世界は巨大な瓶のなかにあると」

「入れ子の瓶詰めですね」

「ふむ」と哲学者のような顔をするイタチ。

「ふむ」と真似をする後輩。

 僕はもう上生をふたつも平らげてしまっていた。

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少女に、芸術と人生について語る小説、『さよならを云って』も連載しています。
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