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硝子

 瓶詰めの世界には平日も休日もないから、僕と後輩は学校に行きたくなった日を平日、行きたくない日を休日と呼ぶことにした。

 はじめての休日。僕はこの世界の果てを後輩にみせたかった。

 踏切を渡り、八百屋をすぎ、瓶詰め屋を通りこし、舗装されていない道をずっとゆく。

 横幅の広く浅い川にぶつかった。欄干のない木製の田舎的な橋がかかっている。

「へえ、川があったんですね」

「うん。僕の知り合いが川の瓶詰めを買ったからだね。亀山っていうんだ。釣りが好きだから、ちょっと上流までいくと、今日もやってるんじゃないかな」

 橋の中腹あたりから上流がある山を指差す。とても気持ちのいい空気の満ちるところだ。

「先輩も釣りをするんですか?」

「うん、彼に誘われたときはついていくよ。でももっぱら釣り竿じゃなくてサンドイッチとかお酒の瓶詰めを握ってるかなあ」

「先輩らしいですね。そうだ、今度はわたしともピクニックしましょうよ」

「いいね。ピクニックは飽きることがない。ピクニックをするだけでどこでも特別な場所になるからね」

 そうやって話してずっと歩きつづけていると、後輩がおでこを透明ななにかにこつんとぶつけたようだった。

「わっ、なにかありますよ!?」

「怪我はない? もうこんなところまで歩いてきてたんだ。ちゃんといってあげるべきだった。ここが果てだね」

「ここが果てですか?」

「ぶつかったところをよくみてごらん。遠くじゃなくて近くをみるようにして」

「なにか、なにかありますね。これは……硝子? 分厚い硝子のようにみえます」

「そう。この硝子の壁がぐるっと続いているんだ。高さはどれだけあるかわからない。そこらに落ちている石を投げてみたらわかるけど、僕の力じゃあまり役に立たなかった」

 後輩は小石を拾っていちどだけ投げてみた。小石は幼稚園ナンバーワン砲丸投げ選手よりも飛んだけど、硝子の壁がはるか上まで続いているのがわかるだけだった。

「どうやら131メートルはあるみたいですね」

「塔の瓶詰めを買っても問題なさそうだ。買ってもいいかい?」

「むっ、塔ですか……塔……」

 後輩は右の手のひらを硝子の壁にあてて、撫でながら壁沿いを歩いた。むずかしい顔をしている。

「この壁、どこまで続いているんでしょう? どこかで直角に折れ曲がるのか、それともずうっと先まで続いていて、わたしたちが疲れてしまうのを待っているのか」

「じゃあ僕は後輩が飽きないよう話題を提供するよ。そうだな………………今日はいい天気だね」

「塔ってなんのためにつくるんでしょうね。不思議です」

「空への憧れとか、神さまに近づくためとか、いろんなことがいわれてるね。ただつくるのが楽しかったからじゃないかなあ。ほら、積み木ってどんどん上に重ねていきたくなるでしょ。あと砂場があったらでっかい山をつくる」

「先輩ってそういった単純なものじゃなくて、もっとお城とか、よくわかんない巨大な動物とかをつくるのかと思ってました」

「それは塔や山をつくったあと、周りにつくるんだ」

「最強ですね」

 ずっと壁沿いに歩いたが、硝子の壁には変化の兆しはなかった。かわり空が夕暮れていき、無人駅が恋しくなってくる。

「そろそろ帰らないと僕のお腹がブラックホールになってしまう」

「烏たちも裏山に吸いこまれていってますからね。そうですね、帰りましょう。先輩は今日はなにが食べたいですか?」

「今日はハンバーグかな。小学生みたいなことをいったから」

 後輩は壁から手を離すとこんどは僕の左手を握ってきた。

「それじゃあ、ちゃんと家に帰れるよう手をつないでいてあげますね」

「後輩こそ帰り道はちゃんとわかる?」

「塔をめざせばいいんですよ」

 後輩は笑っていった。

 そうか、塔は人間の帰るべき場所を示すものだ。

 でも瓶詰め世界には塔がないから、はたして僕たちは帰り道を見失ってしまった。僕と後輩のお腹がブラックホール的な轟音を立てるころ、やっと戻ってきた僕たちは、すぐに新庄の八百屋にかけこんで野菜をいくつも食べたのだった。

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少女に、芸術と人生について語る小説、『さよならを云って』も連載しています。
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