エンディング
「先輩は、この世界からでようと思ったことはないんですか?」
冷たい夜風が吹いた。後輩は身体を震わせ、セーターの袖口をぐにぐに引きだして手を覆った。
顔を近づけて息を吐きかけ手を温めているのを見て、その手を取るべきかどうか迷った。
「一生をここで過ごしたいという思いもある。後輩が一緒にいてくれたら、の話だけど」
「それはわたしの人生を自分のものにしたいという意味ですか?」
後輩はともすればプロポーズだとも受けとれてしまう言葉を聞き流すように、瓶詰めの世界越しに見える星空を眺めた。
星々はこの世界を覆う、分厚い半透明の硝子をとおり、茫洋とした光になって夜空に浮かんでいる。
透きとおった星空を見上げたのは、もう昔のことだ。そしてその昔でさえも、ちゃんとした星空など見なかった。
人間の文明の明りが、星の光をかき消していた。
「僕は怖がりだと思う」
「知ってます。わたしを買うくらいですから」
「ほんとうはそんなのじゃなくて、ちゃんと後輩と出会って、ちゃんとお話をして、詩を書いたり、小説を書いたりして、後輩のことを知りたかった」
「それは、自分のことを知ってもらう手段じゃないですか?」
「きみはそう思う?」
「はい」
僕は寒そうにしている後輩の両手をそっと握った。
「流星のように冷たい」
「だれかが秋の瓶詰めを買ったからですね」
「違うよ。ひとりの手だったからだよ」
「……そうですね」
後輩は諦めたようにほにゃっと笑った。