4 親は偉大なり
薄紫の空の下、明かりのつく家の前で立ち尽くす千夏。先程から鍵を差し込もうとしては手を下ろし、また差し込もうとする、その繰り返しである。このままでは本当に日が暮れてしまう。
頭の中に複数個のシナリオを浮かばせて、ようやく決心した千夏。この時点でもう十五分経っている。ドアを開き、いつものようにただいまと言うと、おかえりの変わりに慌ただしい足音が響いた。
「どちら様でしょうか、なぜ家の鍵を?」
真っ先に出てきたのは父さんだった。見知らぬ人が家の鍵を持っているなんて警察行きだな、と考えながら今にも逃げ出そうとする体を必死に押さえ、訳を説明する。
「姿は変わっているけれど、俺は千夏です」
「………信用できん、証拠はあるのかね」
「本棚の二段目の赤い背表紙の辞書、六百三十四頁。次に別の本棚の四段目の緑の本、二百五十六ページ。これで分かるはず」
「……信じよう。誰にも言ってないだろうな」
「もちろん、俺と父さんの秘密だろ」
父さんは本の中に何かを隠しているのだ。昔、それを見たのがばれたとき、背筋が凍ったよ。あれほど怖い父さんは初めてみた。
俺だと分かってくれたみたいで家に上がれることになった。
リビングのダイニングテーブルで、父さんと母さん、そして俺で話し合うことにした。鼓動の音がやけにうるさく聞こえ、喉が乾いて仕方がない。重い空気の中、先陣を切ったのは母さんだった。
「……あなたは、千夏なのね?」
「うん、そうだよ母さん」
「何でその格好になったのかしら?」
「昨日倒れて朝になったらこの姿。戻る方法は今のところ分からない」
「そう、分かったわ」
このあとも質問が次から次へと出てきた。それらを順に答えていった。時計の長針が一周した頃、一つの質問を最後に、パンと手を叩いて、これでおしまいと言った。
母さんの様子から見るに、まだまだ質問したり無さそうだったのに、何故だろうか。その疑問は自分のお腹の鳴く音で分かった。ちゃちゃっと作ってしまうそうなので手伝いに行った。今日のご飯は肉じゃがらしい。
夕食が食べ終わり、皿洗いを手伝っている時だった。母さんがこれからについて話しかけてきたのだった。
「千夏、学校はどうするの」
「あー、まだ分からない」
千夏自身、何となく考えていた。この格好でクラスに馴染めるだろうか。変な目で見られたら。そう思うと震えが止まらない。いくつか考えがあったが実行する気になれないものばかりだった。
「……いっそのこと、新入生ってことにして入学しないかしら」
「え!? どういうこと、このまんまじゃ駄目なの?」
「新しい学校生活、楽しみじゃない? それに、チョコが原因みたいだし、探ってみればいいじゃない。女子の情報は早くて正確で便利だと思うけど」
「そう簡単に言うけどさ」
「学校側には何とか言っておくわ。その辺にはつてがあるから。そうと決まれば制服とかなんやらね、明日買いにいくわよ」
「ちょ、早いよ母さん」
なし崩し的に明日の予定が決まってしまった。今日、新たに知ったことは、母さんは強い。学校につてってどういうことなんだろう。そんな疑問を抱えつつ、歯を磨き、風呂に入り自室に戻る。
椅子に座り、ふと考える。新たな俺の設定はどうすればいいんだろう、と。その辺のノートを取り出し、名前から順に考えていく。設定に矛盾が生じないよう、違和感の無いよう、書き出していくと止まらなくなり、気がつけばもう日付を越えていた。
急いで布団に入る。ノートの続きを想像していく。数分も経たないうちに、眠りについたみたいだ。学校で生活していくうちに綻びがでないか心配な千夏であった。
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約束の朝、少し雲が多い青空が窓から見えた。昨日買い揃えた服を着て、リビングへ。そこには既に起きていた母さんが櫛を持って待っていた。この様子ではポニテでは済まされないだろう。
目をキラキラさせながら寄る母さんを断りきれず、されるがまま五分。ボサボサの寝癖がついた髪の毛はまとめられ、髪が首にかからないこう、おしゃれな感じになっていた。
車に乗り込み、大型のショッピングモールへと向かう。制服や下着やら諸々買い込むらしい。昨日買ったから量は少し少なくなりそうだ。店を順に巡っていき、下着は着替えさせられた。当たり前か。
制服屋についた。サイズを測り、試しに着せられた。スカートを毎日学校ではくのか。これからの学校生活にほんの少し気が重くなった。制服は今日の午後六時には出来上がるそうだ。仕事が速すぎだと思うのだが、気にしたら負けなのだろう。
「ふー、買ったわね~。」
「うん、そうだね。」
さまざまな袋をに吊り下げていた両腕を椅子に下ろしながら言う。残念ながら量は少なくならなかったみたいだ。時間を忘れて買い物に没頭し、気がつけばもう昼になっていた。
この辺りのファミレスで食事を取り、夕飯の食材を買ってから家に帰った。帰った後も、女子としての振る舞いを頭に叩き込まされた。やはり、言葉遣いや普段の癖などは中々とれるものではなかった。
リビングのソファに寝転び、精神の疲れを癒していく。時間が経てばたつほど体がソファに縛り付けられ動かない。このまま寝てしまおう、そう決意したがご飯のため離れることになってしまった。
ご飯の時間に色々話して、新入生案に決まったようだ。総力をあげ頑張っていかねば。今日はいつもより長風呂。布団の上で明日からの日々を考えた。明日から千夏ではなく知世として生活していく。不安がないわけではないが、楽しんでいこうと思う。犯人探しもしっかりとやらなければ。
切りがいいところなので今回は短めです。読んでくださりありがとうございます。次回も読んでいただけるとありがたいです。




