1 休日で良かった。
窓から差す明るい光で目が覚めた、鳥のさえずりが聞こえる。時計を確認するとまだ七時のようだ。目を覚まそうと立った時、違和感を感じた。
寝間着がゆるゆるで、何より目線の高さが以前より下になっている。
あれ、こんなに背が低かったっけ。それに髪も伸びてるし。まさか俺は数年間眠っていたのか!?
急いで一階の洗面所に鏡を見に行った。寝巻きがブカブカで動きにくく、階段で転びそうになった。何で服がでかいんだ、俺のだぞ。
鏡を確認するとそこには少女が映っていた。
中学生と偽れるくらい幼い顔立ち、さらさらの茶色みがかった、肩の位置より長いストレートの髪。そして男にはあるはずもない、膨らみ。
「嘘、だろ。あー、まだ夢の中か。俺は明晰夢を見れるようになったんだな」
これは夢だ、そう思いたかったが頬をつねると痛いので残念ながら夢ではないようだ。何でこうなった、思い当たる節は……あのチョコレートか。何か手がかりが残っていないかとチョコの入っていた箱を調べてみる。
一つ目は何もなし、二つ目の箱の裏に紙が貼られていた。その内容を確認してみると、そこには予想通りの事が書かれていた。
『このチョコを食べると女体化します。くれぐれも間違って食べぬようご注意ください。PS貴方のせいですよ』
「注意書きって…、製品化でもされてんのか、これ」
先にしっかり調べとけばよかった。全力で後悔する千夏。しかし、ある疑問が浮かぶ。何故女体化なんだ、と。
俺に何か恨みでもあるなら下剤でも何でも入れればよかったのに何故女体化というチョイスなんだろうか。ただひたすらに謎である。
自分が女体化したことはとりあえず置いといて、昨日気絶したせいで風呂に入れなかったので入る。
いや~すごかったよ我が体ながら。ちょうどいいサイズで、形が素晴らしい。何がとは言わないけれど。
しかし、どうしようか。
千夏は頭を抱え、一人なのをいいことに大きな声で唸り始めた。
誰かに相談するにしても、今親はいないし、友人に見せたらなんて言われるか。「変態」だろうか、「どなたですか」これもあり得るし、「意外と似合ってる」自分でもそう思う。
いらぬ方向まで悩んでいると呼び鈴が鳴った。驚いた拍子に大きな音をたて、椅子から転げ落ちた。しくじった、これじゃ居留守が使えない。
慌ててモニターを確認すると京花だった。
何の用事だろうか。とにかく何とかして騙さないと俺の人生が終わる。この姿を見られたら、女装癖の変人と見なされてドン引かれるに違いない。
ない頭を振り絞り、出した方法は、風邪のフリ。インターフォン越しなら音質が悪くていける…可能性がある。問題は、俺を俺より詳しい幼馴染を欺くことができるかどうかだ。
『すみません、千夏は居ますか?』
『いるいる、けほっ。ごめん京花、今風邪引いてるから明日にしてくれるか?』
適度に咳をしながら出来るだけ声を低くした。元の声は原型を留めておらず、声を低くしても少女の声にしか聞こえなかった。
上手く騙されてくれ。そう祈らずにはいられなかったがその祈りは神に届かなかったようだ。
『千夏じゃありませんね、誰ですか』
底冷えするような京花の声。これは「昨日彼女を振った癖に、もう新たな彼女を作った屑野郎」と誤解されていそうだ。違う、これは確実にしている。だがそれはあながち間違いではないかもしれない。別れた後にチョコをもらって嬉々としていた俺は、確実に屑の部類に入るだろう。
自己嫌悪する千夏だが、頭を振って後回しにする。今は直感の鋭すぎる京花を説得させなければ、俺が社会的に死んでしまう。
『いやいや、俺だよ、俺俺。千夏だよ』
『声が明らかに違います。第一風邪なら声は低くなるはずでしょう?』
まずい、完全に疑われてる。完全に俺の声じゃないとばれている。最初に俺のフリをしたからもう誤魔化せない。どうしようか。
『仕方ありません、入りますよ』
『えっ、嘘』
合鍵を入れている小さい箱の番号を知っていた。俺を含め家族しか知らないのに。あいついつの間に。そんなことよりこの姿をみられる方がまずい。確実にネタにされる。親戚のふりをするか?いや今の服装は完全に男物。それに私服はもう全て知られている。まずいまずい。トイレに逃げ込むか、それはもう無理だ。扉は既に開きかけている!
※ここまで考えるのに約一秒
扉が開くのがやけに遅く感じる。もう俺は開き直り、リビングのソファに座って水を飲んでいることにした。多分、ばれない。俺は今女だし。
京花は家に入ってすぐ上の俺の部屋に真っ直ぐに向かった。リビングは覗かれていないようでばれなかった。このまま外に出られたが、この状態で外に出るのも、と考えやめた。
上で物音がする。隠れていると思っているんだろう。ベットの下探されて無いといいな。な、何もないけど…。嘘です。ちゃんとあります。
いないと分かったのか降りてきた。もう俺の人生は終わりだ。知らぬ振りをするしかない。そしてリビングの扉は開かれた。
俺の姿を目にした瞬間歩み寄ってきて、誰何された。俺だとばれていないようで安心した。まだ死ぬわけにはいかないので演技を続けなければ。……表情筋は全く動いてくれないが。
「初めまして、暁……知世です。どちら様ですか?」
「猪爪京花です。ところで知世さん、私暁さんの親戚全員知っているんだけど、知世って人はいなかったのよね」
にっこりと黒さが全面に滲み出た笑みを浮かべる。この表情は、小学校の頃、京花の大事にしていたぬいぐるみを間違って破いてしまったとき以来だった。
恐怖で動けず、喉がひどく渇く。
こいつ、こんなことまで知っているとは。冷や汗が滝のように流れる。京花と合わせていた目をそーっと横にそらす。まだ死ぬわけにはいかない……。いや、無理だこれ。
「ねえ、知世さん、いえ千夏」
「い、いえ、私は千夏ではありませんよ~」
「そう、分かったわ」
だ、騙されてくれたか…? と一縷の希望を見出すも、京花はそれを粉々に破壊する。
「そういえば、誰かさんは小学生三年生の時ラブレターを送っててその内容は「あー! あー! 分かりました、俺が千夏です、千夏!」
京花は勝ち誇った笑みを浮かべ、俺の隣に腰掛ける。
くそっ。黒歴史公開とかまじやめろ。もう忘れかけていたのにほじくり返された。何やってんだ小三の俺!こうして何年かあとに黒歴史として残るんだぞ。やめておけ。
「はー、酷い目に遭った」
「ところでその格好は何、女装の趣味があったなんて知らなかったわよ。しかも完成度高いし」
「違う違う、誤解だよ。目が覚めたらこの体だったんだ。疑うなら揉んでみるかこの胸」
「遠慮しときます」
なんだ。意外とさわり心地がよかったのに。いや触られたかったわけではない、だがあの究極の柔らかさは誰かに知ってもらいたかった。例えで使われているマシュマロよりも全く違う。極上のさわり心地で、永遠に触っていられんんっ! 変態みたくなってしまう。ここで終了とする。
「というか何で俺だと分かったんだよ、普通は絶対気づかないだろ」
「この時間は千夏しかいないし、それに誰か来る予定もなかったから」
さらりと衝撃の事実を告げる京花。どうして俺の予定知られてるんだ。俺の家族構成とか親戚とか全部知っているし、幼馴染ってこんなに怖いものなんだと、思わず身を震わせる。
「それに鍵の番号も、まさか母さんが教えたのか?」
「正解。それより、それどうするの、明後日学校でしょ?」
「あー、忘れてた。この胸さえ潰せれば何とか……?」
こんな格好じゃ学校に行けないし、かといって学校を休み続けるわけにはいかない。胸潰したって出来ないのは俺だってわかっている。顔も身長も声も、何もかも変わってしまっているから。
「そんな簡単にいかないわよ」
「まあそうだよな。だけど元に戻る方法は無いし」
二人でどうしたもんかと頭を悩ませていると、京花が現実逃避をしだしたのか、こんなことを言い放った。
「そうだ、買い物にいきましょう」
「はあ?何でこんなときに。それにこの姿、人に見せたくないし」
俺はぶかぶかの服を持ち上げる。肩まで出ているし、ズボンだって持っていないとずり落ちてしまう。
「服とか色々サイズ違うでしょ、今もぶかぶかじゃない。あと見た目は絶対誰にもわからないから大丈夫」
「そうだけど……」
「そうと決まったら、買い物に行くわよ!」
「はあ、分かったよ。仰せのままに」
今日は買い物に無理矢理付き合わされるらしい。この状態で外か。ばれたりでもしたら俺の学校生活が終わる。
このとき俺は初めて男らしさ、女らしさをハッキリと意識したのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。今後もよろしくお願いします。




