59話 大敵ージャスティスー
「む…寝てたか…?」
パーフェクトガイザスのランゲルハンス島の力により低血糖に陥っていた魔王イクスは、伊集院の治療により意識を取り戻した。昏睡に陥るほどの症状であったが、ものの数分で意識を取り戻すのはやはり彼が魔王に就任するほどの超人だからだろう。
「意識を取り戻したみたいですね、イクス様」
突如、地面からにゅっと影の様な男が生えてくる。まるで道化師のような仮面をかぶり、飄々とした振舞いを見せるその男を見て、フォーゲルが呟く。
「死神か…」
「え?知り合い?」
当然伊集院は知らない人なので、誰なのか問いただす。
「やあはじめまして。ボクはイクスデス。死神だなんて呼ばれてるけどご覧の通り明るくて陽気な子だよ」
「…貴様が戻ってきたということは、何か見つけたのか?デスよ」
「おや申し訳ありませんねイクス様。何せ敵地への潜入だなんて死神らしからぬ仕事をさせられていたものだからつい人恋しくて…えぇ、あの連中の要塞の中にとんでもない『モノ』を発見しましてね…戦況を簡単にひっくり返されるやばい『モノ』がね」
「そうか…フォーゲル、貴様はあっちの加勢に向かってくれ。伊集院英雄くん、君は俺と一緒に来てくれ。死神、道案内を」
魔王イクスは、突如出現した天空要塞グランガイザスへ、死神イクスデスを密かに潜入させていた。彼の役割は背信者の抹殺。イクスシェイドとやや役割は被っているが、死神は人知れず暗殺するのが仕事である。そんな彼だからこそ、誰にも気づかれないように潜入するなんてのもお手の物だ。そして彼は要塞最深部に何かがあると悟る。厳重な警戒を敷かれたその部分は潜入する機会を得られなかったが、王城へのラムアタックと、その後最深部を防衛していたグランガイザス(コピー)がサガと戦い外に出たおかげで侵入が容易になった。
そこは動力炉であった。あの巨大な要塞を浮かせる出力を生み出す心臓部は、なるほど、確かに最大限警戒すべき部分だとわかる。しかし解せない。なぜ、グランガイザスコピーの一体は、ラムアタック後も外に出ずここを守っていたのか。サガが侵入しなければずっとここを守っていたのか。ラムアタック語は最早動かぬこの心臓部、彼にまだ動くとしても今の戦闘には活用ができないこの部分を守っていたということは、何か理由があるに違いない。
そして、イクスデスは見つけた。それは、魔王イクスと、当代の勇者伊集院英雄の力を必要とするほどの、大敵だと彼は判断した。
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「やっぱりダメみたいね」
パーフェクトガイザスとの戦闘が開始され10分程度。勇者ジャスティスは案内人と呼ばれたジャスティスの力を再現した少女を制圧し、トッシュの戦いを見ていた。案の定、パーフェクトガイザスに劣勢を強いられ今にも倒れそうなほどに追い詰められている。
「ふむ…しかし、奴の余裕は何だ?虎の子のこのジャスティスのコピーたちを制圧されていることは奴も気付いているだろうに」
同じく、案内人を制圧したイクスシェイドはえも言われぬ不安を覚える。
「サガどのよ。我らも向かうべきだろう」
「そのようだな…万全のトッシュならまだ違っただろうが」
案内にをまだ制圧できていなかったサガだったが、援軍に駆け付けたフォーゲルの力でなんとか制圧にこぎつけた。そして劣勢のトッシュへの助力に駆け付けようとした4人たちは、その瞬間戦場に突如炸裂した雷撃に身構える。
「あれは!?」
「イクス様!」
「魔王どのが…」
「黒焦げに!」
瞬く雷光、そして遅れて響く雷鳴に包まれ、魔王イクスがその場に落ちてきた。ジャスティスはその光に見覚えがある。何度も何度も、特に強敵との戦いで目の前で炸裂した聖なる光だ。
「何事だ…まさか!」
トッシュの首を掴んでいるパーフェクトガイザスも、また同時に驚いていた。それは決して目覚めさせてはいけないパンドラボックス。それが目覚めては世が破滅しかねない破壊の体現。
「なんてことかしらね…!なんとなく予感はしてたけどね…!」
勇者ジャスティスは戦場にやってきたその姿に戦慄する。光の闘気を自在に操りながら、殺意と敵対心と怒りに染まった心。闇に落ちた聖拳の勇者ジャスティスの姿が、そこにあった。
(こいつのランゲルハンス島…いうことを聞かない!?)
パーフェクトガイザスはトッシュの体に触れることでランゲルハンス島を暴走させインスリンを過剰分泌させようと目論んだが、トッシュの抵抗により阻まれる。トッシュの闘気はからっぽにも関わらず。
(まあいい、状況は有利、このまま首を折る…絞め殺す!)
ギャミとの協力プレイで時間停止を防ぐことはできたが、鉄甲館でトッシュが体験したパーフェクトガイザス自らの時間を加速させた動きには対応できなかった。時術により通常の倍速で行動!己の不死身を生かしどんな攻撃も真向から受け止めるタフネス!そして指先一つでダウンさせるランゲルハンス島のインスリン過剰分泌力!まさにハメ技!
「不死身といっても痛くないわけではないんだぞ!貴様のせいで俺の体はボロボロだ!再生にも時間がかかるんだからな!」
不死身とは言え敵の攻撃が直撃したことによる外傷、そして加速の反動による肉体の損傷、その負担は常人ならば発狂しかねない苦痛である。だが、彼はパーフェクトガイザス。その精神の強さも常人を遥かに凌ぎ、その面の皮の厚さもまた常人を遥かに凌ぐ!
「クソが…痛いのが嫌なら死ねばいいだろうに…!」
トッシュが母から聞いた古典に、そんな話があった。不老不死の秘薬を求める偉くて悪い老人が、無理矢理主人公に作らせたその秘薬を飲んだところ、全身が溶けて死んだというお話。一度死ねば、老いることはなく、死ぬこともない、というお話だった。
「!」
直後、背後に炸裂する爆裂の音。トッシュは黒焦げになった魔王イクスの姿を目にする。背中に起きた出来事は目が後ろを向いていないから見ることはできない。なのでパーフェクトガイザスは背後へくるりと首を180度回転させ目を向ける。パーフェクトガイザスの力の一つ、関節が司るその力は、あらゆる方向へと可動域を広げることができるのだ。
「何だ…!?」
右に180度回転させて背後を見たパーフェクトガイザスはが見たのは、かつて見た光。ジャスティスから受けた18年前の聖拳の炸裂が、目前に迫っていた
「ちょ…」
ジャスティスの右の聖拳がパーフェクトガイザスの左頬に炸裂する。そのまま首は180度を超え、360度回転して、もげた。
(ばかな!なぜ動いている!ジャス…)
そこでパーフェクトガイザスの思考は途切れた。千切れて浮いた頭部に、今度は左の聖拳ビームが直撃したのだ。不死身の力を持つパーフェクトガイザス、これで死んではいないのだが、その不死性は万能ではなく、本体に自らの記憶を前もって映しておかなければならない。咄嗟の出来事でパーフェクトガイザスはそれができなかった。つまりこの場にいる首から上が無いパーフェクトガイザスは、生きてはいるが意識が無い。言わるる脳死の状態と言えるだろう。
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(ハッ!…なんということだ!本体に意識を移すことができなかったのか!いやそれ以上にアレが動いているのはもっとヤバイ!…なぜアレが動いている?いやそれよりも、まずは復活が先だ!レイズナーの胎内にコピーガイザスを作っていてセーフだった。このままレイズナーをママにして20年弱力を蓄えなければ…ん?)
コピーガイザスはそこで気付く。レイズナーの子宮の内部にいると思っていたのに、妙に冷たい今の場所を。眼球はまだできていない胎児の姿だが、己の気を張り巡らせて周囲を探る。子宮とは違う、つるりんとした無機質な部屋。そして自分を見ている何者かの気配。この気配は知っている。勇者量産計画ファーストロットのジャスティス・チルドレンたちだ。赤い衝撃、東方不敗、流星…流星!?
(なんで我がママである流星が外に!?…これは!)
「おはようグランガイザスくん。待ってましたよ」
そして見知らぬ気配。その男、マッドドクター・ギロチネス!特Aランクの執刀技術を持つ王国最強の外科医でありそしてファイター!彼の夢はパーフェクトソルジャーを作り出すこと。自らの肉体に限界を感じ、ファイターからドクターに華麗なる転職を遂げた文武両道の天才だ!
「やっと来たのねグランガイザス。あなたはそこで彼のモルモットになるの。頑張ってね」
「君の不死性をいっぱい研究してあげますね。感謝しますよ、君のおかげで私の夢がまた一歩前進します…おっと、逃げられませんよ。あなたの体にはちょっと細工をしてますので…じゃあ早速実験しましょうねぇ」