7話 叛逆!裏切りの騎士!
「うわあああああ!!魔王軍だああああああ!!」
早朝、突如沸き上がる悲鳴にトッシュは起き上がる。同時にアルとアカネも目を覚ました。
「グハハハハハ!人間よ貴様らの生活はここまでだ!」
街の上空を飛びまわるモンスターたち。その姿はトッシュもよく知っている。数多の魔獣を従える魔王軍の主力、獣王の軍団だ。街の周囲を取り囲む大型魔獣たち、街に侵入し暴れまわるオークやゴブリン、そして翼をたたみ町の中央広場に降り立つ軍団長クロホーンとその配下魔族。
(なぜだ?魔王様は俺の方針に沿って侵攻するはず…こんな急激な攻撃はプランにない…。確かめる必要があるか?)
トッシュはすぐさまクロホーンの元へ向かおうとする。それにアルが反応した。
「トッシュ、どこへ行く?…戻るのか?」
「違う…魔王軍がこんな攻撃するはずじゃないんだ。確かめてくる。お前はアカネを見てろ、ここにもすぐ来るぞ」
アルは魔王軍のことを知らない。トッシュの話では魔王軍を指揮する者を殺しにやってきたということだが、その記憶が無いのだ。ただ、ミサキやアカネ、村長、支え合う避難民たちと彼らを守る敗残兵たち。その姿を見て魔王軍が敵であることを認識した。トッシュは悪い奴ではないという気持ちはあるが、それでも魔王軍に戻るとなれば捨て置けない。
(どうする…アイツが魔王軍に戻るなら殺しておくべきだったのか…でも…)
できなかった。まだ数日の付き合いであるが、やけに自分を気遣ってくれているのがわかっていたから。まるで兄のようなトッシュの姿に懐かしさを覚えていたから。
アカネと共に宿から避難しようとアルは出発する。いずれにせよアカネを放置することはできない。まずはアカネの安全が最優先だ。
「アルくん…」
「行こう。まずは安全なところに行かないと…」
「迷っているようだね」
「!?」
アルとアカネに話しかけてきたのは初老の男性だった。彼はアルの様子を一目見ておせっかいをしたくなったのだ。
「君たちが何に迷っているのかはわからんが…どちらにしても後悔するならやらずに後悔よりもやって後悔してほうがいい。やらなければ後を引くだけだ。やったからこそ、前に進めるんじゃよ」
「…」
「アルくん、行きましょう!」
「!?」
「アタシは大丈夫だから、と言っても置いて行けるような子じゃないでしょ君は。だから一緒にトシくんのとこへ行きましょう!」
「あぁ…そうだな、一緒に行こう。アカネさんは俺と一緒にいるのが一番安全だ」
トッシュが何をしようとしているのか、本当に止めようとしているのか、魔王軍に戻るのか。あの短気そうな魔獣がトッシュの制止で逆上してしまったらトッシュは殺されるかもしれないし、戻るならそれこそ別れになってしまう。トッシュとの出会いに意味があるはずだ、だからここで終わりにはしたくない。してはいけない。
「アカネさん、下を噛まないように気を付けて」
「う、うん」
アルはアカネを抱き、走った。初老の男性はその背中を笑顔で見送る。良いことをしたと、うれしい気持ちで胸いっぱいの彼の目に、モンスターが舞い降りた。
「行け少年。きっとそれはいい未来になるはずだ」
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「なんのつもりだクロホーン!」
「む!貴様はトッシュ!生きていたのか!」
姿を消したと聞いていたが死体が見つかったわけではない。もしかしたらそんな可能性もあるかもしれないと思っていたが、進撃を始めてすぐに見つかるとは思っておらずクロホーンは驚きを隠せない。
「それよりも!魔王様は俺の立案で侵攻するはず!こんな急な侵攻では被害が出るぞ!」
「被害!?それはどっちの被害だ!?そもそもこの進撃は魔王様の指示!貴様如きにどうこう言う資格は無いわ!」
「魔王様が…ばかな!そんなはずは…!」
「そして貴様生きて居ながら戻ってこないとはやはり人間だな!この裏切り者めが!」
「んな…!」
反論する間も与えずクロホーンのファイアーブレスがトッシュに襲い掛かる!喋りながら炎の息を吐ける器用さは相変わらずのようだ。
「違う違う違うって!!」
「黙れ!何が違うのだ人間の分際で我らを騙しおって!」
自ら吐いた炎を突き抜けてクロホーンが斧を振りかぶり迫る!このままでは頭をカチ割られてしまうのは間違い!しかしここで返り討ちにしてはマジで裏切り者になってしまう!
「やめろ!」
ガ・ギーン!とクロホーンの斧を食い止めたのはなんとアルだった!どこからか持ってきた剣でクロホーンの斧を受け止めたのだ。重量腕力を考慮するとこの拾い物の剣が折れずにいるのは不思議だったが、アルは達人的な剣の使い手。斧の勢いが完全に乗る前に剣で止めたのだ!そして少し遅れてアカネがトッシュに体当たりでその場から弾き逃がす!
「は!?なんでお前ら!?」
アカネの足はまだ歩けないはずである。切断された太腿の断面の皮膚はまだ薄く、動く義足があってもその断面部分には全体重がかかるのだ。激痛が走るのは間違いない。それなのに、アカネは走った。トッシュを守るために。
「トシくん!大丈夫!?」
「あ、あぁ…ってかバカ!そんな足で走ったら!ていうか待てクロホーン!俺は…!」
しまった、ここにはアルがいる。アルを懐柔させて魔王軍へ鞍替えさせようとする策略をアルの目の前で説明したらおじゃんになってしまうかもしれない。しかしこのままでは俺が人類に鞍替えしたことにされてしまう。いっそアルは切り捨てるか?しかしアルと敵対して勝てる保障はない。
「俺は…なんだ?」
「わからんか、魔獣。トッシュはもはや魔王軍ではない」
(そうそう俺は魔王軍を抜けて人間たちの仲間に…ん?)
一瞬理解できなかったアルの言葉を頭の中で続けた。そしてすぐに気付いた。自分が言おうとしたことと真逆の内容に
(…はああああああああああ!!!?)
言葉を紡げないトッシュに変わりアルがクロホーンへ説明した、トッシュも初耳の事実。それはトッシュの裏切りだった。完全に取返しがつかないことになってしまった。いや、この際仕方ない。すぐにクロホーンを始末して…。
「やはりか!ホークマン!すぐに伝令だ!トッシュの叛逆だ!所詮こやつは裏切りの騎士にすぎぬと!」
「キー!」
魔王軍にこの事実を伝えるべくすぐさま伝令が飛ばされた。
「ちょっと待ってええええええ!!」
盛り上がるクロホーンとアルの間でトッシュは項垂れることしかできなかった。
「グフフ。ギャミ、貴様の言う通りだったな!」
「でげしょー!俺はこいつをずっと見てきたんですよ!いつか裏切るって思ってましたよ!」
「ギャミ!てめぇの仕業か!」
青い肌の魔族ギャミ。トッシュが率いた不死の軍団の副団長。トッシュの片腕。その魔族もまたこのローシャ市に来ていた。
「トッシュ!貴様の裏切り見抜けぬ俺だと思ったか!スクラムクレイモアを持たない貴様など俺の敵ではない。せめてもの情け、俺が殺してくれるわ!」
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「イ、イクスシェイド様!」
トッシュと謎の少年が姿を消し、不死の軍団はラムザ砦で動きを止めていた。しばらくして魔王軍は急遽侵攻を開始したとの伝令を受けたギャミであったが、不死の軍団は変わらず待機命令のままだった。それはトップを失った不死の軍団再編成のためである。そしてギャミの元へやってきたイクスシェイドは、魔王イクスからの命令をギャミに伝えた。
「お、俺が…不死の軍団長!?」
「代理だ…貴様はトッシュが戻るまで不死の軍団の指揮をとれ。それとトッシュの所在を知ったら私に伝えるのだ…」
イクスシェイドはいつの間にか姿を消していた。相変わらず不気味な男(?)だが、ギャミにとってそれはもはやどうでもいい。不死の軍団長。一時的なものとは言え軍団長へと出世したのだ。となると、ギャミが次にやることは一つしかない。
「トッシュ…貴様は裏切り者だ!魔王軍には戻さん!不死の軍団長はこのギャミだ!魔神騎士ギャミ様だー!」
ギャミはトッシュを殺すべくいっぱい考えた。どうすれば自らの地位を盤石の物にできるかを。ただトッシュを見つけるだけでは殺しに行っても返り討ちに合うだろう。かと言って放置してしまっては戻ってくるかもしれない。いずれにせよまずはトッシュを誰よりも早く見つけることが先決。そのために捜索手段を考えていると、またも軍団長が現れた。魔神司教パルパレオスだ。
「フェフェフェ、迷っておるようじゃのギャミ」
「あ、あんたはパルパレオス様…!」
「フェフェフェ。よくわかっておるのう。そうじゃパルパレオス様じゃ。貴様とは地位が違うのじゃ」
「…」
ギリ…!とギャミは歯を噛みしめる。本当に軍団長になればへりくだる必要などないにと。
「貴様の考えていることはわかるぞ…どうじゃ、ワシに名案があるんじゃがのう」
「名案…?」
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「こんなにあっさり見つかるなんて…」
「フェフェフェ。伊達に魔術を嗜んでおらなんだ。あの砦の天井をぶち抜くほどの爆発じゃ、その残滓を追えばどこに行ったかなぞ一発じゃよ」
天空を斬り裂くほどの大爆発、その魔力を放出した謎の少年は、飛ばされた後も微量の魔力が垂れ流されていたのだ。それを追い少年を見つけたパルパレオス。おそらくトッシュは共に飛ばされ、そしてこの少年を追っているのだろうと推察し、その読みは見事的中。ついにトッシュを発見した。しかしここでトッシュを殺すことはできない。今のギャミには手下がいない。不死の軍団は再編中なのだ。そしてパルパレオスもまた、待機命令中で軍を動かせず単独での行動である。そこで出番となるのがクロホーンだ。この王国南部を攻撃する指令が下った獣王の軍団の軍団長。彼に入れ知恵をすることでトッシュを確実に葬る。トッシュたちを監視し、次なる目的地がローシャ市だと判明。すかさずパルパレオスとギャミはトッシュの裏切りをクロホーンへ報告した。イクスシェイドには報告をしない。ギャミやイクスシェイドよりクロホーンの報告の方が信用してもらえるからだ。が、クロホーンは報告をしなかった。
「トッシュが裏切った?…しかしこの目で見てもおらずに信じることはできんな」
「フェフェフェ。ならば確かめて来ると良い。奴は人間と行動を共にしている。次の目的地はここじゃ」
「クロホーン様!私もお供します!上官とは言え裏切り者にかける情けはありません!必殺の覚悟で叩き潰します!」
「…ふむ。よかろう、出陣だ!」
そしてクロホーン率いる百獣の軍団の進撃が始まった。
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「フェフェフェ。これで安心してはならんぞギャミよ。ダメ押しの一手じゃ」
「え?」
「トッシュと行動を共にする少年。奴はトッシュが魔王軍に戻るのを良しとしておらんようでの、つまりギャミ、貴様と利害が一致しておるのじゃ」
「つまり協力しろと?どうやって?」
「フェフェフェ。奴にトッシュは仲間だと言わせればいいんじゃよ。つまりな…」
ギャミの策に乗り、トッシュの監視を継続するギャミ。パルパレオスの魔術で人間でいう初老の男性に化けた彼はトッシュたちが泊まる宿に部屋を借りる。案の定、クロホーンの行動でトッシュは一人抜け出した。クロホーンには裏切っていると吹きこんでいるが、クロホーンがトッシュを受け入れてしまうかもしれない。ダメ押しの一手。人間の信頼を利用する!しばらく監視してわかった。トッシュとアルはやけに仲良しだ。つまりこの策は有効ということは間違いない。
「ククク…あのガキどもめ、まんまとトッシュの方へ走ったわ」
目の前に降り立ったモンスターの背に乗り、初老の男性は正体を現す。魔神騎士ギャミ(仮)の姿がそこにあった。