50話 追懐、思い出の日々③
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~ギロチネス診療所~
「んで、これにグランガイザスが来るわけ?えっぐいこと考えるねぇオフィーリアのおばさんも」
王国最強の特級名医、マッドドクター・ギロチネスが診療所に集まるのは勇者ジャスティスの血を受け継ぐ3人の姉弟たち。流星、ゼファー、アル、そして付き添いのアカネとフィリップ伯爵である。アカネと伯爵は一緒にいない方がいいと言ったのだが、こういう場合大抵離れてるとロクなことにならないので、彼らも一緒に診療所に揃っている。信頼する者の傍が、世界一安全な場所。大事な人とは離れてはいけないのは常識だ。
「そうなんだってさ。自分の娘みたいに育ててきた私をグランガイザスに犯させるなんて信じられないわ」
自分を引き取ったオフィーリアのことを流星は冷たい人だとは思っていた。甘やかすようなことはなく、いずれ来る使命の為に習い事という名の教育と鍛錬を課される日々。彼女は母というよりは祖母というくらいに歳は離れていた。オフィーリアには子供はいなかった。きっと子供への接し方がわからないのだろうと、子供心に思っていた。不器用な人なんだろうな、と。
それでも、接する人がいなかった流星にとって、オフィーリアが全てだった。彼女のために頑張るんだ、と。だから、流星は今のこの結果も受け入れる努力をしている。
「お前が女だったってことも信じられないけどな」
ゼファーと流星が軽口を言い合う姿に、アルは懐かしさを思い出すことも特にはない。記憶が無いので何ともである。
「でも、本当にするの…」
アカネは流星がやろうとしていることに納得はしていない。同じ望まない妊娠をしている身であるが、子に対する姿勢が真逆。アカネは母になろうとし、流星は母になることを拒絶している。いや、もうすでに拒絶したあとである。
流星の胎内で育つはずだった、グランガイザスに宿された胎児。時術により通常の数倍の速さで成長しているそれは、流星は空術で外に捨てようとしたが幾重にも張られた多重魔術結界により守られており、空術はおろか、外科的に中絶することもできない。胎児にとって、流星の胎は比喩的な意味ではなく、本当に絶対安全空間であった。絶望に打ちひしがれていた流星に、オフィーリアは一通の手紙を差し出した。
「ここを訪ねなさい。王国最強の医者、マッドドクター・ギロチネスへの紹介状よ。あの名医ならそんなもの関係なく取り出してくれるわ。ただし、中絶ではなく帝王切開よ。その胎児にはグランガイザスが宿る。その後に始末しなければならないわ」
マッドドクター・ギロチネスは技術的にも魔術的にも並ぶ者がいない正に最強の名医。流星の胎内の魔術結界もなんのその、簡単に取り出してしまった。まな板の上の大根を切るくらいには大変だった、とは本人の弁である。
「私の目標は最強の兵士パーフェクトソルジャーを作り出すこと。グランガイザスが宿った胎児とは絶好の素材ですよ。始末は私に任せてもらうこと、それが協力の条件です」
ネジの外れたマッドドクターの実験材料にされるのは、ある意味では死よりも辛いかもしれない。その条件は、流星にとっても願ってもないものであった。
「逃げられる可能性も否定できない。奴が宿る前に、首から下を完全にマヒさせておきましょう」
流星が抱く復讐の心が、グランガイザスを苦しめるべくいろいろと提案を生み出す。かくして、グランガイザスの精巣の聖石を持つ胎児は、マッドドクター・ギロチネスの研究室の一角、大きな水槽の中でその時を待つのであった。
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「奴は自らの手下の委員会をグランガイザス化させて決戦に臨んだ。あなたたちが別行動してたから、私はデストロイ辺境伯をこっちに呼んたってわけ。ま、ジャスティスに魔王イクス、そして新しい勇者もいるし確実にグランガイザスどもは全滅するわ。最後に奴が逃げるのは…流星の胎内にいる胎児の中よ」
角の生えた動物の頭骨ヘルメットと悪趣味な装飾が目立つ真っ黒なローブを外したガンゾウは、さきほどまでのフィリアとはまた違う顔、60歳前後の老j…女の子の姿であった。
「そう、女の子はいくつになっても女の子さ。年齢なんて関係ないの。さて、天は思ったより便利そうだ。ギロチネス診療所へ飛んで手伝うとしましょう」
「えぇ~?もしかしたらグランガイザスが暴れるかもしれないから?めんどくさい…」
闘気もすっからかんで、さらに魔剣ブラックソード・ゼロを作るのに神経も使ってトッシュはすぐにも寝たいのに、まだ酷使するのかよ…と項垂れる。アーウィンもマユ姐さんもグランガイザスにボコられ、サンもガンゾウにボディーブローで吐しゃ物をぶちまけて、ビィも特に薬品持ってなくて、正直足を引っ張るかもしれない。ガンゾウの癌細胞を投げればそれで終わりじゃん…って思ったが、そう上手くは事が運ばない。
「膵臓の聖石は筋肉の聖石諸共癌で死んだからもう使えないわ。まあ一番強い筋肉の聖石を滅ぼせたのだからヨシとしなさい。ギロチネス診療所も流星の空間ジャミングが働いてるから空術による転移はできないけど、八卦の天ならできる。そうよね?アーウィン」
ガンゾウことオフィーリアがフィリアと身と顔を偽ってアーウィンに接触したのは、この天の技を手に入れるため。そして自分の娘のように育てた流星をグランガイザスの手籠めにされるのを許したのも、グランガイザスを追い詰めるため。目的のためには手段を択ばない、このしたたかこそ王国の政界で生き延びてきた秘訣だ。
「あぁ…今太極の章を流し読みしたから、開け方はわかった。ただ気で術を再現するのは効率が非常に悪い。マユ、サン、フィリア、お前たちの八卦の力も借りなければ門は作れない」
「フィリアじゃなくてガンゾウなんだけどね…私もってことは、私が八卦・月の使い手だからからかな?」
「そういうことだ。トッシュが魔剣ブラックソード・ゼロを一人で作れなかったのと同じだと思ってくれ。時間さえあればいいんだが、そうはいかんだろう」
「じゃあ行くのはトッシュと蜂王の二人ね…何よ」
ヘルメットの有無でキャラが変わるガンゾウが跳ぶメンツを選ぶが、その選択をビィが制止する。
「僕は無理ですよ。薬もないし、なによりサンちゃんから離れられません」
「あーはいはい、じゃあトッシュ。一人で行ってきて。グランガイザスを斃してきなさい」
「…へーい。まぁこの剣使えば勝てるだろうし、行ってくるよ」
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「ずびばぜんでしたぁ!!!」
保身を考えたランが熟考の末に選んだ手段…謝罪!素直に謝れば罰は来るかもしれないがきっと許してくれるに違いない。ワシントンが桜の枝をワイが折ったと素直に謝ったエピソードのように、ランも誠心誠意心を込めて謝る!
「ふう。ランよ、頭を上げろ。とりあえずイクスシェイドの次元牢で反省をしてもらう。ほら、いい加減泣くのをやめて立て」
魔王イクスは、手を差し伸べる。それはランを見捨てないという姿勢をランに見せるため。イクスはグランガイザスとは違う。過ちを犯した者も、許さないわけではないが、見捨てることはしない。自身も持たざる者であるが故の優しさがから差し出されたその手は、悪手だった。
イクスが差し伸べた手を握りしめ、立ち上がったラン。その目が異変を見せた。瞬間、ランの反対側の腕が、イクスの胴体を貫いていた。超人の領域に立つイクスですら反応できない超神速の突き。その速度による空気の壁にランの腕は耐えきれず崩壊し、肉をずり剥きながら、骨でグランガイザスを突き刺す。
「な…なんで…?俺はこんなこと…」
その状況に驚きを隠せないのは、当事者であるランも同じであった。そしてランの脳内に響く声。
「ブヘヘ、よくやったラン。もう貴様は用済みよ!」