50話 追懐、思い出の日々②
~18年前~
「これは…魔王の死体…?」
勇者ジャスティスの拳により魔王グランガイザスが討滅されて数日が経過したその日、その夜、四国大陸北部に位置する極寒の国、雪と氷に常に覆われた火の国ヴァイスランドのはずれに位置する秘境、人も獣も緑も存在しないデスバレーの最奥で、男は『出会った』。
(然り…余は魔王グランガイザスなり)
「こいつ…!脳内に直接…!」
(力を望む者、命と引き換えに望む力を与えよう…我が聖なる石を受け取れ…)
魔王の死体の頭部から射出されたその物体が、男の脳へと深く突き刺さる。
「まだ…返事してない…」
返事はいらなかった。魔王グランガイザスが持つ特殊能力の一つ、読心。この破廉恥な力の前には、如何なる虚飾も通らない。男は、力を欲していた。
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王国首都トーマス市で繰り広げられる激戦。ニンジャ軍団新団長カークスは配下のニンジャたちと共にグランガイザスの手先の魔獣たちから市民を守護るために闘っていた。戦況は優勢。魔獣の数は着実に減っている。それだけではない。
「ぐわあああああああああああああ」
「うわあああああああああああああ」
「やめてくれええええええええええ」
魔王城跡地に響く数多の断末魔。ニンジャカークスは耳がとても良いので、常人にはなかなか届かない距離で発せられるその声を聞き逃さない。カークスはその声色に聞き覚えが無い。ということは侵略者の声なのだろう。
「くらえグランガイザス!死神のカマ!」
魔神指令サガの丸太の様な二の腕が横方向へ突き出して相手の喉へ叩きつけられる。腕の形がまるで鎌の様に見えることから、いつしか死神のカマと呼ばれるようになったサガの必殺技だ。その筋肉の刃はグランガイザスの首をブチっと切断する、この威力!
「ふう!残りは!?」
既に魔王城へとやってきたグランガイザスの残数は1!勇者ジャスティスが、新たな勇者伊集院英雄が、魔神参謀イクスシェイドが、魔竜将軍フォーゲルが、ばったばったとグランガイザスを滅ぼした!
「残りは本体のお前だけ。イクスさん、手伝おうかしら?あなたには…いえ、この世界の人たちには相性が悪いわ、ソイツ」
あとは脳の聖石を持つグランガイザスを残すのみだ。しかしこいつが実にやっかいである。思考を読む破廉恥な力の前にはいかなる戦術も策略もお見通しなのだ。
「いや…いい…。俺は当代の魔王として、この恥知らずを斃さねばならん…」
「ブヘヘ!馬鹿め!ならばせめてテメェを道ずれにしてやるまでよ!ガイザスセンチネル!」
ガイザスセンチネル!自身の読心術を最大限に発動し、相手の思考を完全に読み切る究極のカウンターの構え!
(イクスの手は…あびせ蹴り!ならばその足を掴んでぶん投げてやる!)
身構えるグランガイザス、彼は気が付いたら自身の顎にゴキゴキと、イクスの拳がめり込んでいることに気付いた。そのまま勢いよく振り抜かれた拳に、グランガイザスの下顎は完全に破壊された!グランガイザスが再生能力を持っていなかったらこれから餌を食べることができなくなるなんという非情の拳か!
(ぐへぇ!馬鹿な!奴はこんなの考えていなかった!次は…寝転がっている俺の頭を踏みつけるつもりか!させるものか!)
踏まれまいと頭をガードするグランガイザスの両足をイクスは掴み、そのまま回転!
(だからなんで違うのさ!?)
そのまま回転を水平から徐々に斜めに向けて、地面に叩きつける!グシャア!とグランガイザスの顔が地面に激突!地面には尖った瓦礫がいっぱいで、グランガイザスの顔を破壊し、頭骨を破壊し、そして脳を破壊した。
「ふう、勝った」
「えっとイクスさん…?こいつ心を読むのだけど、どう対応したのかしら…?」
先ほどまでの苦戦とは一転、急にグランガイザスを圧倒するイクスの強さにジャスティスもびっくりだ。
「さすがはイクス様、真の魔王」
魔神指令サガが、真の魔王イクスを称える。
「うむ。我ら竜の一族が従うに相応しき強き者」
魔竜将軍フォーゲルが、改めてその強さに感嘆する。
「イクス様に勝てる者などおりますまい」
魔神参謀イクスシェイドは、イクスの強さを存分に知っている。その勝利を疑いはしない。
「ジャスティス、簡単なことだ。嘘をついただけだ、心でな」
「そんなこと…できるわけ…」
そんなこと、できるのか?いや、実際やってみせたのだからできるということなのだろうか。
(心でも嘘をつく…か…)
ジャスティスに過る一抹の不安。イクスは、魔王軍に、自分に、トッシュに、もしかしたら嘘をついているのかもしれない、と。
「…知り合いがサガしかいないから疎外感がすごい…」
一人馴染めないでいる伊集院英雄は、気まずさを誤魔化すように周囲をきょろきょろと見渡す。英雄の視界に二人、さきほどの乱戦に参加していなかった人物を確認した。意識を失っている青い肌の男が一人。ひどいケガをしているが、なんとか生きている。魔族ってのは生命力がすごい。そしてもう一人。信じられないといった表情の少年がいた。少年が今考えていること、それは。
(グランガイザスが負けた…どうしよう…俺、裏切ってるよ…)
彼の手は汚れている。その手の赤は、同僚トリプルリッター筆頭ピクシーの血。彼は、命を奪っている。ギャミが死んでいるなら誤魔化しようもあるだろうが、どうやらそれは望めない。周りに魔王軍の重鎮が揃っている今、ギャミに止めを刺すこともできない。少年は保身を考える。どうすれば粛清されないのか。
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「聖石って、委員会メンバーの証の、あの?」
「そう。グランガイザスの手下の証は、実は依代の証というわけだ」
「じゃあ委員会の連中の分だけ残機があるということか…」
「だがこのガンゾウ、奴を葬る手を考えている。お前たちにも手伝ってもらうぞ」
と、大詰めみたいな話をしているビィとフィリアことガンゾウに、トッシュも混ざりたいが今はそれどころじゃない。マスター・不知火の体内に存在する膨大な霊気が暴発するのをいかに防ぐかで精いっぱい。というより霊気がトッシュの全身の筋肉に干渉して気の操作どころか、呼吸するだけでいっぱいいっぱい。手伝っての一言さえ紡ぐことができないでいる。
「ほらトッシュ、手伝うからしっかりしな」
そんなトッシュの背中に覆いかぶさるように、マユが両腕でトッシュを背中から抱きしめる。背中に伝わるやーらかい感触に、トッシュの集中力が乱れる。
「ちょっと集中するさね。アタシがアンタの身体を電流操作で硬直を解いとくから、アンタはこの霊気をしっかりコントロールしな」
コクコクと頷き、トッシュは目の前の膨大な気に集中する。この霊気を霧散させるのが一番安全策ではあるが、せっかくここまで圧縮されたこの膨大な気をなくすのは勿体ない。かといってトッシュ自身の体内に貯蔵するにはあまりにも多すぎる。それができるから天ということだろう、しかし天が使えないトッシュ、方法は一つしかない。
闘気の物質化。自身の闘気で作り出す聖剣のように、この霊気を物質化する。自分の闘気が混じっているおかげでそれをガイドにうまくできるかもしれない。ただ、霊気に浸かっているのは拳部分だけ。聖拳の要領で腕全体を覆うにも、拳部分しか物質化のイメージがしづらい状況である。
(なら、剣か。自分の手から霊気の奔流の中に伸びていく刀身をイメージして…)
圧縮、圧縮、圧縮。まるで10階建てのビルでもできそうな膨大な霊気を少しずつ少しずつ小さく押しつぶし、剣のイメージを作り上げる。デザインまで気を回す余裕がないため、ごくシンプルな柄と刃だけの剣を。
「できたー!」
そしてその剣を、マスター・不知火の胸部から引き抜く。まるで光を呑み込むベンタブラックなその黒さ。
「ほう、まるで魔剣ブラックソード・ゼロのようだ」
トッシュが霊気を操作するのを見守っていたガンゾウは、その出来上がりを褒める。魔剣ブラックソード・ゼロ。その剣を超える剣は無し、故にゼロ。矛盾という言葉のモチーフにもなった、最強の魔剣。
「さて、ではグランガイザスを滅ぼす作戦を説明する。アーウィン、サン、お前たちも話を聞いてもらおうか」
自分が数年間騙していたアーウィンと、自分がボディーブローを打ち込んで黙らせたサンも集めて、ガンゾウ作戦の説明を始めた。