50話 追懐、思い出の日々①
「お前が勇者の子供の天才児か!頭良いんだってなお前!俺より良いのか!?良いんだろうなぁ!すげぇなぁ!」
デストロイ辺境伯家の長男である彼は、その身分から徹底的な勉学を強いられてきたが、いつも勉強をほっぽって町に繰り出す所謂ドラ息子であった。当然、頭は良くなかった。しかし、身分を隠し町の不良を束ねるその姿は、ある意味では指導者としての片鱗を見せていたといえるかもしれない。不良を纏めてはいたが、彼自身の面倒見の良い人柄は衆目の一致するところであり、町民からも気さくに挨拶をされ、悩みごとの相談をされるなど人望も厚かった。その人懐っこさは初めて会う蜂王にも向けられる。まだ子供でありながら兵器として育てられた蜂王にはそれが新鮮であった。
「俺は頭がわりぃからよ。でもお前が王様になってくれたら国はよくなるってのはわかるぜ」
彼はいずれデストロイ辺境伯の地位を継ぐ者。しかし彼自身はその地位に興味は無く、自慢の肉体を使って自由気ままに生きる風のような生活に憧れていた。王国の西に位置する草原の国セラスの無宿人、嵐の三兄弟のように。三男・烈風のサウザー、次兄・疾風のシュウザー、そして長兄・強風のレイノス。彼らは町から町へ、まるで風に流される雲の様にふらふら歩きまわっては、その地の混乱を解決し、そして姿を消すという。彼は、そんな生き様の嵐の三兄弟を理想の俺だと重ねては、空想の世界で同じような旅を繰り広げていた。
「けど無理なんだよな…まぁ俺はバカだからよ、神輿にちょうどいいさ。だからお前が、その頭の良さで王国を良くしてくれや」
そして彼は、デストロイ辺境伯として跡を継ぎ、有力貴族として委員会に参入した。王国を良くするために、と。蜂王ことビィが偉くなれるように支えるために、と。
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「オフィーリア!いやガンゾウ!貴様がなぜまだ『そこ』にいるかはわからんが!とにかくその本を寄越せ!」
グランガイザスの空術が展開する。次元の穴を介し、ガンゾウの手元の本を奪うためだ。しかし空術は不発。その場の空をかすめるだけであった。
「空間ジャミング!?ガンゾウ!余に逆らうか!?」
「えぇグランガイザス。逆らいましてよ」
「貴様の力を与えたのは誰だと思っている…!ならば貴様の聖石を…膵臓の聖石を返してもらうぞ!」
今度は空術ではない。グランガイザスから働く謎の力がガンゾウの懐にある物質をひっぱり出す。ガチャンと小さなビンのようなものが割れる音がしたと同時に、グランガイザスの手元に膵臓の聖石が飛んできた。
「な!」
それからはあっという間であった。グランガイザスの手元に飛んできたのは黒い、グズグズの肉片。粘着質の膿を至る箇所にある蠢く穴から垂れ流す気味の悪いそれは、グランガイザスの手元から腕へ、そして全身へ、内蔵へと寝食を進めていく。
「うわあああああ!なんだこれはあああああああ!」
「それは癌細胞。貴様の膵臓の聖石は癌化していたのだ。そして貴様の肉体にひとたび転移すれば、その尋常ならざる再生力が転じて一気に全身が癌に犯される…さよならだグランガイザス」
ずくずくに全身が膨らんだグランガイザスの肉体は、その生命活動を停止するとともに一気に崩れ出す。崩れた肉片の中には、ビィがよく知る男の身体が転がっていた。
「デストロイ辺境伯…」
知った顔の、命無き肉体。ビィの心中に生まれる感情は怒りか悲しみか。
「こうするしかなかったのか…?」
ビィの問いかけに、ガンゾウが答える。
「デストロイ辺境伯は肉体を奪われる前に、グランガイザスに反抗しその記憶人格知識を抹消されたいた…。すでに死んでいたも同然だ」
「そう言われてはいそうですかって、簡単に納得できることじゃあないよ…」
「他に方法はあるかもしれんが、今この場にいる私たちにはこうすることしかできなかったさ」
言葉に詰まるビィに、ガンゾウは続けて語りかける。
「委員会の連中がグランガイザスから頒布された聖石とは…グランガイザスの死体から取り出された臓腑だ。そして聖石は全てグランガイザスの人格を孕んでいる。聖石を持つ者は皆、グランガイザスになってしまうのだよ」




