49話 崩壊、八卦衆②
ビィが乱入する直前、アーウィンは自身の耳にも届いていたグランガイザスの声を聞いてあることを考えていた。その言葉は一つの疑惑を生む。秘密にしていたことが筒抜けだったという疑惑。そして、なぜそうなっていたのか、その理由をアーウィンは考える。
(奴は『天』を欲していると言っていた…『天』が何なのか知っていたのか?いや、それよりも不知火が隠していると予想していた三冊目…それを奪取する作戦を練っていたが、それが奴に流出していた?だから横取りに来た?今殺し合ってるトッシュたちが内通者だとは思えないし、盗聴魔術の類は魔術阻害魔術探知で存在しないことは確認している。じゃあ誰が?って言うと…)
アーウィンは振り向かずに、背後にいるその者に声をかける。
「お前しかいないよな…」
約2年ほど地風派アーウィンの秘書役として頑張ってきた、フィリアに。彼女はいつの間にか、乱戦でグランガイザスの手元から消えていた三冊の書、太陽の章・太陰の章・太極の章を持っていた。
「アーウィン…あなた不知火に何を耳打ちしたのですか?」
「それは教えられないな。まさかお前がグルだったとはな」
「口を割るなら今の内ですよアーウィン。今の貴方に闘う力は残されて…!?」
アーウィンの首を掴もうと伸ばしたその手に、一瞬ビリっと電気が走る。それは八卦・雷の技、相手の身体に流れる闘気を電流に変換し、一瞬スタンさせる奥義である。相手の闘気にわずかに干渉するだけで奥義なのだから、天の相手の闘気を支配する技がどれだけ強いかわかろうものだ。その奥義を放ったのは、今しがた乱入したビィと同時にやって来た雷の聖女、サンである。
「アーウィンさんには黙ってましたけど、ボクは貴方は怪しいと思ってました!」
本当にそう思っていたわけではないが、ビィからそう言われていたのだ。フィリアが怪しい動きを見せたらそう言え、と。そしてどうやらそのビィの予想は的中したようである。
「…困った子ね、邪魔をして」
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「うおおおおお!こいつダメージを負うごとにどんどん強くなっていくんですけど!」
「そうなんだよだからちまちましたダメージじゃダメなんだよ!ビィお前なんか毒持ってねェの!?即死するやつ!」
「そんな簡単に言わないでくれませんかねぇ!そんなもん持ち歩いてたら危ないでしょうが!ポケットの中で割れて自分が即死したら本末転倒でしょうが!」
それも事実ではある。特にサンと行動を共にするようになってからはそういった毒物を持ち歩くのをビィは辞めている。サンは何と言うかこう、どんくさいのだ。きっとロクなことにはならないから、と。だがそれ以前に、毒を精製するには整った環境が必要である。旅をしながら作れるものじゃない。今回のアルコールは酒からわりと簡単に取り出せたからできただけである。
「くっそ、こちとらエネルギー切れだってのに!首でも絞めて窒息させようにもこう暴れまわってたら…!」
「トッシュ!エネルギーならあるでしょう!」
「どこに!?…まさか…」
ビィが言った通り、『それ』には確かに膨大な霊気が蓄えられた。トッシュは霊気には自分の闘気を混入させなければロクに操れないが、幸い『それ』にはトッシュが聖拳でばらまいた闘気も内包してる。『それ』を使えば超火力が出せるに違いないが…。
「ええいやるしかないか!時間稼ぎ頼んだ!」
「頼まれました!早めにおなしゃすですよ!」
トッシュは自身の闘気、この大地大気の霊気、異世界の霊気、異次元の霊気、ありとあらゆる世界の霊気を貯蔵している『それ』に向かう。厳密には一部闘気へと変換されているが、『それ』は最早自らの意思は無く、故に自然の霊気と何ら変わりはない。トッシュの闘気も混ざりこんでいるため操作は可能!
トッシュはその霊気を内包した、天に目覚め膨大な霊気を徴収していたマスター・不知火の、グランガイザスに貫かれた胸部に手を突っ込む!
「うげぇ…感染症が怖い…!」
鉄の様なむせかえるような不快な血の臭いに耐えながら、まだ暖かい肉の感触に吐き気を覚えながら、心肺の損傷部分からトッシュは霊気を徴収する。今まで触れたことの無いその膨大な密度の霊気に、トッシュは残念ながらすぐに理解した。理解してしまった。
「あ…これ無理だ…」
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「クッソ!こいつの戦い方!僕は知っているぞ!嫌な予感は的中しちゃうんだよなぁ!」
「嫌な予感か!余に潰され煎餅になる予感でもするのか!ならさっさと潰れるが良いわ!」
グランガイザスの右拳、ガイザスストレートを掻い潜り、喉に毒剣ヴェスピナエを打ち込もうとするビィ。しかしグランガイザスの顎、ガイザスバイトがその刃を噛み取る!
「チッ!やっぱこの闘い方は…!」
「そう、お前のよく知る男だよ、そのグランガイザスは」
ビィとグランガイザスの戦闘にアーウィンの秘書フィリアまで乱入してきた。ビィはフィリアの後方でうずくまるサンの姿を視認する。
「サン!」
「心配するな。死んではいない。それよりもそのグランガイザスの正体、もうわかっているのだろう?」
ビィに語り掛けるフィリアに、グランガイザスの刺さるような視線が向けられる。実際その目には殺意を孕んでいた。可能なら視線ではなく包丁を差し込むぞという明確な殺意が。
「オフィーリア…なぜ貴様はまだそこにいるのだ…!」
「オフィーリア?…フィリア、お前は一体!?」
グランガイザスの呼ぶオフィーリアという名、そしてアーウィンが呼ぶフィリアという名。その二つの名を、彼女は否定する。
「オフィーリアでもフィリアでもないさ。グランガイザス、何度も言っただろう私の名を。私は新しい生物、そう」
彼女の姿を影が包み、そして形を変えていく。まるで動物の頭骨のような仮面、いやそれは動物の頭骨そのものなのだろう。長い角を二本生やしているその骨を被った頭、全身をいたるところに骨の衣装が飾る黒いローブで多い、真名を彼女は名乗る。
「私の名はガンゾウ、そう呼べと」