49話 崩壊、八卦衆①
そうか…これが『天』の本当のあるべき真実の正しき歪みなき姿なのか!!!なんということだ、天とは支配する力!この天に浮かぶ月!天から下る雷!天から降り注ぐ水!天へと昇る炎!天に吹き荒れる風!天が見下ろす地!天へと届かぬ山!そして天が支配するのはそれだけにあらず、今我が目前にいる敵の力をも己がものとするものだ!…と、そう思っていた!!!
しかし違った!真に天が支配するは…天とは、すなわち世界!そして世界とは一つではない!異なる次元がある!異なる時間がある!異なる世界とはこの世界にない力すらも統べる!これこそ天の神髄也!!
「勝てる!俺は今無敵の力を手に入れたァーッ!」
アーウィンから耳打ちされたその口伝が、マスター・不知火を高みへと導いた。先刻グランガイザスの闘気を己が物とすべく仕掛けた天の技は、グランガイザスには通らなかった…厳密には全く通らなかったわけではなく、表面上のエネルギーは奪えたが、なぜか根源の部分のエネルギーに干渉できなかった。実はグランガイザスには闘気、すなわち生命のエネルギーがとある事情により存在しないのだが、しかしではなぜ生命エネルギーがないはずなのに、グランガイザスの表面上に生命エネルギーである闘気が存在したのか、このギミックは後ほど語ることになる。今はそれよりも絶好調になったマスター・不知火の時間なのだ。
「かあああああああ!」
マスター・不知火が地に足を置き、天へ手を上げ、並行世界・過去世界・未来世界・異世界ありとあらゆる違う世界から自然エネルギーである霊気を徴収する。これまでにない膨大な霊気を熱に変換すればいかにグランガイザスといえども消し炭だろう。いや、グランガイザスどころかこの目に見える範囲すべてが無の世界、不毛の大地になるかもしれない。消し炭にしたあとは残ったエネルギーを宇宙に飛ばさなければ自分だって死んでしまう。いや、エネルギーをエネルギーとして使うだけが使い道ではない。この膨大な霊気を質量に変換すれば、伝説の魔剣ブラックソード・ゼロを作り上げることもできるかもしれない。なんという恐るべき力!まさにこれこそ…!
「それを余は欲しいのだよ」
マスター・不知火の耳に届くグランガイザスの言葉。そして、届いたのは言葉だけではなかった。
「な…なんだと…!」
トッシュには信じられなかった。ありえない光景が目の前で起きていた。グランガイザスの腕が、肩から先が、消えていた。その肩口の切断面には黒い渦のようなものが見える。トッシュはこれが何か知っている。イクスシェイドが得意としていた空術の一つ、空間転移術を使う際に広がる扉。この渦の先は異空間への入り口であり、そしてどこかに出来ている一つの渦が異空間からの出口である。その出口の渦はトッシュの目には見えないが、『そこ』にあるのは間違いないだろう。
…マスター不知火の胸から赤く染まった腕が生えている。それは筋肉でモリモリのまるで丸太のような腕。ダメージを負うごとに不自然なほどに太く逞しくなっていったグランガイザスの腕に他ならない。これが空術の恐ろしいところだ。空間を移動できるということは、相手の体内に物質を転送してしまうことだってできる。空術を操るグランガイザスの手は、敵の内臓へと容易く届くのだ。だからこそ、この恐ろしい術を阻害する手段がいくつも確立されてきた。
そう、対策はできていたはずである。トッシュは残り時間僅かとはいえ、確かに八卦の烈の技で魔術阻害をしていたのだ。
(それなのに、なぜ、グランガイザスは魔術を使っているんだ…!?いや!これは…!)
トッシュの闘気が完全にその場から消えていた。簡単なことである。異世界の霊気だけでなく、この場の霊気すらもマスター・不知火は徴収してしまったのだ。そしてマスター・不知火は他人の闘気を己の物とする技も持っている。つまりトッシュの闘気もまとめて自らの物にしてしまったのだ。おかげでトッシュの魔術阻害の残り時間はヒャア!我慢できねぇゼロだぁ!を言わんばかりにタイムアップ、そしてその隙を見逃すグランガイザスではなかった。
ベチャ、とその場からさっきまでマスター・不知火だった肉体が倒れる。即死である。心臓を貫かれたのだ。これにはアーウィンも絶句である。
「フフフ…さてトッシュ。次は貴様の心臓でも貰おうか」
(やべぇ!)
あとはもう動きを捉えられないように常に動くくらいしか対抗策はない。空術の異空間の扉の精製には数秒の時間が必要だ。ランダムに動けば体内に門を作ることは難しいはずである。そして空術を使っている間は時術は使えない。時術で加速しながら空術を使われたらさすがにもうどうしようもないから、この仕様には感謝するしかない。
バタバタ走り回るトッシュを見ながら、グランガイザスは勝利を確信する。スタミナは有限、疲れて足が棒になったところを狙えばいいのだ。その油断が命取り。この場にいない勇者の存在を、グランガイザスは意識していなかった。
ドス!っとグランガイザスの背中に刺さる一本の剣。しかし強靭な背筋は体の表面に多少刺さる程度、その場からさらに奥にある心肺を貫くには及ばない…のだが、それで十分だった。
「う…!」
背中から全身に広がるはっきりとした紅潮・灼熱感、発汗作用。そして強烈な吐き気。さらには体が震えてくる。狙いは刺殺ではない。この剣に仕込まれた物質を体内にぶち込むことであり、ちょっと刺さればそれで充分である。この剣の先端には穴が開いており、そこから体内に注入されるそれは。
アルコール!
魔術を使うには精神的な集中が不可欠である。時術、空術、その他やべー術の類を阻害するのに一番効率の良い方法。術者が術を唱えられない状態にしてしまえばいい。アルコールを一気にぶち込んで酩酊状態にしてしまえばいいのだ。
「毒剣ヴェスピナエ、僕にとって相性の良い武器ですよほんと」
「ビィ!助かった!」
トッシュの窮地を救ったのは勇者の子の一人、天才麒麟児ビィ!