6話 召喚!英雄がバイクでやってくる
翌朝、村長が手配した馬車に乗りトッシュとアルはアカネを連れて王立労災病院を目指す。
「おねえちゃん元気になって帰って来てね。アル、ご飯奢るのはまた今度になっちゃったね」
「そうだね。また村に来たらその時にお願いするよ。お姉さんのことは任せて」
「元気でねミサキ。…じゃあお願いします」
アカネの言葉で馬車の運転手がアクセルを回す。二馬力の馬車は王国第二の都市ローシャ市にある王立労災病院を目指し出発した。
王立労災病院。王国南部に位置する第二の都市ローシャ市に設立されている公的病院である。王国南部は希少な金属を輩出する鉱山により多くの労働者が集まっていた。そのため鉱山事故や過労、労働者同士による暴力沙汰といった労働災害や健康被害が多く発生しており、時の国王は労働者の健康福祉のために病院を設立した。それが後の王立労災病院である。現在では鉱山資源も尽き労働者の数も急激に減ったが、王国南部の急性期医療を担う中核施設としての役割を担う大病院である。ここには魔王軍不死の軍団が侵攻した王都トーマスからの敗残兵らが駆け込み、混乱の真っただ中であった。その混乱は王国南部の片田舎のインサラウム村にはまだ伝わていない。事の張本人のトッシュもそれは知らないことであった。
トッシュは村を離れるにあたって一つ細工を施していた。山賊の巣である鉱山跡と、インサラウム村に。魔王軍の侵攻があったとき、もしくは野盗がやって来た時の為に。それらが村へ襲撃に来ればトッシュの刻んだ魔王の印が反応し、村周辺に仕込んだ山賊の死体がアンデッドとして蘇り野盗を迎撃、魔王軍の場合はすでに魔王軍の領地、トッシュの縄張りと証明することで攻撃を止めることができるのだ。また、山賊の巣にある死体にも、アンデッド化の処理を施している。新たな賊が鉱山跡を根城としないために。そのトッシュの工作により、山賊の巣である鉱山跡の最奥で一体のアンデッドが意識を取り戻した。山賊の頭だったその死体は命無き今も生前の怨念を忘れずにいた。トッシュの印で外に出ることはかなわないが、これが後に新たな火種になる…かもしれない。
「いやぁ…しかし今労災病院は大量の兵隊が駆け込んで大変ですよぉ。ちゃんと受診できますかねぇ」
馬車の運転手はその仕事柄、いろんな情報を耳にする。先日乗客だった騎士団の将軍の家族から魔王軍の侵攻を聞いていたのだ。
「えっ、大丈夫なんでしょうか?」
アカネの心配をよそに、トッシュはそうなるだろうなと確信していた。手足を切断され2か月ちょいも陵辱を受け続け体力も消耗し、加えて妊娠もしているアカネを治療しないとあれば人間の腐敗は極まっていることになるが、勇者を始末するような社会だ。支配者層は特に腐敗が顕著だろう。きっと力なき下級市民は上級国民や上級国民の盾である兵たちより後回しに違いないと。
(人間は腐ってるからなぁ。魔王様の支配こそ平和への近道だ)
アルは何も疑ってはいない。病院とは病気やケガを治療する場であり、アカネはちゃんと治療を受けることができると信じている。世間を知らない純粋な少年のようだ。
・
・
・
「王子!魔王軍の侵攻に立ち向かう勇者を今こそ呼び出す時です!」
王国北部の都市キエル市に出張していた王国王子は魔王軍の襲撃を早馬にて知らされていた。すぐさま軍議を開き防衛線を張り巡らせる準備に取り掛かるが、王都トーマスと最終防衛ラインのラムザ砦が陥落した魔王軍の戦力だ、時間稼ぎにしかならないだろう。…幸い、このキエル市には神殿がある。神の祝福を受けた領域でならば、18年前この世界を救った勇者ジャスティスを呼び出した奇跡の秘宝を再現できるかもしれない。
「出来るかもしれないし、出来ないかもしれない。それどころか王国に災いをもたらす者を呼び出す恐れもあるかもしれんが…このままでは時間の問題か」
王子は神官たちに指示する。奇跡の秘宝に取り掛かれと。勇者ジャスティスが姿を消した今、救国の勇者を今一度呼び出さねばならないと。
勇者ジャスティスは一般的には自ら姿をくらませたということになっている。少なくとも今、王子は知らない。勇者ジャスティスに18年前何が起きたのかを。王子は勇者ジャスティスに初めて会った時のことを今でも覚えている。当時は11歳だった彼は、4歳年上の彼女に恋をした。初恋だった。今でもジャスティスのことは忘れていない。お城でのお勉強の気晴らしにお付きを引き連れお外へお散歩に繰り出した。不運にもオークの集団に襲撃に遭遇し、今にもオークの金属バットが王子の頭を砕かんと振り下ろされる寸前、突如飛来した剣がオークの頭部を貫いたのだ。
「弱い者を一方的に嬲る卑劣な奴にはね、その剣を頭にぶち込むのが私の流儀なのよ」
それが勇者ジャスティスとの出会いだった。
「ブヘヘ、このガキを助けるために剣を投げやがったブー」
「なんだけっこういい女だぶー、久々に交尾するブー」
「だブー、メスはここ最近抱いてないブー」
年齢15歳の少女ジャスティスを犯さんとオークたちが取り囲み、あっという間に体を引きちぎられるオークたち。返り血に染まるジャスティスはただただ美しかった。
「ジャスティス…貴方は今何処へおられるのだ…」
・
・
・
ぶーん。今愛車に跨り風になっている俺の名前は伊集院英雄。ひでおじゃないぞ。そして乗っている愛車の名はCBX1000。6気筒エンジンがイカス1979年に発売された化石の様な単車だ。この横にはみ出た自己主張の激しいエンジンは本当にかっこいい。古い単車なので排気量に対してタイヤが細かったり車体はこじんまりしているが、さすが大型バイクだ、400CC未満の中型バイクとは密度が違う。パワーが違う。存在感が違う。圧倒的だ。そりゃ今の大型バイクに比べたらパワーに劣るかもしれないが、CBX1000の初期型のこいつは今のバイクには無い武骨さがかっこいい。1Lで9kmしか走らないなど些細な問題である。後期型のちょっと気持ち悪さを感じるのっぺりしたラインも嫌いではないが。
「今の俺はこの峠で最速よ!」
ヘアピンカーブもなんのその!60kmでコーナーに差し掛かる!曲がるときは進行方向に視線を向ける!下を見たら曲がらない!目線を先に先にやることでスムーズな体重移動ができ、思いっきり単車を寝かせて曲がることができるのだ!単車は全身で曲げる乗り物!
ガリ!
伊集院英雄は嫌な音を耳にした。一瞬で冷や汗をかいた。左へのヘアピンカーブ。限界まで単車を寝かせたことで足を置いているステップが地面に接触したのだ。
(やべ…)
調子に乗りすぎた結果である。そのままバランスを崩しずるっと転倒、カーブを曲がれずそのままガードレールへ滑る。ここは交通量の少ない峠道。ガードレールの向こうは崖である。そしてガードレールの下を潜り抜ければ数秒であの世へ旅立てる奈落の崖。バイクで事故って死ぬのが理想の死に方だと吹いて回っていたがいざ直面するとやはり怖い。
「うおおおおおお!」
咄嗟に目を閉じる英雄、ガンという衝撃がガードレールを突き破ったのがわかった。あと数秒で崖下へ叩きつけられて死ぬ。そうだ、バイクで事故って死ぬのが理想なのは間違いないが自爆で死ぬのは嫌なのだ。貰い事故のように自らの過失が無いか少ない状況が望ましい。ダサいし。
(こんな死に方は嫌だ!)
しかしもはや死の運命は変えられない。せめて苦しまずに死ぬことを祈ることしかできない。自らに働く横への運動エネルギーが、下方へと向きを変え、そのまま落下…あれ、変わらない。それどころか制止していないか?英雄はおかしいなと目を開ける。今まで見たことの無いまるで歴史的建造物のような石造りの建物の中で英雄は単車と一緒に倒れていた。
「なにこれ?」
「よくぞ参られた勇者よ!門からいきなり勢いよく滑り込んできたときはびっくりしたけどうん、それほどまで急いで駆け付けてきてくれたことをうれしく思う!我が国は今魔王の侵攻により危機に瀕している!勇者よ!我らを救ってたもれ!」
「…はあ」
・
・
・
インサラウム村から出発して半日が経過、すっかり周囲は夜だ。到着した王国第二の都市ローシャ市は、外からもわかるほど混乱していた。
「お客さん、やっぱりローシャ市は避難民や敗残兵でごった返していやすぜ。もしかしたら魔王軍が攻めてくるかもしれませんし別の町に行くのがいいかもしれませんぜ」
それもそのはず。トッシュがそのように仕向けたのだ。街のキャパシティを超えるほどの人間を抱え王国内部を弱らせていく、そういう作戦なのだから。そして魔王軍はローシャにはしばらく攻めてこないはず。トッシュの策はそうやってじわじわ弱らせて抵抗力を奪い、あわよくば無条件降伏も視野に入れたものである。大陸を制覇しただけでは終わらない。海の向こうにもまだ人間の国はあるのだから。
「病院も順番待ちのようだ。けど村長の紹介状があれば…」
「それはいけないわ。困っているのはみんなそうなのだから、アタシも待たないと」
「アカネさん…」
よく見ると避難民たちはお互いを気遣い、敗残兵たちも傷を押して見張りや見回りに取り組んでいる。この現状で自分の欲求を優先する不埒物もいるが、全てがそうではない。
「俺たちは避難民っていうわけじゃないし避難所には行けないだろうな。お金がもったいないけど宿に行くしかねーべ」
「そう言って避難所の環境が狭いから嫌だってのは本音では?」
「もちろん。でもアカネを休ませるなら宿のほうが落ち着けていいと思うしそもそも避難所に入れないから仕方ないだろうて」
山賊からとっちめ分配した金目の物をいくつか分けてもらっている。しばらくの宿代にはなるし、トッシュも一応金目の物を持っている。王立労災病院への受診よりもまずは地域の小さな診療所の方がいいかもしれない。一応アカネの傷は塞がっているのだ。むしろずっと寝たきりだったことによる体力の低下を取り戻すべくリハビリに励む環境が望ましい。となれば急性期医療を担う労災病院よりも回復期のリハビリを実施している医療機関だ。
一方、その頃。山頂からローシャ市を見下ろす巨大な影があった。それは明らかに人ではなかった。
「グフフ。人間どもが逃げ込んだ街だな。準備が整い次第攻撃を仕掛けるぞ!」
魔王軍軍団長クロホーン率いる獣王の軍団がごった返すローシャ市を狙っていた。