44話 胎動、迫る戦いの時③
「総帥、あの女が動きましたぜ」
八卦総本山鉄甲館の最奥、総帥室にて手下の報告を聞く当代総帥マスター・不知火は、持っていたワイングラスをデスクに置く。仕事中なのにアルコールを摂取しているのは一般に知られては不味いことであるが、彼はあまり人前に出ないのでそこは問題ない。口元から血のように赤いワインが顎へと垂れていく。最近歳のせいかうまく食べ物飲み物を口に入れることができないようだ。
「ふん、4年に1度の八卦五輪大武会の開催が近いから奴らも必死なんだろうよ。だが我ら不知火派の勝利は確実。なんせこの天の力があるのだからな」
マスター・不知火が辿り着いた天の力。この八卦を統べる力がある限り誰にも負けないのだ。それがあの女が入れ込む地風派であろうとも。
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声を掛けてきた女性に誘われ、トッシュ一行は街中のカフェへとやってきた。ランチタイムを2時間ほど過ぎた時間では観光地と言えども客足は少なく、静かな雰囲気の中落ち着いて話ができる環境だろう。
「地風派?」
「そう、私たち一派はそう名乗っている。地風派の首領は八卦の総帥になるために、不知火派からドロップアウトした八卦の闘士たちや他の派閥と連合し、今じゃ八卦第二位の一代勢力になったの」
「それってただの烏合の衆じゃないですかね。不知火派を打倒した後は内ゲバが始まりそうですが…ところで貴方、どっかで会ったことありません?」
「あら~、ビィくんこんな年上の女性が好きなんだぁ~!いいぞボクは応援してあげるから頑張れー」
「ちょ…そんなんじゃないですよ。僕はサンちゃん一筋ですからね。だからキスしましょうキス」
焦ったのかサンにベロチューを要求するビィに、サンは無言だ。何も言わないがその表情が全てを物語っている。ドン引きだ、と。おちゃらけるサンとビィを放置して、マユが女性に尋ねる。
「で、アンタは誰なんだい?なんでアタシたちに話しかけたんだい?」
「私はフィリア、地風派首領の秘書みたいなものをやっているわ。で、貴方たちに声をかけたのは先ほど言った通り戦力が欲しいのよ。特に貴方、八卦のマスタークラスの力を持っているわね」
「まぁ…昔齧ったことがあるけどねぇ…マスターは言いすぎじゃないかしらねぇ」
フィリアの説明によると、先ほどビィが指摘した通りだ。業界第二位の地風派と謳っても、所詮主流派を打倒するためだけに集まっただけの連中だ。内部の連携が取れておらず、たとえ不知火派を打倒したとしてもすぐに分裂するのは目に見えている。そうしてバラバラになったら不知火派に奪い返されるだけである。内部を纏める大きな力が必要なのだと。
「で、まずは打倒とは言うけどどうやってやるんだい?戦うのかい?」
「その通りよ。4年に1度執り行われる八卦五輪大武会、通称五輪に地風派と不知火派で代表を5人出して戦うの。一応他の弱小派閥も出て来るけど実際はこの二大派閥の決戦みたいなものね」
「なるほどね、その大会で勝てばいいってわけか。わかりやすいじゃないの」
マユとフィリアの会話にトッシュが割り込んで話を纏める。が、纏まらなかった。
「いいえ違うわ。勝敗は関係ないの」
「は?何それ不正でもやられてんの?意味ないじゃん」
「不正よりも厄介ね。不正なら暴けばいいのだから」
「どういうことかしら?ビィくん自慢の脳ミソで答えを導きだしなよ」
「厭味ったらしくてほんと可愛いですよね特にその目。そそります」
「…で、どゆことなんさね?」
「八卦らしい戦いを見せた方に、八卦の構成員たちが投票するの。得票数が多い方が勝ちってこと」
「なるほど、つまり主流派はそれだけ多くの構成員を抱えているからどんなに頑張ってもあちらを上回ることは無いというわけですね」
「え?じゃあ意味ないじゃん。ボクたちを誘った意味、ないじゃん」
その時、トッシュたちのテーブルに酒場の主人がやってきた。主人が持っているお盆には、先ほど一行が注文した品物が乗っている。フィリアのコーヒー、マユのおみそしる、サンのおしるこ、ビィのオレンジジュース(果汁100%)、トッシュのコーンポタージュスープだ。
「貴方達変なの注文するわね…」
率直な感想を述べたフィリアと、変なものを注文した一行それぞれに品物を渡した後、店主は口を開く。
「だから大武会が開いている間に鉄甲館に潜入し、奴らが持つ太陰の章と太陽の章を取り戻す。そのための人手がいるのだよトッシュ」
店主の顔にトッシュは見覚えがあった。そして店主はこの場にいるマユのことも知っているようだ。
「女、あの時は世話になったな。貴様の力も借りたいのだよ」
マユはいまいちピンと来ないが、トッシュはわかった。かつての同僚にそっくりの顔。その同僚が歳を10数歳老けたらこんな感じの顔だと、ピンときた。
「アンタ…まさかアーウィン…!」
フフフ、と口元が緩むアーウィンに、トッシュの言葉が続く。
「…のお父さんですか?いやすみませんアーウィ…息子さんの行方は自分もわからなくて…お気の毒です…」
「お前わざとやってるだろ!あの時の決着今付けようか!?この地風将軍アーウィンの洗練された技を見せてやろうか!?」




