44話 胎動、迫る戦いの時②
旅立ちから1週間後。トッシュたちは鉄甲館へと辿り着いた。
八卦龍拳総本山、鉄甲館。失伝した天を除く八卦陰陽七つの流派、すなわち陰に属する四派の水、月、地、雷と、陽に属する三派である火、風、山を取りまとめる八卦龍拳の頂点、総帥と呼ばれる男が執務する機関である。
総帥となるには陰陽からそれぞれ一派を極め、さらにその弟子に一つの流派の極みへと導いた者が選任される。候補が複数人に及ぶ場合、その者たちによる選抜トーナメントが開催され、勝ち抜いた者がその座を勝ち取ることができる。
「へぇ…天を蘇らせたんだ…」
鉄甲館が聳え立つ王都の東のはずれ、一部観光地化しているこの地を訪ねたトッシュたちは八卦龍拳の無料案内所を訪ねる。そこでマユはずっと八卦龍拳から離れていたため知らなかった事実を目にする。大昔に失伝した天、その呼称すらも不明である天を現代に蘇らせた今の総帥であるマスター・不知火。10年ほど前にその実績をひっさげて総帥へ上り詰めた男である。
「そいつに天を教えてもらえたら俺もパワーアップできるかな」
そう期待に胸躍らせ、意気揚々と鉄甲館を訪ね、そして追いだされてしまった。
「なんで会えないんだよ!」
「そりゃトップなんだから忙しいんでしょ」
「アポなしでいきなり会わせろってのはアホさね」
「そのじとーっとした目のサンちゃんも好みですよ」
トッシュのことをばかだなーと思いつつも、力が欲しいマユは何とかすぐに天を学べないか考える。天の力は他と隔絶する力を持つらしい。他の八卦を学ぶよりも実に効率的だとは思うが、天は現在秘匿されており学ぶことができるのは総帥直属の高弟のみと言われている。人前では決してその力を披露しないため本当に復活したのか疑問視する声もあるが、そういった総帥に叛逆する者には天の力を見せているのだという。総帥に疑問を投げかけた者自身を実験台として…。彼らは皆口を閉ざしている。否、口を開こうにも理解ができていない。何が起きたのか分からないまま、這い蹲い敗北を確信するのみだ。
そんなこんなでどうにか天を教えてもらえないかと悩む彼らに、一人の女性が声を掛ける。青い髪、白い肌、唇に塗られた青いルージュが、まるで死者のような冷たさを感じさせる、しかし美しい女性だ。全身から感じる雰囲気に反するその赤い瞳は、やはり血を想像させ死者を連想させる。
「あなたたち、八卦の天に興味があるのかしら?」
「…?さーでぃおん…?」
その女性が口にしたサーディオンという八卦に無い言葉。それを理解できないまま口にするサンに対して、サンが倍くらい歳をとったマユはそれが天のことだと理解した。
「サーディオン…それが天かい?」
失伝した天は、もはやその呼称すらもわからない。雷をオムザックと呼ぶように、天は何と呼ばれていたのか。故に、今の総帥は天にサーディオンの名を与えたらしい。
「そう、その天を半分だけ、私たちも知っているわ。どう、興味ないかしら?」
「半分?どういうことだ?」
トッシュの質問に、女性が答える。
「アイツはね、奪ったのよ。封じられた天の片割れ、太陰の章を」
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