5話 転生!鋼の身体
ちょっと修正しました
ラムザ砦でトッシュは謎の少年と出会い、剣を交えた。その直後のことである。
トッシュは砦の中で少年と斬り結ぶ!トッシュは咄嗟にブリガンディフォームの右肩から刀身を引き抜き少年の首を切断しようと振るう。少年もまた咄嗟に右手でブリガンディフォームの左肩から刀身を逆手で引き抜きトッシュの剣を防ぐ。そして少年は左手の魔法を炸裂させようとした瞬間、少年の手が離れたことで自由となったブリガンディーフォームが少年の左腕を掴み、下へと逸らす。地面に炸裂した魔法は大爆発を起こし、少年とトッシュ二人を吹き飛ばした。
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「何だと…!」
ガシャン!と円卓からグラスが落ち、割れる。その報告はイクスシェイドにとって青天の霹靂だった。魔王軍不死の軍団、軍団長魔人騎士トッシュが爆発の中で姿を消したのだ。
「ふむ、イクスシェイドよ。トッシュが居なくなっては仕方あるまいて。魔王軍の本格的な出撃を準備せねばな」
「お待ちくださいイクス様…!死体が出たわけでありません。死んだと決めるにはまだ…!」
「わかっておる。しかし今姿を消しているのも事実、攻撃を止めるわけにはいかん。サガに出撃を指示する。お前はサガを補佐しつつトッシュ捜索も並行するとよい」
「…」
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「ヘッ!だらしねぇ野郎だぜトッシュ!いつか俺がぶっ殺すつもりだったのによぉ!」
トッシュが居なくなったことでアーウィンは本音を隠さない。いけ好かない人間が魔王軍の幹部として自分と肩を並べているのは不愉快だった。
「サガ様よ、俺たちニンジャ軍団が行きますぜ!あの野郎とは違う本当の魔王軍を見せてやりますぜ!」
「アーウィン、お前は誰より魔族らしさにこだわるな。その出自故か?」
「…ッ!サガ様と言えどもそれ以上言ったらどうなるかわかってんでしょうねぇ…!」
「フッ、責めてはいないぞ。貴様の姿勢はトッシュも見習うべき魔族の鑑、魔族ミラーの称号に相応しい振舞ぞ。しかし貴君一人には任せられぬ。全軍を持って地上を蹂躙するのがイクス様の指示だ。まずはアーウィン、やる気満々のようだし貴様から行くか?」
魔王軍の本格的な侵攻が開始された。デスバレーから王国へ向かうには海を越え、王国北部に位置する周辺四国の一つ雪の国ヴァイスランドを越えなければならないが、トッシュが王国に奇襲した際に作った門、通称【魔の扉】を使うことで少数ながら転移が可能となる。これなら消耗を抑え王国へと進むことができるのだ。
「へっ、待ってましたぜダンナァ!トッシュとは違うんだ俺があっという間に王国全土を手にしてやるぜ!」」
一斉攻撃のその先陣として王国へ向かおうとするアーウィンであったが、突然その歩みを遮る巨大な影が現れた。魔王軍の軍団長クロホーンだ。
「なんの真似だクロホーン。まずは俺からだろうが」
「…貴公は功を焦っている。トッシュの二の舞になりかねん。サガ様。ここは我にお任せを」
「てめぇ俺が信用できねぇとでも言うつもりか!?」
「…ふむ。クロホーンよ。貴様の考えを聞こう」
「魔王軍の主力である我々がまず向かうべきでしょう。アーウィンとニンジャ軍団は前線よりも裏側の工作に動ける貴重な戦力です。むやみに使うべきではないかと」
「ふむ。たしかにアーウィンの能力は隠してこそだな。アーウィン、良いな」
「んもぅ、そんな言われたらお留守番するしかないじゃないかぁ。ウヘヘ」
貴重な戦力と言われてご機嫌なアーウィンはその出番をクロホーンへ譲ったのだった。
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「ていうかよ、俺もお前の名前を聞いてないんだけどよ」
「俺は…アル。本当の名前じゃないけど」
「本当の名前は?」
「名前覚えていなくて…そう呼ばれてる」
山賊の巣の奥で邂逅する二人の少年。アルはトッシュに何か近いものを感じていた。この男は自分のことを知らないようだが、妙に懐かしさを覚える。とても無関係とは思えなかった。もしかしたら自分の出自に何かしらの関係があるかもしれない。一方トッシュもこの少年が気になっている。軍団長を上回る強さを持つ少年は明らかに普通ではない。おそらく幼少の頃よりエリート教育を受けているに違いない。そんな育成機関があるのなら放置はできない。今ので恩を売れたかもしれないからこれから打ち解けて思い出したときはその情報を頂こう…それだけではない。
(覚えてないのなら好都合かもな。こいつを手名付けて魔王軍の戦力にするのも悪くない、人間への憎しみを持たせれば簡単に堕ちるだろ。ちょうど目の前にムナクソ悪い事例があるしな…)
アルの手に抱きかかえられている女性。手足を切断された一糸まとわぬその姿。山賊からずっと陵辱を受け続けほんの少し膨らんでいる下腹部。人間の愚かさが集約された、その犠牲者。トッシュは何も言わず剣を心の声で呼ぶ。スクラムクレイモアの核である二本の剣はトッシュの声に応えるのだ。すぐさま手元にジークの頭部に刺さっていた剣が戻ってきた。
(…?おい、何でお前は来ない?)
しかしもう一本、ジークの腕を切り落とした剣はまだ壁に刺さったままだった。そう言えばこのアルという少年の声でこの剣は動ていた。
「…アル、あの剣を呼べるか?」
「呼ぶ…?こうか?」
アルが手をかざすとその手に収まるように剣が飛んできた。間違いない、あの剣はトッシュではなくアルを選んだのだ。
「まじか…。この剣は持ち主の意思に応じて動いたり形を変える変な剣でな、持ち主は俺のはずなんだけど…まぁいい、あげるわ。」
「そう…それより手伝ってくれ。この人を連れて帰らなきゃいけない。」
アルは抱きかかえる女性に布を被せる。いつまでも裸体を晒すという辱めを続けるわけにはいかない。ジークの部屋のベッドに休ませ、まずは着る物を探そうとするアルに向かってアカネは口を開く。
「…アタシを、ここで殺してください…」
「!?」
アルはアカネの懇願に驚く。まだ生きているのに、なぜ、と。
「こんな姿じゃ、村の皆に迷惑がかかるの…ごめんなさい、殺してなんて言わない。アタシをここに置いていってくれればそれでいいから」
「なんで…?ミサキはあんたを心配していた。生きているなら安心させるべきだ」
「この子はもう自分だけでは生きていけないから迷惑かけたくないってことだろう…。趣味の悪い山賊だぜ、手足を切断し抵抗が一切できない状態で楽しんでやがった。それにその腹、妊娠しているな。生活能力の無い人間が一気に二人も増えることになるんだからな。」
「ミサキは無事なのね。よかった…。もうそれだけで十分だわ。お願い、アタシのことは誰にも言わないで…」
アカネの懇願に困惑するアルは、突如その手に持つ剣から脳内に大量の情報がぶちこまれる感覚に陥る。その剣はアルを持ち主に選び、そして今持ち主であるアルを【救う】ために、アルに【それ】を伝えたのだ。一瞬で理解したアルは無言でその剣をヒュンと振る。その動作にアカネは安堵し、謝罪した。
「ごめんなさい…嫌なことをさせて…」
(介錯するのか。子供のくせに肝が据わってやがる。しかしこれはアルにとって人間への絶望のいいきっかけになるだろうな。人間はこういう奴らなんだ。だから世界を平和にしなきゃならん…イクス様なら、それができるんだ)
トッシュは無言でその所作を見守る。アルは剣を逆手に持ち替え、アカネに謝罪する。
「謝らなくちゃいけないのはこっちだと思う。たぶん、アンタにとって残酷なことをするかもしれない。けど、俺は…」
「…?」
なんのことだろうと疑問に思うアカネだったが、自らに向けられる剣先を目にし、目を閉じる。あぁは言ったもののやっぱり怖い。早くして、とそう願いながら自らの命を絶つ剣を待つ。
ドッ!と剣はアカネの腹部を貫いた!かに思えた。しかし逆に剣の方が砕け散る。さらに細かく分離し、一瞬で光の粒子へと変化した。
「えっ?」
アカネは何が起きたかわからない。おなかに走った軽い衝撃に目を開ける。キラキラとアカネの周囲を光る粒子が包んでいた。それらは白い輝きを放ちアカネの上腕と大腿部に集まり、そして彼女は自らの失ったものを目にした。正確には失ったものとは全く異質の物体。それは鋼の手足。自分の思い通りに動くその手足は、アルが砕いた剣が姿を変えた物に他ならない。
「お前…!」
「魔剣転生…。これで君の失った自由を補うことができる。傷口が痛むから歩けるようになるまで時間はかかると思うけど」
ただの義手義足ではアカネは歩けるようにはならない。肘関節膝関節の手前から切断されているのだ。しかしこの意思で動かせる魔界の金属でできた義手義足ならその問題も解決できる。そのためにアルは自らが手に入れたスクラムクレイモアの片割れの所有権を譲渡したのだ。別に愛着があるわけでもないし惜しくはない。
「この手と足…動く…すごい…」
アカネは驚くばかりである。そしてアカネ以上にトッシュも驚いていた。地上でこのような奇跡を起こせる者のはそうはいないだろう。魔界の希少金属であるスーパーチタニウム合金を加工するには強大な魔力だけでなく、高い冶金の技術も要する。それを何の設備もない場所であっさりとやってのけたのだ。トッシュには当然できない。トッシュができるのはあくまで設定された形態を行き来することであり、新しい形を何の設備もなしの新造なんて無理無理無理無理蝸牛である。
(あの時の爆発を起こした術も凄かったが…こんなことまでできるとはやべぇわこいつ)
そして、希望が見えた瞬間、忌々しい不可逆の事実がアカネを襲った。胎内に宿る新しい命。自らが生きていけるという希望は、この父親が誰だかわからない子供の命も未来に繋げるということになる。
「あ…あ…いやあああ…いやああああああああ!!!!」
彼女は優しい女性である。妹を守るためにその身を盾にし、村の迷惑にならないよう自ら死を選ぼうとした。そんな優しさ故に、この命を無責任に放り出すという選択肢を選ぶことができない。絶望故に死を選べた彼女にとってその希望はあまりにも辛いものだった。
「…ごめん。恨んでくれてもいい。でもあなたは生きているんだ。命を放棄してはいけない」
アルのとても残酷な仕打ちに一通り泣きじゃくり、そしてアカネは落ち着きを取り戻した。アカネの胸中には一つの決断があった。
「…ねえ。この手と足を包帯で隠したいの…手伝ってくれますか…?」
そのためにまずは手足を失ったという事実をミサキに隠さなければならない。そのためにはまずミサキを安心させることが必要だ。
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「わっせ、わっせ」
(なんで俺、手伝ってんだ…?)
山賊の巣にあったベッドなどを加工して作り出した担架にアカネを横たわらせ、トッシュはアルと一緒にタンカを抱えながらインサラウム村まで行く。インサラウム村はどうやらアルが外出している間山賊の襲撃は無かったようだ。迎えに来た村長やミサキがアカネの姿に驚いた。
「お姉ちゃん!」
「ごめんねミサキ。心配させたね…」
アカネは村長宅に向かう。これまでの二ヶ月の話をしたい、と。村長は後でいいから今は休むべきだと言うが、アカネがそれを拒否した。今のうちにすべて伝え、すぐにこの村を発たねばならないから。
「…そうか。他の村も山賊の被害にあったというが、君以外はみんな売られていったんじゃな…しかし君も辛い目に合ったのは間違いない。それでも、生きていてくれて本当にうれしく思うよ」
「ありがとうございます村長。…村長、アタシは彼らと一緒に村を出ます。」
「なぜじゃ…!?ミサキも喜んでおるのに!」
村長は包帯を解いたアカネの姿を目にする。金属に置き換わった四肢を。そんな姿をミサキに見せたくないと考えた結果だと悟る。
「そうか…王立労災病院に行くと言い。わしの知る医者がそこに努めておるからの。紹介状を書いておくからミサキにも療養のために王都に行くと伝えるんじゃ」
「何から何まで本当にありがとうございます。これならミサキにも余計な心配はかけずに済みます」
「アル、君が一緒なら安心じゃ。アカネをよろしく頼んだよ。…ところで君は誰なんじゃ?アルのお兄さんかの?」
アカネの話があったので今まで触れなかったが、一段落し村長はトッシュのことを尋ねる。
「あー…誰でもねっすよ。途中でたまたま知り合って手伝っただけでさぁ」
「そうか、すまんのう。大した礼もできなくてのう」
「いやいいっすよ。備蓄もギリギリなんでしょう?そん代わりとりあえず一晩泊めてくれれば嬉しいんすけど…」
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「トッシュ。アンタ魔王軍って言ってたな。魔王軍、その言葉に聞き覚えがある気がする」
「そうか、まぁ俺とお前が戦ったのはまさしくそういう場面だったからな」
「魔王軍ってことは、アンタは人間の敵なのか?」
「…どうなんだろうな。人間の敵だとは思うけど別に滅ぼしたいわけではない。魔王様なら平和な世の中にしてくれるとそう信じてる。人間が受け入れてくれるなら…」
平和。その言葉に嘘はない。いつかギャミが言った言葉。お前も人間だから人間を殺したくないんだろうというのもあながち間違いではない。勇者である母を殺されたトッシュは復讐に生きる道を選んだが、あくまでもその対象は主犯と従犯のみ。無関係なその他の人間は欲深な支配者層の被害者なのだ。勇者という平和を気付いた英雄を殺す、為政者が作る歪んだ社会の犠牲者を減らしたい。アカネのような奪われるだけの被害者を減らしたい。
「アンタのことは知らないが悪い奴ではない気がする…」
トッシュはアルの出自が気になっている。圧倒的な術の力、達人の域に到達する剣の腕、そしてどこか浮世離れした性格。トッシュはアルを自分と同じ人間社会から隔絶された環境で育ったのではないかと想像する。
『君たちを殺してこいって言われた』
アルが最初に言い放った言葉。記憶を取り戻したとき敵になるのだろうか。しかし今アルは自分に打ち解けている気がする。このまま懐柔し、アルを育てた何者かについても調査する必要があるだろう。もしかしたら同じような強いガキどもがいるかもしれない。
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「赤い衝撃が姿を消したか」
「しかし魔王軍の軍団長を一人道連れにしておる。戦果としてはまずまずじゃろ」
「そうは言うがな、第一ロット4体の一角が失われた損失は大きい。消耗品じゃないのだよ。あれを完成させるのに13年もかかったのだ。」
「軍団長ごときと引き分けで完成はないだろ、本命は魔王だ。それに第二ロットの完成も近い。第一ロットが失われても問題はないさ」