44話 胎動、迫る戦いの時①
「…肝臓と、骨が死んだか…」
ベッドで気を失っている流星の中に出入りしながら、グランガイザスは己の配下の死を悟る。
「急がねばな、決戦を」
7回目の絶頂に達したグランガイザスは、流星をメイドに任せ数日後に決行する王都への攻撃準備を再開する。この日の為に準備してきたグランガイザスの軍。培養してきた伝説の魔獣、人買いから買い付けた少女たちを改造した案内人シリーズ、そして聖石で強化した王国の貴族たち。そして万一のために流星に種付けした己の次の依り代…。戦力は十分。骨と肝臓を倒す戦力が魔王イクスのもとから離れている今こそ攻め時だ。
・
・
・
「おいペロ、帰るぞ」
闇の帳が周囲を包む深夜、いつも23時に布団に入っている13歳のアルはもう眠気がマッハだ。超爵、アスタバンとの闘いを終え緊張感がぷっつり切れたアルはもうすぐに帰りたい。ただ一応すぐそこで伸びているベオウルフには声をかけておく。別に友達でも何でもないので放置していてもかまわないのだが、なんだかんだでいい子である。
「…いい。後で一人で帰る…」
そっけない返事をうつ伏せのまま返すベオウルフ。ならいいか、とアルはアカネを連れてさっさと家路についた。5分ほど経過して、ベオウルフはむくりと立ち上がる。
「フ、フフフ…ハーッハッハ!」
誰もいないカルバリン邸屋上で突然笑い出すベオウルフ。彼は誰もいないからこそ、テンションあげあげで語り出す。
「やったぞ!俺は一抜けできたぞ!俺を縛るものは無くなったぞ!」
事が思い通りに運んだ時は、誰もいないのに騙り出すのは誰にもあることだろう。今のベオウルフもそうだった。このカルバリン邸での策略が、わりとうまく行ったことで彼のテンションは最高潮だ。
「俺は俺の死を偽装した!ハッハッハ!あの時俺の細胞を俺の肉体に戻したとき!俺はこっそり本体細胞をこのベオウルなんとかの体内に退避させたのだ!しっかり支配したこの肉体、じつに馴染むぞ!これまでグランガイザスに投資してきた資産は膨大だったが、いや超爵という地位を喪失したが、今もはや財産は関係ない!俺は金では得られない若い体を手に入れた!このベオなんとかの肉体、聖石に支配されてたときのような超常の力は無いが、それでも常人を上回る力を持っている!さすがは地元で有名な傭兵か!そしてアルたちが上手いこと俺の元々の肉体を滅ぼし!聖石を破壊したことで俺の死は確実にグランガイザスに伝わっているだろう!アスタバンも一緒に死んだことでその説得力は加速する!」
この男、ベオウルフではない!そう、先ほどまでこの男の肉体を支配していた超爵!その意識がベオウルフの肉体を支配していた!
これこそが超爵の狙い!聖石が邪なるものと悟った彼は、その支配から逃れるための方法を模索した。その聖石が肝臓だったことが幸いした。その再生力を最大限に活用し自分の死体を無理矢理に再生させ始末させることで死を偽装し、自身の意識はほんの一かけらの細胞に移し、若い別の肉体に退避し、別の人間として生きていく!
そう謀ったのも、全ては聖石がヤバイものだとすぐに警戒したからだ。人間がまるで魔獣のような力を得る物質、絶対にロクなものじゃない。しかも魔王グランガイザスが寄越したものならばなおさらだ。聖石を滅された今、その超再生力は無いのは惜しいが、あんなヤバイものリスクが無い筈がない。
一番の狙いはアルを手懐けて、グランガイザスと戦わせることだったが、それは失敗した。が、今のアルならば問題ないだろう。アルは勇者の力、光の闘気に目覚めた。…子はいつか親元から離れ自立をする。アルは父替わりだった超爵の意思に関係なく、自らの意思でグランガイザスを倒すだろう。少し寂しくもあるが、子の進む道を信じるのが、親のあるべき姿だ。
「さて、私もアルを見習って自立をせねばな。フォルファントリー家という巣を出て、一人の男として生きていく。強くてニューゲーム感あってちょっとインチキくさいが、まぁそこはご愛敬だな。そうだな、西に行こう。草原の国セラス。あそこは風が心地よい良い国だからな」