43話 喪失、この手にあったその絆②
ガチン!アスタバンの胸部から歯のように生え広がった肋骨が閉じる。アルを挟みぐちゃぐちゃの挽肉にしてやる予定だった肋骨は、残念ながら空気しか咀嚼できなかった。
「アルくん!」
アカネが両の手から糸を放ち骨妖怪と化したアスタバンを拘束しようとするが、アスタバンが投げたくるくる回る1m弱はあろうかという大きな骨が糸を絡めとり、不発に終わる。
「無駄だぁ!貴様の力は超爵を相手に全て使い切っている!勝ち目はないゾぉ!」
「ちっ…」
アスタバンの手から勢いよく伸びる細い尖った骨が、矢のようにアルへと襲い掛かる。魔力があるのならばすぐにでも焼き落すことはできるのだが、生憎のガス欠寸前、ほぼすべての魔力はアカネの両手に宿している。
それを返してもらうこともできない。アルには魔力を吸収する魔術が使えないからだ。持ち前の身体能力で骨の矢程度の小技ならば掴んだり弾いたりで防ぐことはできるが、大技となればそうもいかないのだろう。そしてあのアスタバン、骨を自在に操ると宣っているように全身にカルシウムの鎧を纏っている。ただの骨ではない。アスタバンの骨密度は常人を遥かに超え、金属探知機が誤認してしまうほど。まるで鉄のようなその骨を砕くことは、果たして素手でできるのだろうか。
(どうしたものか…)
アスタバンの骨攻撃を捌きながらカウンターを入れるが、硬い骨に阻まれ致命打にはならない。骨をも砕く鈍器のような攻撃ならば、骨以上の硬さを誇る金属でできた手足さえあれば…。
アルの思考を呼んだアカネが、その魔界金属ハイパーチタニウム合金製の片腕を使ってもらおうとその腕を取り外そうとする。が、その行為をアルが止める。
(いや、それはダメだ。おそらく奴の表皮は今以上に固くすることもできるはず。物理を超えたパワーでなければ…)
(じゃあさっきみたいにアタシの糸を絡めて魔力を送り込んで…)
しかし糸は先ほどのように防がれるのは目に見えている。このアスタバンという男、かなりの手練れである。少なくともベオウルフよりも数段上の。元々は魔力や闘気の類は持たず速さと技で戦う先日見たピクシーと似たタイプだろうが、そこに骨を操る妖術が加わったことで魔獣と化している。己の力とフィジカルだけで戦う魔獣が、技と速さを身に付けたことですごい強い。
「ハァ!」
アルが渾身の力で両手の掌底をボディに打ち込む。案の定だ、インパクトの直前にボディをブ厚い骨のアーマーが覆い、その威力を殺す。
「クックック!今のはやばかったぞ!抵抗されると厄介だな!ならばこうだ!」
「きゃあ!」
突如、アカネの脚元から尖った骨が勢いよく生えてくる。その骨はアカネを貫きはしないが、アカネの周囲を覆いつくし骨の牢を形成する。
「貴様!」
「あの女の子はお前の大切なものだろう?愚かな奴よ、あんなものを守ろうとするから負けるのだ。私は違う。私は心を解放し、何者にも縛られない強さを手に入れたのだ」
「貰った力で偉そうなこと言うなよ」
「フッフッフ、羨ましいのなら素直に言え。望むならばこの肝臓の聖石を与えてもいいのだぞ?そうすればお前も大切なものを捨てる強さを手に入れられる。愛する弟を自ら殺した私のように!」
アルは思い出す。戦いの前に話した、今にも死にゆく男の顔。全く似てないが、どうやらあの男の兄が目の前の化け物なのだろう。
「アンタの弟は、どんな子だったんだ?」
特に興味があるわけではないが、逆転の一手を探る時間を稼ぐために聞いてみる。なんか話したそうでもあるし。
「…我が弟ながら鈍臭い男でな。昔から兄さん兄さんとついて回ってきたものだ。私のおかげで今まで生きてこられた、頼りない弟だった」
「そんな足を引っ張る弟なら、なんでさっさと捨てなかった?」
「それが私の弱さだった。弟がいなければ私も生きていけない、弟こそ我が生きがいだとそう思っていた。アイツに一人前になってほしい、幸せになってほしい、とな。お前もそうだろう?」
アルもまた、アカネの幸せを望んでいる。そのために必要ならば、アカネの中に宿るあの新しい命を堕ろすことだって厭わない…。本当ならば、アカネの胎内をナノマシーンに巡らせたあの時にそうすべきだったのかもしれない。失った命に悲しむことになっても、最後にはそうしていた方が幸せになれたのかも、と迷っている。
アルは迷っている。そう、ずっと悩み迷いみ続けるだろう。それは弱いからなのか?その迷いは捨てるべき弱さなのか?
「違う!いやお前の言ったことは合ってるけど、そうじゃなくて!」
アルはアスタバンの言っていることを肯定し、言いたいことを否定する。アスタバンの行為は逃げにすぎない。大切なものを守護りたいと思いが、そしてわからないからこそ生まれる迷いが、人を成長させる。心の歩みを止めたら、人の成長も終わる。アルの目の前にいるのは人ではない化け物だ。人であることを捨てた弱者だ。大切な家族を殺した人でなしだ。
「アカネさん!」
「うん…!行くよ!」
アルとアカネの意識が、目の前の脅威に立ち向かうために一つになる。二人を繋ぐ一本の糸。アカネの腕から伸びる糸はずっとアルと繋がっていた。アルとアカネの中に響く声が状況を打開する一手を教えてくれた。
『闘気』
その声は、闘気を使えと言った。声の主は、既に死んだはずのブラッド・フォルファントリー超爵の声。おそらくは二人の体内に残っていた超爵細胞によるものか、それが最後の命の力でアルを救う声となったのか。
(そうだ…お前は勇者の血を一番強く受け継いでいる…お前の闘気は光。化け物を滅却させる正義の光だ…)
精神のエネルギーである魔力を操るのは心、すなわち感情。対して生命のエネルギーである闘気を操るのは肉体である。八卦の技が霊脈から気を練り上げるように、身体の気脈に流れる生命エネルギーを体内で闘気に練り上げ、気孔から放出する、これが闘気の使い方だ。当然アルは闘気の使い方を知らない。というより、グランガイザスの方針で闘気の使い方を教えられていない。そしてそれは当然、鍛錬なしにすぐに使えるというものではない。
ではどうするか。闘気を使う才能に恵まれないゼファーのように、生命エネルギーをそのまま放出するか。これはコツと掴めば意外と簡単にできるものだが、加減を謝ると一気に枯渇に死に至る。それに闘気に練り上げた方が出力自体も高い。
そこでアカネの出番だ。アルの体内に送り込んだハイパーチタニウムナノマシーンにより身体の気脈へ物理的に干渉することで体内に生命エネルギーを循環させ、これを闘気に練り上げる。コツはお腹にエネルギーを貯めてこう、うまいこと混ぜ混ぜする感覚。おなかの中でマヨネーズを作るような、そんな感じだ。
そして作った闘気をアルは右の手に集中させる。掌から伸びる光の帯をヒュンと振り、アカネを閉じ込める骨の牢を細切れに寸断、そのままアスタバンを蹴り飛ばし距離を取る。
「なにィ!我が骨はモース硬度5を誇る!それを蒲鉾のようにあっさりと斬るだと!」
「聖拳ならぬ…聖剣!その名も聖剣ハヤブサ!」
アルの手の中で光が質量を持つ。闘気の物質化、かつての勇者ジャスティスが得意とし、グランガイザスを打ち亡ぼした魔滅の技!
「クッ!俺は逃げるぞ!」
形勢を不利と悟ったアスタバンは全骨形成力を集中し薄くしなやかな軟骨の翼を作り出し、空へと逃げる。空にまでは追ってこれまいと冷静で的確な判断力により一瞬で上空へと飛び去った。
「逃がさねぇ!」
アルは聖剣ハヤブサを上空へと飛び去ったアスタバンへ向けて投擲!超速で放たれた聖剣ハヤブサはアスタバンの真芯を貫く!
「発破!」
同時にアルが叫び、拳を握りしめる!アスタバンを貫いた聖剣ハヤブサが内包するエネルギーが放出され爆発四散!
「アルくん…やったの?」
「うん…手ごたえはあった…」
その場でペタンと座り込むアルに、アカネが手を差し伸べる。
「ありがとうね、アルくん」
「こっちこそありがとう、アカネさん」
「うん…これからもよろしくね」
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聖剣ハヤブサにより撃墜されたアスタバンは、落下した山中で最後の時間を過ごす。その手の中にあった骨の聖石は、爆発によりすでに失われた。何も持たないその手を、アスタバンは宙に向けて伸ばす。
「…ここは…寒いな…ドゥバン…。おうちに…帰ろう…」
その手を握りしめてくれる者は、もう誰もいない。




