42話 肝臓、超爵の聖石③
「なに謝ってるのよ、そんなの言いっこなしよ」
違う、そうじゃない。それもあるけど、アカネの子を流産させようと思ってしまったこと、これを謝りたかった。でもそんなの言い出せない。ただ謝ることしかできない。この真意を悟らせてしまったら、きっと気を遣わせてしまうから。
「それでも、ごめん」
「…うん、ありがとうアルくん。お互い手伝っていきましょ」
アルとアカネは目の前に現れる敵へ目を向ける。ちょうど超爵の頭部が再生し終えたところだ。再生中に攻撃すればそれで終わったかもしれない。…逆に、それが罠だったかもしれない。今再生中だから何もできませんという様子があからさますぎた。徳川家康は武田信玄にボコボコにされてうんこしかぶりながらおうちに逃げた際、城門をあえて開けっ放しにしたという。どうせ負けるんだからいいよ開けといて、と。しかしその門を見た信玄は罠を警戒し、撤退したという。この超爵の全力再生はどっちだったのだろうか。
再生が終わっても超爵は動かない。その場で立ち尽くすのみ。光の無い目が虚空を見つめるのみだ。罠にせよ本当に意識が無いにせよ、今は攻撃を繰り出すしかない。この場のどこかにはもう一人、化け物溶かしたドゥバンの兄も潜んでいるに違いないのだ。
「アルくん、アイツ再生能力がすごいんだぞって言ってた、肝臓並の再生力なんだって」
「そうだね、でも無限の再生なんてできるわけがない。それ以上のダメージを与えれば…」
アルの魔力はほぼ全てがアカネの義手に移譲されている。一度放出した魔力を再度取り込むということができる人間は少ない。少なくとも、アルはできない。一度出したうんこをまたお腹に戻すことができないのと同じように、それをするには特殊な技術や道具が必要だ。
アルは自分たちの付近に焼け落ちた超爵の細胞へ目をやる。いかな再生能力と言えども、細胞自身が死滅してしまえばどうしようもない。人の細胞は42度以上の体温に長時間耐えることができない。細胞を構成しているたんぱく質が凝固してしまうためだ。赤い衝撃『フレイムインパルス』の名を持つアルならば、細胞を焼殺することなど天津甘栗の殻を割ることよりも簡単だ。
「けど、俺の魔力はほぼカラだ」
「私の腕にあるものね。大丈夫、やってみせるから見てて」
アカネの腕から放たれる数多のワイヤーが超爵を絡めとる。このワイヤーもアルの魔力を宿すハイパーチタニウム合金製。からめとった超爵にアルの魔力から作り出す高熱を叩き込む。肉の焼ける嫌な臭いと共に、超爵の肉体が燃え盛り、黒く焦げていく。そのまま1分弱ほどで、超爵は崩れ落ちた。
「…やったか?」
「アルくん…」
焼け焦げた超爵の肉体から、何かの破片らしき物体かポトリと落ちる。あれほど燃えていたのに、その物体は焦げ一つついていない赤黒い、乾いた何か。地面に落ちたときの音から鉱物ではなさそうだ。まるで干物の様な…。
「あぶない!」
「え?何!?」
アルは突然叫び、アカネを押し倒す。直後、アカネの立っていたその空間を斬り裂くように、何者かが横断し、超爵の…いや、超爵から零れ落ちた物体の元へと降り立つ。30代後半と思われる若くない男だ。その顔に見覚えは…ない。全くない。しかしアルはその男こそ化け物と化したドゥバンの兄アスタバンだと瞬時に理解する。超爵と同じく闇のパワーを宿すそれは、もはや人間ではない化け物だからだ。ちなみにドゥバンと顔は全く似ていない。ドゥバンは童顔だ。まだ10代後半の幼い顔つきだった。
「随分歳の離れたお兄さんなんだな」
「失礼な、私はまだ22歳なんだがね」
「うせやろ!どう見たってアラフォーやないか!」
「アルくん、何そのべしゃり方…?」
その男は足元の物体を拾いあげる。その物体が何なのかはわからないが、このお兄さんはこれを取りに来たということか。
「まぁいいや、それが欲しいなら上げるからもう帰りな」
「…そうしたいところだが、この私にはもう一つ目的があるのでな。君たちの首を頂こう」
「はぁ…やっぱりかぁ…」
「フフフ、この骨の聖石に選ばれた新たな亡霊勇士アスタバンの、最初の手柄になるがいい、勇者の子よ!」
魔力も尽きた今、アルに抵抗する手段は残されていない、せめてアカネだけでも逃がしたいのだが…。
「フフフ、超爵はしぶとかっただろう。疲弊した君たちなら私の価値は揺るがない!」
バゴン!と音を立ててアスタバンの胸部から肋骨が露骨に露出する!
「我が骨は鉄より硬い!さぁ噛み殺してやろう!」