40話 父子、血は繋がらなくとも③
その男はアルを一瞥した後に、地に伏せているアカネを抱き起こす。その動きで意識を取り戻したアカネは、目の前の男の名を反射的に口にする。
「ラファエルくん…?」
ラファエル。そうだこの男はボスにそう呼ばれていた。アカネが市役所で助けてくれたという男がラファエルと言っていたが、なるほど聞き覚えがあるわけだ。つまりこの男は加害者の癖に素知らぬ顔で被害者のアカネに接近してきた不届き者なわけでつまり許せん!
「おい、その手をどけろ…」
がんばって不届き者ラファエルを威嚇するアルに、少し震えた声が帰って来る。
「2回目だ」
なにが2回目だというのか。アルはすぐに察しがついた。
「茜ちゃんはお前の近くにいるからこんなことに巻き込まれる。お前のそばにいちゃいけないってことだよ」
市役所での1回目の襲撃、2回目の超爵の襲撃。そのいずれもこの男が窮地を救ったのを自慢しているのだろうか、何様のつもりか。ムカムカして言葉を返せないアルを置いて、超爵が首だけで言葉を紡ぐ。喉は切断され肺とはバイバイしているのにお話できるとは、この生物完全に人間ではない。
「何者かは知らんが、驚いたな。私の首を刎ねるとはね。アル、私の首を胴体まで運んでくれないかね?」
「うるさい黙れ、もうお前はどうでもいい」
グシャリ。超爵の頭を左足で踏み潰す。その手応え(足応え?)は、やはり人間のものではない。いや人間の頭部を踏み潰したことは(たぶん)無いからわからないが、頭骨だの脳ミソだかカニミソだかカニカマだかそういう臓物とはなんか違う感触。何と言うか、全体的にやわらかい。
「いいからその手をどけろって言ってんだヨ…」
もはやアルの興味はラファエルに完全に移っている。あの時わざわざ見逃してやったとうのに、自分の知らない場所でアカネに近づいていたというその愚行。もしアカネが思い出していたらと思うと、怒りがこみあげてくる。もちろんアカネはあの山奥で男たちの慰み者にされたという記憶を忘れているわけではない。忘れられるわけがない。アカネがうなされ、男を拒絶する寝言を口にすることも珍しくない。
「…それを選ぶのはお前じゃない。茜ちゃん、俺が君を守護る。君と、君の子をこれから守護ってみせる…!」
君の夫に、君の子の父に。ラファエルの決意。自分の子である可能性は0ではない。たとえ血が繋がらなくても、アカネが選んでくれるなら、許してくれるなら、責任を取るために。
「お前がそれを言うかアアアアア!」
アルの叫びが刃となって、ラファエルへと迸る。
バキィン!と物質化した魔力の刃を弾く音。ラファエルの右腕が、それを弾いた。いや、それは腕ではない。肉も骨も無く、血も通わない無機物の腕。自らの腕を捨て、手に入れた力。魔道金属メタトロンで造られた魔法の腕マジックアームが、ラファエルの言葉を真実へと変えていく。