40話 父子、血は繋がらなくとも②
「この娘がそんなに大事かい?」
ブラッド超爵がそう言いながら、両手を縛ったアカネを引っ張り出す。暗くて良く見えなかったが、アカネを足元に眠らせていたようだ。それを確認してすぐさまアルは飛び出すが、超爵もアカネを連れて一瞬で姿を消す。あとには超爵の声だけが部屋の中で響いてきた。
「屋上で待っている…そこのベオウルフも一緒に連れてくるんだぞ」
「ちょ…!俺は関係ない…でしょうが!」
なんと理不尽な!ベオウルフも驚きを禁じ得ない。
「さーご指名だから一緒に行きますよ」
「チクショー!お前のせいだからなー!」
カリバリン宅の屋上は月明りに照らされて思いのほか明るい。まるで月がこれから再会する二人の為に気を利かしているかのように、懇々と照らしているかのようだ。屋内では距離が少し離れるだけで顔が分からなかったが、ここなら先ほどの声の主の顔が見えるだろう。あの声はどこかで聞いた記憶のある声だった。…まあ失った記憶に特段興味は無いのだが。
「いらっしゃい、今はアルだったか。人間みたいな名前名乗ってんのネ」
先ほどの声が耳に届く。今まで誰もいなかった屋上のど真ん中に、その男はいた。年代は初老といったところか。白いヒゲがそこはかとなくナイスミドルな、そして鷹のように鋭い目が印象的なその男。やはりどこかで見た記憶がある。
「超爵~!俺は関係ないっスからね~!助けてくださいヨォー!」
犬みたいな名前のペロくんは今にも土下座しそう、しかし超爵は全く相手にする様子はなく話を続ける。
「記憶はまだ戻っていないようだな。君とは親子のように過ごしていたというのに悲しいことだ」
「親子…?」
「そう、私は君の後見人さ。フィリップ伯…今は亡き父親の方な、奴が東方不敗…今はゼファーか、あの子の後見人だったようにね」
「はへー」
アルは特に興味が無い。どうせロクでもない生活してたんだろうなと予想できるし。それにフィリップから聞いている。魔王軍の幹部と相打ちさせるために一人で突っ込まされたらしい。記憶を失う前の自分はよくもまぁそんな命令を聞いたなぁと感心すら覚える。
「どうだね、アル。私と一緒に来ないかね?君の生存は誰も、グランガイザスも知らない。グランガイザスが恐れた君の力で一緒に王を目指さないか?」
「恐れた?」
「そう、どうせもう知っているのだろう。委員会はお前を捨て駒にしようとしたこと」
「らしいねー。父親みたいな後見人も守ってくれなかったみたいだしねー」
「耳が痛いな。まぁ当時はグランガイザスが君を恐れていたことは知らなかったのだよ。ただ膨大な魔力をコントロールできない暴走の危険性があるから、と聞いていたからな」
「本当の理由が、グランガイザスが怖がってたということか?」
「その通り。君の力は勇者ジャスティスの力に最も近いのだよ。その力を恐れたグランガイザスは生まれて間もないお前に封印を施した。魔力をコントロールするのは感情だ。感情を消してしまえばその力を操ることすらままならないからな」
フィリップやゼファー、ビィから聞いたかつての自分は、まさに人形だった。そんな自分が今じゃ人並みの感情を持っている。何が理由かは定かではないがその封印が解けたということに違いない。
「…なるほど納得した。ただグランガイザスの手下に過ぎないお前の元に行くつもりは無い」
「話を聞いていなかったのかな?グランガイザスが恐れたお前と新たな力を得た私なら…」
超爵が最後まで言う前にアルが割って入る。
「あンな、俺は今働いてンだよ」
突如関係ない話を始めるアルに超爵は困惑して話を止める。
「…?何を言っている?」
「職場は猫カフェでな。猫さんってのはな、一度信頼を失うとダメなんだ。人間に裏切られた猫さんがまた人間を信頼してくれるようになるにはな、すごい時間がかかるんだ」
「やっぱ猫よりカエルだな。アフリカウシガエルめっちゃかわいい。生きた餌しか食わねぇのがかわいい」
アフリカウシガエル派のペロが勝手に納得しているが、今は真面目な話をしているのでアルは無視する。
「俺の信頼を得たいならもっと誠意ある態度見せるとかしろってことだ…。テメエ、グランガイザスからの貰いモンの闇のパワーを内側から漏らしながら言ったって説得力無ェンだヨ!」
その叫びがアルの魔力を発動させる。アカネに被害が及ばないように、最小限かつ最大の効力を得られる魔術、超爵の脳内にごく小規模の爆発が起きる!小さな爆炎が、超爵の命を刈り取る…はずだった。
「その程度の威力では私は殺せんよ」
「な…!?」
無傷なはずがない。少なくとも脳出血くらいはしてもおかしくない。グランガイザスの闇パワーによって生物的に変異しているというのだろうか。いや、そうに違いない。奴はもはや人間ではない。先ほどドゥバンが言っていた兄がバケモノに入れ替わっていたという話。入れ替わったといよりそうなってしまったのだろう。この超爵のように。ドゥバンはそう思いたくなかったが故のあの言い方だったということか。
「まったく、そんなにこの娘が大事かね。…こんなどこの馬の骨とも知らない男との子を孕んでいる娘がねェ…」
アカネが眠っているから良かった。もしアカネがその暴言を聞いていたらと思うと、もうね、キレそう!アカネの妊娠の経緯は自らが望んだことではないというのに。この男は化け物だろうが何だろうが今ここで必ず殺さねばらなない。暗い炎の決意がアルの心を燃やす。その憎しみを込めた眼差しが、この場にさっきまでいなかった男の姿を捉えた。
「俺の子だよ!」
その男は超爵の背後に突然やってきて、叫びとともに超爵の首を刎ねた。
「お前…」
俺の子。その男がそう言うのも理解できる。そいつは、あの日、あの場所にいたあの男。アカネを抱いた男たちの一人、ゴート山賊団の平社員、人の顔を覚えるのが苦手なアルでも、あの山賊団の連中の憎い顔は忘れられるはずがない。