40話 父子、血は繋がらなくとも①
アルがカルバリン男爵宅へ向かってきているとの報告は、ブラッド超爵が市井に放った草によるものだ。アルが姿を消したあの日以降、本当に消えたのならばそれで良かったのだが残念ながら生きながらえていた。その事実は委員会の誰にも報告はできずにいた。もし知られたのならば責任の追及か、もしくは委員会に牙を剥く背信者に取り込まれるか。特に後者は避けなければならない。アルの力は勇者ジャスティスの力に最も近い。勇者量産計画のコンセプト的には一番の成功例なのだが、王さまはその力を不要と決断した。今にして思えば王様の正体はグランガイザスだったわけで、つまり自分を殺しうる力になるわけだ。勇者量産計画の本当の目的は勇者を人為的に作ることではなく、魔王グランガイザスにとって優秀な兵隊を作ること、自分を殺しうる力は不要である。
そして現に、アルは委員会…今は亡霊勇士と名を変えたグランガイザス親衛隊に反旗を翻すフィリップ伯爵に抱きかかえられてしまった。今更人間社会に見切りをつけたブラッド超爵にとって責任追及を恐れる必要は無いが、せっかくグランガイザスから与えられたこの力を試すいい機会と始末に向かったのが先日の襲撃であり、そして今決着を付けようとしている。グランガイザス産の聖石の力、殺意をカルシウムで固めたこの石がもたらす超パワーと、新技術エイリアスボディにより流星の力を再現した肉体ならば恐れるものはほぼ無いに等しい!
「あれ?お前は?」
「ゲ…、お前…」
カルバリン男爵宅玄関前でアルは見た記憶のある顔に遭遇した。たしか名前は…
「えっと、ペロ…なんとか」
「ベーオーウールーフ!ベオウルフですー!頭悪いな!」
あぁ確かにそんな名前だった気がする。人の名前を覚えられないなんて本当に頭がおまぬけさんかもしれないとちょっと自分が嫌になる。そんなアルを見ながら、悪いのは頭じゃなくて性格か…と心の中で呟くベオウルフであった。
「で、何してんの?飼い犬らしく番犬かい?中に入れないのかわいそうだね」
「…あーそーだよ!どうせ俺は雇われただけさ、中に入れるのは騎士様とかだけだよ」
やっぱり性格悪いなコイツと確信し、でもそれは事実なので素直に認める度量をベオウルフは示した。大人は簡単に腹を立てたりしないのだ。
「そうか、じゃあ俺も入れないけど…でも明日来いって招かれてるから入って良いよね」
「あー、確かにそう言伝が…って明日じゃねぇか!ダメだろ!」
「ん…?じゃあ番犬のお仕事する?」
「う…」
どうせ力づくで来られたら勝てるわけがない。それに中で起きたあの騒ぎ、どうせロクでもないことが起きているに違いない。ここでアルにわざと負けて止められませんでした~、と言い逃れの証明でもしておこうと、ベオウルフは果敢にアルに立ち向かう。
「なめるなーこのー」
棒読み気味でアルに斧を振りかざすベオウルフ。このままカウンターを喰らってあとは気絶したフリでもしておこう、いや気絶はしてしまうかこいつ強いし…と妙に冷静なベオウルフを、アルは殴らなかった。
「え?」
斧をひらりとかわし、そのまま首根っこをつかまれ、屋敷内に引きずり込まれてしまう。
「待て待て待て!行くなら1人で行けよ!」
「細かいこと言うなよ、かわいそうだから中に連れてってあげるからさ」
やっぱりこいつ性格が悪い…!あぁどうしよう逃れられない!玄関を潜るとすぐに鼻を突く血の臭い。アルもすぐに直感した、この屋敷内に蔓延る死の空気を。
「ペロ、この屋敷の偉い奴はどこにいる?」
「犬みたいな名前で呼ぶなよ…応接室かな、今日は来客が多いし。お前は客じゃねぇからな!」
ペロの案内で応接室に近づくと、死臭がどんどん強くなっていく。応接室の扉の向こう側は間違いなく惨劇の現場だろう。
「おい、本当に開けるのかよ…やめろよ~…」
ペロの懇願を無視し、アルが足で扉を蹴破る。案の定、応接室の中はあちこちが赤く黒く、そしてちらほらと白い固そうな物体、ピンク色のやーらかそうな物体が飛び散っている。ペロは応接室の上座の位置にいる男爵の死体を目にして言葉を失う。
「死体ばかりか…いや、アンタは…」
一人、まだ生きながらえている男がいた。その顔は今日見たばかりの男、フィリップ邸に押し入った兄弟強盗の一人。
「誰か…いるのか…」
「おい、何があった?」
その男の肉体の損傷は生きているのが奇跡としか言えない。四肢は不自然に折れ曲がり、腹からはモツがどろりと飛び出ている。出血もひどく、そして目の前にいるのが誰かもわかっていない。光も失っているのだろう。死ぬのも時間の問題だ。
「バケモノだ…兄さんを殺して…兄さんに化けて…くそ、剣はどこだ…奴を殺さなきゃ…」
こっちは弟の方か…名はたしかドゥバン。そしてその兄アスタバンは、ここに向かう道中にゼファーから始末したと報告があった。ゼファーがそんな嘘をつくとは思えないし、彼の言うことは真実なのだろう。もしくは最初からバケモノで死んだふりをしたか…どっちにしろバケモノには違いない。
「…あのバケモノはお前の兄の仇だったか。安心しろ、もう奴は存在しない。俺がやったから」
「そうか…それはよかった…安心、したら…疲れたな…」
「あぁ、今は休め」
「そうするよ…」
死んだ。アルは当然その化け物を殺しても、見てすらもいないが、今にも死にゆく男が安心して逝けるようについたやさしい嘘。それはドゥバンを安らかに送ることができただろうか。ただ確かなのは、そんな嘘をつくように彼はアルを育てていないということだ。
「赤い衝撃…なぜわざわざそんな嘘を言うのかね…」
いつの間にか、応接室上座の横にある階段から繋がる二階通路の真ん中にいた、アルを昔のコードネームで呼ぶ男。その尋常ではない気配にペロはすっかり腰が抜けてぺたんとおすわりしている。
「ひぃぃ…ブラッド超爵…」
「よう、アンタが誰だか知らんが来てやったぞ。アカネさんを返してもらおうか」




