39話 亡霊、18年前の敗北者に尾を振る老人たち①
「おかえりなさい、ブラッド超爵…その女は?」
「ふむ、不出来な息子をとっちめに行ったが偽物がいてな。だから代わりに女を攫ってきた。けっこうおもしろいぞこの女、四肢が魔界の希少金属でできた義手義足だ」
「はぁ…」
カルバリン男爵邸にアカネを連れてきた謎の影、その正体は委員会委員長ブラッド超爵だった!彼の言う息子とはいったい誰のころだろうか?
「う…」
「おや、おはよう」
ブラッド超爵の肩に抱えられたまま目を覚ましたアカネは、現状が理解できないでいるが、一生懸命何が起きたか思い出す。そいやフィリップ伯爵の手下さんのメガネをかけたいかにも頭がよさそうな人、ブレインと言ったか、その人がアルを借りたいと連れて行って以来フィリップ伯爵の兵隊に身辺警護を受けながら生活をしていた。ラファエルと外出することもあったが、どうもラファエルは落ち着きがない様子だった。
「あなた、誰…?」
「私はブラッド・フォルファントリー36聖、王国最強爵位の超爵の地位を代々受け継いだ上級王国民一族フォルファントリー家の現当主、言わば極上級王国民よ」
もしかしたらラファエルが落ち着かなかった様子は、こうなることを警戒していたのかもしれない。なぜ自分が狙われるのか、理由は一つしか思い当たらない。王国の闇、委員会の秘蔵兵器『赤い衝撃』ことアルだ。この超爵はグランガイザスの手先かもしれない。
「さて、赤い衝撃を怒らせるなら君を殺すのもありだったんだがね。君は運がいい。資格あり、だ」
「私がわからないのをわかった上でそれっぽいこと言って、私にどういう反応を期待しているのかしら?どうせ聞いてもはぐらかすんでしょう?めんどくさい奴なのね超爵様も」
理解はできないがどうやら何か理由があってこの超爵様は自分を殺すことができないんだなと理解し、アカネは精一杯超爵を煽る。高貴な血筋に生まれた超爵はへーこらされることには慣れてても煽られることには不慣れな様子だ。言葉に一瞬詰まった後、そういうことかと得心した表情でアカネに呟く。
「…いい性格してるね、君。なるほど、君のせいかアイツが変わったのは…」
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「兄さん…誰か追って来てる…」
「ふむ、あのスピードとかいう早い奴か?一人なら我らの兄弟殺法ですぐに始末できるだろう」
「…いや、違う!アイツよりもっと速い!」
追ってくる気配に気付いたドゥバンとその兄アスタバンを、一瞬で追い抜くまるで烈風のような少年。その顔は兄弟がさきほどフィリップ宅で遭遇した赤い衝撃の顔と同じものだった。
「赤い衝撃!まさか追ってきたのか!」
「兄さん!アイツはヤバいよ!アイツがいたから逃げたってのに!」
「テメェら、誰と勘違いしてんだァ…?俺はゼファー!フィリップにちょっかい出したからには生きて返さねぇ!変死体にしてやんヨォ!」
その少年はゼファー、委員会のジャスティスファミリー人間兵器2番機!コードネーム東方不敗!フィリップの緊急事態の報を受けイクスシェイドの空間転移ですぐさまローシャ市へと舞い戻ってきた。フィリップがあえて追手を出さなかったのはすでにゼファーを向かわせていたためだったのだ。
「フィリップに懐いてた不良品か…しかしその強さは本物だ。ドゥバン、ここは私が引き受ける。おまえはすぐに超爵のもとへ向かえ」
「兄さん、相手がゼファーとは言え一人じゃ危険だ!ここは一緒に!」
「バカ者!目的を忘れるな!行け!」
「!…ごめん兄さん!」
うだうだと茶番を続けるのかなと様子を見てたゼファーだったが、たったの四行で別れを済ませた兄弟に拍子抜けする。
「なんだ…もっとでもでもだってするかと思ったのにヨォ…退屈させてくれんぜ」
「フン、甘く見るなよ東方不敗。私にも腕には自信があるのだよ…」
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「バカな…!無い!あの石が…!」
あっさり退いた兄弟に違和感を覚えたブレインは、もしかしたら兄弟が最低限の目的を達成したために退いたのではないかと察し、その隠し場所、書斎の真ん中にある引き出しの二重底をフィリップに確認してもらう。案の定、その場から石が失われていたのだ。
「伯爵…石って何なんです?」
純粋な好奇心からブレインは石について伯爵へ確認する。伯爵は石が何なのかははっきりとはわかっていない様子であったが、知っている情報から何かがわかるかもしれない、と。
「私も知らないんだが…。ただ聖石と奴らは言うが…あれは石ではない。そう、言うならば骨…のような気がする…」
白い色をした掌にすっぽり収まる程度の小さな塊。石というには妙に軽い。ぶつけたら欠けそうな少し脆そうな、その奇妙な物質を委員会入会の記念品と言われて受け取ったが、その物質が放つ不気味な雰囲気に不吉な予感を感じ、フィリップは机の中に隠していた。こうして狙われたことからやはり何か秘密があったのだろう。
「奪われたんスか…」
「アル君…!」
さっき出て行ったばかりのアルがもう戻ってきたことに驚いて振り向いたフィリップは、アルが抱えてきた一人のケガ人にさらに驚く。そしてその顔を見て、三度驚く。そのケガ人はアカネの護衛に配置したフィリップの私兵だったのだ。
「とりあえず一人だけ連れてきたんで、ブレインさん治癒魔術をたのんます…治療されながら説明してくれ」
「伯爵…暗くてわからなかったんですが…何者かがアルくんを殺しに来て…でもいなくてだからアカネさんを攫って…」
「奴は石を持ってカルバリンちに来いって言ってたんスけど…石持っていかれてるならしゃーないッスね」
「行くのか?」
「えぇ…マジで奴は殺さないと気が済まないんで…」
フィリップが知る限り、赤い衝撃は感情が不自然なほどに欠落した、まるで人形のような少年だった。その赤い衝撃がこれほどまでに頭に来てるということは、あのアカネという少女が彼に人間らしい感情を与えた存在なのだろう。故に大切に思っているアカネのためにこれほどまでに怒りに震えているということか。
…本当にそうだろうか?委員会から姿を消してからわずかな期間で、これほどまでに人間らしい感情を取り戻すのか?フィリップが感じたその違和感。
(まさか…)
その違和感の正体が何であれ、ここでアルを止める理由にはならない。ひとまずは聖石を取り戻すことが先決だ。ゼファーには戻ってもらい、アルにカルバリン男爵と、その背後にいる委員を仕留めてもらうことにする。本当はゼファーと一緒に向かってもらうのが良いのだろうが、敵はフィリップの暗殺も企んでいる様子だ。ゼファーには護衛についてもらうことにする。
「宿の周辺にアンタの兵隊たちがぶっ倒れてるからすぐに救助を手配したほうがいい。じゃあ行ってくる。土産はいりますかね?」
以前からは考えられないアルのジョークに、フィリップは少し笑みを浮かべて答える。
「聖石と、カルバリン男爵の首と、その背後の委員の首を頼む」
「りょーかい」