3話 敗北!スクラムクレイモア!
ラムザ砦へと潜入した斥候スケルトンたちがカチャカチャと砦内部を捜索している。もぬけのからと確認し、トッシュとギャミ、そしてギラビィが砦の最奥へと到着した。
「…誰だテメェ?」
その姿に真っ先に気付いたのはギャミ。人間の臭いに敏感であり、故にトッシュに対する文句も人一倍多い。誰もいないはずの砦にはなぜかただ一人、不自然なほどに異質な存在がそこにいた。
「君たちを殺してこいって言われた」
そう答えたのはまだ子供に見える。ギャミが掴んでいる騎士見習い心得の少年ランと同じくらいだろうか。13歳程度に思われる。そんな子供がなぜ最前線であるラムザ砦に残っているのだろうか?残っていたのならばなぜスケルトンは気付かなかったのか。
「ほう。誰にだぁ~?騎士団の連中もこんなガキを時間稼ぎかなんかに置いてったのかな~?ん~?」
ギャミはランを見ながら嫌味ったらしく言葉を紡ぐ。二人ともその言葉は耳に届かないのでギャミはちょっと寂しい気持ちになる。それもそのはず。自称勇者の子供はお話に来たわけではない。魔族の首を取りに来たのだから。会話する気など毛頭ない。最小限の意思を伝達すれば十分である。一方、ランはこの少年に全くの見覚えが無く、それゆえ驚きを画せずギャミの言葉も入ってこないのだ。
(誰だろうこの子…ボクと同じくらいの子なんてここにはいないのに…)
そんな子供がいたら騎士団長のジョニーは間違いなく逃がさないだろう。ランと同じように毎晩毎晩寝るまで腰を打ち付けられていただろう。つまり、この少年は騎士団にいなかったに違いない。ではなぜこんなところに来たのか。魔族を殺すため、そう言った勇者の少年は剣を抜き、ギャミへと歩み寄る。目的は告げた。あとは実行することしか考えていない様子だ。その異質な雰囲気にギャミは警戒する。
「なんだこいつ…」
「刺客ってことなんだろ、どいてろギャミ」
トッシュはこの少年の強さを見抜いた。その歩みは全くの音を立てず、まるで相手を意識していないかのような冷たく見据えるその目は、殺気の全く籠らない剣と相まってまるで花を摘むかのように簡単に首を刎ねてきそうな恐怖すら感じられる。
トッシュはスクラムクレイモア・ソードフォームを構え駆ける。大きく振りかぶって…袈裟斬り!しかし空振り!床を斬り裂いたスクラムクレイモアの刀身を足蹴にする少年は、次の瞬間にはトッシュの首に剣を当てていた。
「!」
ギリギリのところでスクラムクレイモアを離して後方に飛びのく。その剣速は達人の領域だろうが、異質だった。達人の領域と言えども騎士団長ジョニーの方が速かったのだ。なのに反応に遅れた。殺気が無いその剣はトッシュの探知をすり抜けてしまうのだ。この気配のなさがスケルトンたちの探知から逃れたトリックなのだろう。目を持たぬアンデッドは自らに向けられる恐怖や怒りを頼りに生者を狩る。アンデッドに対し一切の感情を持たぬ物はすなわち石ころと変わらぬのだ。
「ブリガンディフォーム!」
「…!」
足元の剣が分割されトッシュのもとへ向かい鎧と化す。さすがに驚いたようだがそれでも反応は薄い。
(このブリガンディフォームの防御力なら万が一斬られても致命傷は防げるだろうが…なんだあの余裕は。いや、余裕なのか…?もっとこう…まるで空っぽだ)
鎧を特に意識した様子もなく、少年は剣を構える。殺気は相変わらず感じられない。そのため反応に遅れてしまう。気付いたら懐に少年は潜り込んでいた。
「ぬぅ!」
トッシュが咄嗟に繰り出したのは暗黒新陰流極伝・無刀取り!両手で相手の剣を掴み奪う活人剣に属する技である。剣はあっさり奪えた。が、少年もまた先ほどのトッシュの様にあっさりと剣を手放したためだ。両手が塞がっているトッシュに少年は不穏な動きを見せる。ゆらりと右手が動いた。トッシュは牽制のヒザ蹴りを繰り出す。ヒザから生えるブレードは当たれば少年を問答無用で斬り裂く致死の刃!しかし不発!膝蹴りを繰り出そうとした直前にヒザのブレードの根元をその右手で抑えられたのだ。少年は右手でトッシュの動きを誘い、まんまと体勢を崩したトッシュに左手を差し向ける。
「さよなら」
「おい!ちょ…!」
少年の左手が輝く。魔術も使えるのかとトッシュは驚くが驚いている場合ではない。このままでは魔法に吹き飛ばされてしまう。ブリガンディフォームを緊急パージして逃げるしかない。背面に離脱用の穴を開け抜けた瞬間だった。少年は右手に握る膝パーツを思いっきり横にぶん投げる。ズルゥ!とまるで皮を剥かれたようにブリガンディフォームの中身が露出してしまう。
(やべ!)
咄嗟にトッシュは両手で挟む少年の剣を捨て投げ捨てられそうになる鎧の右肩から剣を抜く。トッシュは剣で少年の首を落とさんと振るう。少年の左手の魔法も発動する。
「…!」
ギャミは二人の一瞬の交差の後、天を貫かんとする光の柱が唸りを上げるのを見た。砦から大きく伸びるそれは爆発によるものだった。轟音と爆風を伴うその光の奔流がギャミとランを吹き飛ばす。光と風が収まったとき、ギャミはその場からトッシュの姿が消えていることに気付いた。。
「…トッシュ?」
その場に散らばるスクラムクレイモアの残骸。ギャミは悟った。トッシュは敗北したのだと。
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チチチチチ。まどろみの中聞こえる耳障りの良い穏やかな小鳥の囀り。彼は顔に当たる日の光を感じて夜が明けたことに気付き、ゆっくりとその場で目を覚ました。
「ここは…どこだ?」
そこは見覚えの無い場所。森の中柔らかい木漏れ日が目覚めを待つように彼を照らしていた。その手に剣を持つ彼は、その片刃の剣になにか違和感を覚える。それが何なのかは、見たことがある気はするがよくわからない。彼は何も覚えていなかったのだ。なぜその場所にいるのか、なぜこの剣を持っているのか、そして…自分が誰なのか。
「いやー!」
突如耳に届く悲鳴。彼は咄嗟に声の方へと駆ける。現場はすぐ近くだった。二人の男が一人の女の子を囲んでいる。彼は見過ごすわけにはいかないと男たちを止める。
「えっと、そこまでにしよう」
「あぁ?」
彼のとりあえずの制止に男たちは振り向き、驚いた。
「な、なんだテメェ!なんで裸なんだよ!」
「え?あ、ほんとだ。…なんで?」
「知らないよ!」
男たちは突如出現した剣を持った全裸の男に驚く。二人は気を取り直して、さきほど言おうとした言葉を口にする。
「とにかく!邪魔すんじゃねぇ!ぶち転がすぞ!」
「転がしてどうする!殺すだろ!」
変質者の制止に気が動転しているのかうまく言葉が出なかった男。全裸の刃物を持った男だ、怖くないわけがない。そして少女は助けがきたと思ったらまた変質者が来てしまったと頭を抱えてしまっている。
(もう勘弁して…)
ガッシ!ボッカ!男たちの乱闘の音が聞こえる。この死闘の音が止んだ時自分はまた山賊に汚されるのかと思うとこの場から逃げたい気持ちで溢れる。
(ていうか今の内に逃げれるんじゃない?よし、GO!)
男たち同士で交わっている今がチャンス!その場から逃げるべく少女が駆け出すと、全裸の変質者から腕を掴まれてしまった。
「もう大丈夫」
「大丈夫じゃなーい!たすけ…え?」
全裸の変質者はあっという間に男二人をあっという間にのしていた。そして少女を襲うつもりはないのか、彼は少女に懇願する。
「とりあえずなにか着るものをくれない?」
「斬るものって持ってるじゃん…あぁ、着るものね…」
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「で、君は記憶が無いのね」
「そのようで。手掛かりも無しだ」
裸じゃなくなった変質者は、案内された少女の家で身の上話をする。と言っても気付いたらあの森にいたということだけしかわからない。なぜいつどうしてあんな場所にいたのか?服が残っていれば身分証明の類があったかもしれない。
「んー。とりあえず君をなんて呼ぼうか?なんて呼ばれたい?」
「…さぁ。好きなように呼んでくれればそれでいいけど」
「じゃあ、アルベルト!昔この村を救った英雄の名前!18年前の魔族との戦いで死んじゃったけど、アルベルトのおかげでこの村は滅びずに済んだんだ。君もすっごい強いみたいだし…でも英雄アルベルトの名前は変質者には贅沢ね。アル…アルでいいわね」
好きで全裸だったわけではないのだが、多分ちょいちょいこれでいじられるんだろうなぁと諦めた。実際第一印象は大事である。就職活動の面接はしっかり身なりを整えなければならない。相手は何も知らないのだから最初は第一印象が判断の全てとなる。全裸などもってのほかだ。
彼はアルという名を貰い、自らの情報を集めることにした。手掛かりは持っていた謎の剣。その剣は片刃で、その峰はまるで一本の大剣を中央から真っ二つにしたようにきれいな平面、というより断面をしていた。鍔の部分に窪みがあり、その周辺には摩擦で摩耗したような痕跡が見られる。窪みの部分を何かで挟んでぶら下げて、そこから引っ張って取り出したときにできるような傷だ。
「奴らが来たぞー!」
「逃げろー!」
突如家の外から響く悲鳴、叫び。ミサキの家があるインサラウム村まで来る途中に説明された、この近辺を縄張りにしている荒くれもの、ゴート山賊団がやって来たのだろう。さきほどミサキを襲っていたのもそいつらだ。こんな田舎では騎士団も常駐しているわけではなく、近隣の村も含め何人も奴らに攫われている。2か月前、ミサキの姉も攫われてしまっていた。
「姉さんはもう殺されているかもしれない…アイツラを放置してたらまた誰かが…でも騎士団なんてこんな田舎に来てくれないし…」
「…」
山道で聞いたミサキの嘆き。アルはミサキ宅から発ったらまず山賊を壊滅させようと考えていた。さきほどのヒラ山賊はクソザコだった。おそらく山賊の管理者であろうと大した強さは無いだろう。記憶は無くとも自らが持つ力はわかる。あの程度の有象無象など敵ではない。アルはミサキの変質者いじりから逃れるために一人で行こうと思っていた。恩を売るつもりもなかった。が、現在村に襲撃があっては仕方ない。今やっつける。
「じゃあ行ってくる」
「…大丈夫なの?」
「余裕だろ」
ミサキは止めない。彼女には打算があった。山賊を一蹴する全裸の強者。彼をもてなし村を守り山賊を討伐するよう仕向ける。彼が望めば抱かれることすら厭わなかった。どうせ初めてではない、既に山賊に汚されている身だ。これで復讐をしてくれるなら安いものである。山賊を壊滅させる最大のチャンスなのだから。
「ごめん…アタシ、そうなると思って君を連れてきた…」
「気にするな。俺も最初からそのつもりだった。そのかわり帰ったら食事おごってもらうからな」
「…うん。気を付けて」