34話 正義、この道の行先①
「うん、たぶん君はビィくんだね。アルくんとビィくんまとめて相手にしたかったけど仕方ないね」
フォーゲルがごつめの剣を抜き払う。ビィに対して余裕の表情で、全く警戒のそぶりも見せず歩いてくる。まるで撃ってこいと言わんばかりに、堂々と。ビィとしては肉体派ではないのでガチンコで戦う気は無い。ちょうどアルの名前も出たことだしこれを口実に一旦退散しようと画策する。
「あっ、そーなの?じゃあアル連れてくるから待っててくださいね。そうだおたくんとこのアレックス・アトラスコンビと2対2で…」
「いないよ」
「えっ?」
「アレックスとアトラスはあのゼファーくんがやっつけてしまってね。だからあの3人が新しい三騎士というわけだ。さて、とりあえず君の力見せてもらいたい。本気で行くから死にたくなかったら全力で戦いたまえ」
がーんだな、出鼻を挫かれた。ここから離脱する口実をビィは取り繕う。
「えっと、僕は理系なんでご期待には応えられませんよ…?僕は頭脳労働が担当なんで」
「そうか…それは残念だ…」
わりと本気でがっかりした様子のフォーゲルに、不戦敗でいけるか?とビィは期待するが…甘かった。グラニュー糖より甘かった。
「なら役に立たないし死んでもいいか」
「げっ]
すごい速さでフォーゲルが距離を詰める。気付いたら目の前に振り下ろされるフォーゲルの剣が迫っていた。
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「ジャスティス、これは何の悪ふざけだい。グランガイザスも出てきた今遊んでる場合じゃないんだけどねぇ」
「あら?もしかして本気で魔王軍に寝返ったわけじゃないって思ってるんだ姐さんは」
「その姐さんってのやめてくれないかねぇ…アンタの方が年上だろ…」
「えー、今のアタシは10歳の女の子だしー」
「ハァ…じゃあ好きにしていいからさっさとこっちに…!」
ゴッ!と鈍い音をマユは耳にする。そして鼻が詰まり息苦しい。遅れて痛みが顔の中央部に生じた。呆れた様子でジャスティスに歩み寄るマユの顔面に、ジャスティスの拳が炸裂したのだ。
「あら?鼻血出てるわよ?」
「テメ…!」
鼻を抑えるマユをおちょくるようにジャスティスは笑っている。今のパンチの力の入り具合、全力ではないが加減したというわけでもない。自分は敵だとアピールするための必要十分の威力だ。
「姐さん、私はね自分の意思でここにいるのよ。だってグランガイザスが出てきたんだもの。アイツと戦うには戦力がいるわ。そう、利害が一致したってわけ」
「だからって魔王軍なんかに入るなんてねぇ…!」
「…私はね、人間に裏切られたのよ?おかしい話じゃないと思うけど?」
「勇者量産計画…かい?」
マユは自分も陵辱された委員会の計画を思い起こす。その非道な実験の被害体験をもってすれば人間へ絶望するには十分だろう。実際マユも10年以上人を避けて生きてきた。しかしジャスティスの子であるトッシュと会うことで、その曇っていた心は晴れ渡ったのだ。だからジャスティスも生き別れたトッシュと再会することで変わったと、勝手に思い込んでいた。
「違うわ。私だけなら別に多少ひどい目に合わされても絶望はしないわ」
「…トッシュか」
「そう、まだ小さいトッシュを奪われて、下手したら死んでたかもしれない。それにね、あの子が成長してきた10年以上もの間孤独を味合わせてしまった。この憎しみ辛み、絶対に許せないの。だから委員会の黒幕のグランガイザスをぶっちめるために私は手段なんて選んでいられないわ」
そう、自分のことではない。トッシュを思うからこそ、ジャスティスは勇者らしからぬ憎しみに心を囚われてしまっている。自分のことだけなら割り切れる。マユも復讐なんて考えていなかった。もちろん恐怖もあっただろうが、逆に言うと恐怖を優先するくらい復讐の心が時間とともに冷めてしまっていた。マユは、ジャスティスが委員会に陵辱を受けていたという事実を知ったことで、ようやく委員会をぶっ潰すという気持ちになれたのだから。
「そう…さね。自分のことだけなら我慢しちゃうもんね…。アタシもね、そうだった。アンタが委員会に囚われる前にね。アタシも委員会に囚われていけど、ずっと復讐しようなんて思わなかった」
「…!ふーん、それを聞いたらますます三騎士を抜ける気なくなったわね…!」
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バシィ!サンをはたくゼファーの平手。ゼファーにはとある考えがあるのでトッシュたちと本気で敵対しようという気は無いのだが、サンは頭に血が上っているため話にならない。一先ず冷静になれとはたいたわけだが…。
「このガキ、やってくれるじゃない…!」
「クッソ、落ち着けよマジで。あの女は自分から三騎士になったんだからな!むしろ俺引っ張られて巻き添えくらったんだからな!」
事実ではある。言い出しっぺはジャスティスだった。ただ、自分にとっても都合が良いと思ったから一緒に乗っただけである。
「…わかってるわよ、アンタなんかに負けるような人じゃないってことぐらい…」
冷静さを取り戻した、というよりわかっていたがそれを考えないようにするためにわざと興奮を振舞っていただけなのか、とゼファーは悟る。おそらく敵になったジャスティスの考えがわからないのか、わかった上で賛同できずに混乱しているのか、どっちかはわからないが、詰まるところそういうことだろう。
「俺殴られ損じゃねぇか…しゃあねぇ」
ゼファーは、どうしても混乱を抑えられないサンのために、一肌脱ぐことにした。
「来いよ。暴れるだけ暴れたらすっきりすると思うぜ」
「…そうね。…じゃあサンドバックになってもらうわよ!」
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周囲で盛り上がるバトルの中、一際ガチンコで戦っているのがトッシュとピクシーである。この二人は顔見知りではあるが、特に親しいというわけではない。相手を気遣う気持ちは一切湧かない。ただフォーゲルとの戦いを邪魔したピクシーをぶっ飛ばすため、そしてフォーゲルに危害を加えようとするトッシュから守るため、全力で戦っている。
「シッ!」
ピクシーの鋭い蹴りがトッシュに繰り出される。トッシュはその動作前から軌道を見切り、蹴りを掻い鳩尾を潜りぶん殴ろうと狙いを定める。そして、ドッ!と衝撃が、トッシュの後頭部に走った。最初の蹴りは躱されることを見越してあえて力を込めずに放った蹴りである。トッシュは見切りの達人、この蹴りも見切られるだろうと踏んで、あえて下の方にスペースを作って誘い込む。そしてまんまと潜り込んできたトッシュの後頭部に目掛けて、放った脚を戻し踵を振り下ろした!
「かは…!んのやら!」
そのまま重力に逆らえず倒れそうになるトッシュは、あえて重力に逆らわず、逆に勢いをつけて前転…ではなく、そのまま一回転。勢いを乗せ踵を同じくピクシーの頭頂部に落とす!
「チッ!」
ギリギリのところで体を逸らし躱したピクシーはそのまま後方に二歩三歩と後退、そしてトッシュ
も一回転し足が地に着いた途端、そのまま後方へ…飛ばずに、前進した!
「シッ!」
ピクシーは迎撃のローキック!トッシュはその軌道を見切り宙を飛ぶ!次の瞬間、トッシュの腹部にピクシーの蹴りが入った。ピクシーの初撃のローキックはフェイント、そのまま脚を振り切らずに戻し、軌道を変えミドルキックを放った!宙に浮いているトッシュは当然回避できず、そのまま蹴り飛ばされてしまう。
「ググ…てんめぇ…!」
トッシュが見切り上手なのは魔王軍でも評判だ。だからといって無敵というわけではない。見切りが上手いなら、あえて誘い込めばいい。なまじ見切りが良い分フェイントに良く乗ってくれる。並のフェイントならトッシュも問題無いのだろうが、速さと技を極めたピクシーのフェイントはそうもいかない。ピクシーは派手な闘気技も、魔術も持っていない。己の技で戦う純粋な戦士。故にトッシュとの相性は最悪かもしれない。トッシュの最大の長所である見切りを封じされてしまうのだから。