33話 新生、トリプルリッター
ばちこ~んと響く大きな爆発音、アカネはその音の発生元にアルがいると直感し、走る。爆発による被害は町には出ていない。音の大きさから建物の中で起きたものならば倒壊しているはずだがそれもない。ならば音が生じたのはあの広く天井の無い娯楽施設、コロシアムで起きたに違いない。アルはそこにいる!コロシアムは休業中のはずだが入り口は開いている。おそらく見張りがいたのだろうが、あの爆発で内部に向かったということだろうか。カナネも内部へと侵入する。控室のさらに奥、闘技場へと続く暗い廊下を超え、見つけた!
「アルくん!!」
「おおっとー!まだ天は俺に味方しているゥー!」
その声にすぐさま反応したのはベオウルフだ。ベオウルフの背面からやってきたアカネに向かって、デブのくせに素早い動きでベオウルフが飛びかかった。
「!」
「おおっと動くなよ!この女がどうなってもいいのかぁ!?」
アカネの背後に回り込んだデブウルフは、アカネの両手を後ろから拘束し、そして剣をアカネに向け、予想通りのセリフを吐き出した。掴んでいるアカネの両手がなんか異様に冷たく、妙に硬く、少女らしからぬ異質な違和感を感じるが今はそれどころではない。
「うぅ…顔が近い…」
鼻につくデブの息は臭く、頬に当たる刀身はとても冷たい。まるでまだ何も切っていないかのようにきれいなその刀身は、アルには一太刀も当てられなかったのだろうなとアカネは察する。この状況に、アカネはアルと初めて会った洞窟の中での出来事を思い出す。あの時山賊団社長の盾にされた、生きることに絶望していた無力な自分。しかしあの時と今で決定的に違う点。今のアカネには力がある。アルによってもたらされたこの鋼の腕が織り成す力もそうだが、何より生きるという強い意思の力が、今のアカネにはある。生きるためならば、お腹に宿る子供のためならば…。命だって奪ってみせる…。
幸いなことに、闘技場にいるゴロツキは全員気を失って倒れている。目撃者はいないということだ。市民たちも爆発を警戒して中には入ってこない。兵隊さんたちが来る前に、このデブを輪切りにしてしまえば…。アカネがそうメタルアームに指示を出そうとすると、アルがそれを制止する。
「アカネさん、何もしないで。やっとわかってきたんだ、だから」
アルの雰囲気に、何かやりたいことがあるんだとアカネは察する。ここのところ自分は察しが良いなぁと呑気に考え、アルに任せることにした。
「…わかった。お願いねアルくん」
「何ぶつくさ言ってんだよォ!テメェクソガキまずはその落ちてるナイフで自分の脚を刺しなぁ!」
アカネもどこかで聞いたような言葉は、しかしアルの耳には届かない。アルは今かつてないほど集中している。記憶は戻っていないが、これが自分がかつて持っていた力だと直感している。
「な、なんだ!はやくやるんだよぉ!」
手をベオウルフに向けて翳すアル。アルの目に、普段見えないデータが浮かび上がる。ベオウルフとの距離、爆発の範囲・威力、被害予想。不思議とわかる感覚で調整し、それは発動した。
「ちくしょおおぉぉめええぇぇえ!!」
アカネを抉ろうとベオウルフが剣に力を込めようとしたとき、ボン…!と小さな爆発音。ベオウルフが抱きかかえているアカネとは反対側の、ベオウルフのこめかみ部分に起きた小さな爆発が、アカネを傷つけようとする意志を刈り取った。死んではいない。気絶させただけである。
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「すごいねアルくん、あんな器用に魔術使うなんて」」
「…なんかできるようになった。前より上手く…。そんなことより、良かった無事で」
「いけない!アタシを助けてくれた子が危ないの!お願い一緒に来て!」
「…!わかった、案内して!」
コロシアムに生じる人だかりがゆく道を阻む。これだけ騒ぎが起きればあの市役所に湧いたゴロツキどもは逃げてるかもしれないが、ラファエルの傷は深い。放置しては死に至る外傷だ。なんとか人ごみを超え、市役所に到着した二人が見たのは、ゴロツキどもが兵隊たちに制圧されている様だった。その指揮を執っている人物は、アカネが市役所から出たときに横目で見た貴族っぽい姿の男である。この男が制圧の指揮をしたのならばラファエルのことを知っているかもしれないと、アカネは恐る恐る聞いてみる。
「あの…!ここに腕をケガした子がいませんでしたか…?」
「ん?あぁ、アイツなら病院に搬送し…た…!」
貴族然とした姿の男はアカネに返答しながら、アカネと一緒にいる少年の姿を見て驚いた様子である。
「あの…?」
「あ…あぁ、すまん。王立労災病院に搬送されたから安心するといい。ちゃんと止血もされてたからな命に別状はないだろう」
「そうですか!ありがとうございます!行こうアルくん!」
「うん、道わかんないから案内してね」
王立労災病院へと走り出す二人の背を見て、その男、フィリップ2世は感嘆する。
「赤い衝撃…なんか雰囲気変わったな…」
フィリップは委員会を切り捨てたグランガイザスに備えるため、ローシャ市へとやってきた。1日早くやって来たのはただ単に急いだだけのことであるが、このおかげでローシャ市の腐敗の一端を目にすることができた。市役所内で暴れるゴロツキども。普通こんなことをすればすぐに打ち首ものだ。なのに平気で暴れ、通報されてもいない。フィリップの私兵がいなければどうなっていたことか。
「こいつらと繋がってるクソ貴族がいやがるな…やれやれだ。委員会だけがゴミじゃないんだなぁ」
王国再建の第一歩、まずはローシャ市政の改善。そして外敵への対処。両足で第一歩を踏み出すだすようなものだ。どっちもやらなきゃいけないのは貴族の辛いところである。だが、それが貴族の義務であり、その覚悟はできている。覚悟もせず、義務を放棄した貴族にはもはや貴族の資格は無い。ただの利益を貪るだけのゴミにすぎない。フィリップは明日から本格的にゴミ掃除に取り組もうと、改めて決意した。
「いない!?どういうことですか!?」
アカネが労災病院で搬送された患者にラファエルがいたかを尋ねると、病院の受け付けはそんな患者は来ていないと突っぱねた。
「しかし…さきほど搬送されたということですが来ていないのです。もしかしたら別の病院に行かれたのかもしれません」
「そうですか…わかりました、ありがとうございました」
受付とアカネのやり取りで出たラファエルという名前、アルは聞き覚えがあるような気がしないでも無い気がなきにしも非ずな可能性が微粒子レベルで存在してそうな感覚を覚えたが、まぁはっきりと思い出せないのなら大した記憶じゃないんだろうと2秒で切り替えた。
「ローシャ市の他の病院か。トーマス総合病院とかブロッサムクロスホスピタルとか、どうするアカネさん、全部回る?」
「うん…おっきな病院行ってみる」
しかし、二人はラファエルを見つけることはできなかった。
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そして、翌日。その時が来た。
「トッシュ…そしてジャスティスの子たちよ、約束の時だ。このフォーゲルにどこまで戦えるかな?」
「フン、お前一人かフォーゲル?まぁいい。この俺が相手を…」
トッシュのセリフの途中でバコン!と突如足元が浮かび上がる!
「何!?」
「貴様の相手はこの地竜騎ピクシーよ!」
完全に予想外の地下からの攻撃!気配探知が得意なのにどうも最近捗らない。まぁ魔王軍なら知っていることだから警戒はするだろうし仕方のないことだ、それにしてもこいつはいつから潜伏していたのだろうと気になるところではあるが、しかし今優先すべきはフォーゲル。ピクシーをのかしてフォーゲルに殴りかかろうとする。
「邪魔だどけミミズヤロァ!」
「邪魔は貴様だ、そらあっち行け!」
「うお!またこれかよ!」
以前ギャミにやられたノックバック攻撃でその場から飛ばされるトッシュ。いきなりトッシュの計画が崩れてしまった。まぁこうなることも予想していたので急遽プランBへ移行する。フォーゲルの相手を、トッシュたちの中で最強の戦力であるマユをぶつける!
「チッ、仕方ないねぇ。アタシがアンタの相手をしてやるよ」
「それはダメ」
「!」
いつの間にかマユの背後に立っていた小柄な少女が、そのまま名乗りを上げる
「母なる大海の力を宿す聖竜騎シャイニングブレイク!さぁお互い本気でやりましょ!」
あの先代魔王グランガイザスとの闘いの日から憧れていた、いつも聞いていた懐かしき美しい声はあの時のままに。
「…どういうことか説明してもらおうかい…ジャスティス!!」
マユと交戦を開始した少女の正体は、サンもすぐにわかった。10歳前後になってさらに愛らしくなっても本質は変わらない美しいお姿、聞いているだけで落ち着き気持ちが良くなる低めの声、まるでチョコレートの様な体から漂う臭い、すべてがその少女を憧れのジャスティスだと彼女に教えていた。
「お姉さま…何で…?」
仮面をかぶっているものの、正体を隠す気皆無のジャスティスがフォーゲルの配下として、いやそれ以上に敵として目の前に立っている。この事実がサンを絶望へと導く。しかし闇へと落ちるサンを救ったのは、勇者の子だった。
「フフフ、聖女サンよ。貴方の相手はこの嵐竜騎ゲイルストライクが務め…ブホォ!」
失意を上回る怒りか。このゲイルストライなんとかとか名乗るゼファーがジャスティスを狂わせたのか。海竜騎アトラスに八つ当たりしようと思っていた拳の振るい先が本人になってうれしいのか。サンはこれまでにない力で自称ゲイルストライクを殴り飛ばした。
「ウフフフフ…お姉さまを誑かしたのはお前ね…躾てあげるから往生しぃやぁ!」
「うわわわ!なんで俺だけぇええええ!」
トッシュ、マユ、サンに相手があてがわれた。こちらに残っているのはビィ一人。アルは控えに回っている。トッシュはフォーゲルの配下は三騎士だと言っていた。しかしジャスティスとゼファーが敵に回ったとういことは、そして二人とも騎士と名乗っているからには現状奴らは五騎士になっている…ということだろうか。残り二人を相手にするなんてめんどくさいなぁとビィが嘆いていると、予想外の相手が目の前に来た。
「さて、始めようかアルくん。それともビィくんかな?」
「!??!?!?!??!!!?………………え?」
相手は魔竜将軍フォーゲル。正直天竜騎アレックスと海竜騎アトラスを同時に相手にするほうがマシな相手である。