32話 憤懣、新たな力のトリガー
トッシュたちの対フォーゲル会議が終わりアルはアカネと共にローシャ市市役所を目指す。一応ローシャ市に守護者として雇われたので呼び出しに応じなければならない。呼び出しの理由はもちろん明日のフォーゲル来襲だ。
「王国南部上空に突如出現したグランガイザスの城に、王国貴族の重鎮が何名か姿を消したため国内は混乱しています。なんとしてもフォーゲルを追い払って立て直しを図らねばなりません。そのために明日、フィリップ伯がローシャ市に来られるのです。フィリップ伯にまで何かあればもう混乱はどうにもなりません。何としてもフォーゲルを何とかしなければ」
「まぁ、大丈夫でしょ。俺もここ数日で仲間増えたんで」
王国の窮状を説明する役人、守護者として市民を安心させるため対策はバッチリと説明するアル。実際万が一のときには自分が出てフォーゲルと三騎士を皆殺しにすればいいやと思っている。アルの潜在的な力はファーストロットの4人の中でも屈指である。最も、その力の使い方がまだ思い出せないのだが、まぁ危機的な状況になれば覚醒するのはお約束だし何とかなるだろとアルは呑気だ。
「アルくん、君の職場の猫カフェは大丈夫なの?猫くんたちは避難できないよね?」
「あぁ、避難するのは短時間だし猫くんもお留守番大丈夫だと店長は言ってたよ」
最後に役人はアルに確認する。これは仕事での確認事項ではなく、個人的に気になるが故に聞くことであり、そしておそらくすべての市民が疑問に思うことであろう。
「ほんとに、貴方たちだけに任せても良いんでしょうか…?市には在中している騎士兵士傭兵と戦力もそろっていますが…」
「それは大丈夫。むしろ邪魔だし」
「しかし…」
役人が言葉を続ける前に乱暴な声がアルの耳に届く。
「えらい自信だなぁ!?えぇ!?さすがは英雄さまってか!?」
「ベオウルフさん!」
筋肉モリモリのとっても強そうな男の人の姿がアルたちの背後に立っていた。
「誰?これ?」
「ベオウルフさんって言ってたでしょアルくん」
「ケッ!ローシャ市最強の傭兵と称えられた俺を知らんとは田舎もんめ!」
なんともわかりやすい性格である。力の強さだけが自慢だったのだろう。だから自分の力を発揮すべき活躍の場をアルにとられてカンカンのようだ。この手の輩はメンツを何よりも大事にする。このメンツを公衆の面前で叩き折るのも楽しそうだとアルは考えてしまった。
「あー、喧嘩売ってるのかしら?」
「やめなよアルくん」
「ベオウルフさん、市役所で騒ぎは起こさないでくれませんか?」
「あぁ!?木っ端役人の分際で指図するんか…!チッ、木っ端役人様がこうおっしゃってるから表へ出ろクソガキ!誰が一番なのかわからせてやる!」
「あーはいはい、アカネさんはここで待ってて」
「もう…」
アルが随分余裕な態度を見ることはわかっていたが、一緒にいる一般人らしきアカネまで心配している素振りを見せないことがベオウルフの怒りを頂点へと引き上げる。目覚めた怒りが。ベオウフルの¥新たな力を目覚めさせる。
「このクソガキ…ギタッギタに叩き潰してやる…!」
「表って市役所前でやるの?人前でそんな恥ずかしい真似したくないなぁ」
フォーゲル襲撃が明日に迫る今、住民は避難をしているが人の往来が皆無というわけではない。しかもここは市役所前、避難中のアレコレを聞きにくる人も見られている。守護者という立場からそのような人前で人間相手に暴れるようなマネは避けるべきだろうと、アルは考えている。
「フフフ、心配するな。表ってのはただの言葉のアレだ」
「綾な。お前頭悪いだろ」
「グ…なめるなよ!俺は小学生の頃はクラスの男子で一番朗読が上手かったし成績だって良かったんだ!」
「そうかい、なら傭兵なんてアコギなことやってないで声優に出もなとっけよ」
「フン、田舎者め。声優で繰っていけるのはほんの一握りよ。それより俺の才能を生かせるのがこの傭兵という商売なのだ。…さて、ここだ。」
小学生の頃に男子で読書が一番上手だったと先生に褒められたベオウルフが案内したのは、このローシャ市の娯楽施設、ファイトダービーと呼ばれる人間同士や人間対猛獣・魔獣のバトルが行われる市営賭博場。通称コロシアムだ。
「明日魔王軍が来るからな、今日は休業中で誰もいない。ここなら目立たずに戦えるってもんだ」
「へー、これが賭博場かぁ。てことはペロウルフくんもここのファイターなのか?」
「ベオウルフだ、お前頭悪いだろ。人の名前はちゃんと覚えないとトラブルの元だぞ」
「悪い、人の顔と名前を覚えるのが苦手なもんで。あと頭じゃなくて性格かな悪いのは」
「チッ、まったくだ。さぁ、テメェを叩き潰して俺がナンバー1だと証明してやる」
闘技場の中央で、ベオウルフは剣を構える。
「あのさ、俺がここでやられたら誰が明日魔王軍と戦うのかわかってる?」
「フン!俺がやってやるさ!」
「あーそー」
実際アルはフォーゲル戦で戦う予定は無いが、それでもトッシュたちに何かあれば自分が出なければならないと彼は思っている。こんなつまらない喧嘩でケガをするわけにはいかない。
「速攻で片付けるからな」
「ハッ!かかってこいや!俺の真必殺技で秒殺してやる!」
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「何でアイツ、ベオウルフと一緒なんだ?」
町でアカネと一緒にアルがいるのを見かけたラファエルは、その動向が気になり後をつけていた。二人が市役所に入ったあと入り口で張っていたら、今度は茜に変わりベオウルフと一緒に外出をした。つまり市役所内にはアカネが一人残っているということになる。
「…嫌な予感がするな」
ベオウルフは市の傭兵の中でも一番の手練れだが、アルに腕を折られたラファエルはアルならまぁ大丈夫だろとアカネの方へと向かう。ちょうど市役所の役人と一緒に奥へ向かうアカネの姿が見えた。
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「あの、話って何でしょう?」
市役所の役人から大事な話があると言われ通されたのは市役所奥のいかにも関係者立ち入り禁止な区画。その奥の会議室の中に入るよう促されたアカネは、室内で市役所には似つかない連中と出くわした。
「へぇ~けっこうかわいいじゃん」
「ブヘヘ、市役所だから安全だと思ってたのかなぁ?」
「ベオウルフの奴のおかげだあのバカに感謝だぜ」
モヒカンだの肩パッドだの世紀末感漂うゴロツキたち。すぐに騙されたとわかって役人の方へと振り返ると同時に、扉が外からガチャリとカギを掛けれる音を聞いた。
「ちょっと!なんのつもりなの!?」
しかし返答は無い。後ろのゴロツキが発する下品なアヘアヘ声が耳に入るばかりだ。
「かわいそうねぇアカネちゃん、君騙されたんだよ~」
「ヒャヒャヒャ、まぁ騙して悪かったからよ。お詫びに楽しませてやるぜぇ」
「いっぱいエッチしようぜぇ~」
「…!」
今の言葉がアカネに火を付けた。もう二度とあんな目にはあいたくない。今のアカネには力がある。アナコンダを手加減して追い払ったあの力を全力で使えば、この程度のゴロツキなど簡単に輪切りにできる。
「おっ、かっこいいねぇ。たった一人で俺たち10人相手に闘うつもりだぜぇ」
「へっへっへ、上等じゃねぇか。ちょっとお腹出てるからな、ダイエットしてもらおうじゃねぇか」
今の言葉がアカネの堪忍袋の緒をなんとやら、激情に任せて暴れようとした直前、知った声がアカネを止めた。
「ダメだ止まれ!」
「え?ラ…君は!?」
ドガァンと扉をぶち破り、先日知ったばかりの男の子が飛び込んできた。
「お、冷静になったね。咄嗟に俺の名前を言うのをやめたね。さぁ逃げるよ!」
アカネの手を引き、ラファエルは走る。まだかこんな早くにまた一緒に逃げることになるなんて思っていなかった。
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「グボァ!」
地べたに這いずるベオウルフに、アルは余裕を持ってベオウルフを称える。
「お前さん、割と強いな」
「グググ…クソガキがぁ…!」
トッシュを取り囲むようにぞろぞろと闘技場の周囲からゴロツキたちが湧いてきた。その数はおよそ20人といったところか。
「ザコを集めたところで勝てないのにね」
「ヘッヘッヘ…もう容赦しねぇ。テメェはここで殺す!」
「やってみなよ」
「おぉやってやるぜぇ…ところでクソガキィ、女を市役所に残してきて良かったのかなぁ?」
「何…だと…?」
「市役所の中なら安全だと思ってたんだろうがよぉ、へへへ。あの女のことが大事ならよぉ、分かってんよな?」
「テメェ…!」
「やっちめぇー!オメェラー!」
非道な輩の卑劣な行為に、アルは自分の中に燃え上がる何かを感じ取った。
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「クソ!市役所で騒ぎ起こしてるってのに何で誰も来ねぇんだよ!」
アカネを連れて逃げるラファエルだったが、正面玄関や裏口に行こうとする道にはゴロツキが待ち伏せしており外へ出ることができない。それどころかすれ違う役人はそそくさを目を逸らし、通報する様子が全くない。ラファエルが最初にぶっ飛ばした木っ端役人もおどおどと下を向いてから簡単にぶっ飛ばせた。ラファエルはきな臭くなってきたと直感する。
「おらー!待てやコラー!」
ドタドタと凶器を振り回しながら追いかけてくるゴロツキから逃げるため、役人の机から物をぶん投げてけん制する。役人と市民の悲鳴が響く。
「ラファエルくん、何で私追われてるの?」
「たぶん君が一緒にいたアイツをボコボコにするためじゃないかな!うお!あっぶねぇなくのやろ!」
ゴロツキを躱しながら、アカネの疑問に答える。あのクソガキはめっちゃ強いのはラファエルも知っている。ベオウルフなんかじゃ相手にならないほどだ。しかしクソガキを連れて外を歩くベオウルフの自信に満ちた気持ち悪い表情と、今の状況。間違いなくアカネを人質にするつもりだ。
「え?アルくんを!?」
「あいつアルってのか!とにかく俺が道を開くから君はアイツのとこへ行って!行先はわからないから大声でアイツを呼ぶんだ!」
「うん…!」
状況は袋のネズミ。3Fでゴロツキに取り囲まれたこの状況、道を開くとは言ったものの、さてどうするかとラファエルは考える。
「仕方ない。飛ぶよ茜ちゃん!」
「え?ええ?」
アカネは腰からいきなり抱え驚く。ラファエルの手が尻を触ってる!胸が肩に当たってる!慌てるアカネを顧みずラファエルは窓をガラっと開け、そこから一気に飛び降りた!
「えええええええー!」
ラファエルはすかさず右手でロープを出…そうとして、自分が骨折してギプスを付けていることを思い出す。うまくロープが取り出せない!
「しまった!ええいクソ!」
落下するラファエルは落下途中にすれ違う2Fの窓ガラスを右腕で突き破る。そのまま肘をひっかけて落下を止め、アカネを2Fへと投げ込む。
「ラファエルくん!」
「そのまま外に行け!俺もすぐ行く!」
「待ってて!すぐアルくん連れて来るから!」
3Fのごろつきがバタバタこちらに向かってくる足音が聞こえる。幸いアカネはでも…とか言って躊躇したりせずにすぐ逃げてくれたから良かった。このケガは無駄にならずに済んだ。割れた窓ガラスはとても鋭利である。フィクションでは全身で窓ガラスを突き破るなんてのをよく見るものだが、実際はあれをやると全身がズタズタになってしまうおそれがあるので止めよう。今のラファエルも肘に割れた窓ガラスが突き刺さり、血液が脈打つ度にドクドクと流れていく。
「やっべぇ…動脈切れてる…」
アルを連れてくる。アカネはそう言って駆け出した。もしアルが来たら自分は殺されるかもしれないが、その前に失血死しそうだなと悟る。
「おい、女がいねぇぞ!いるのは男だけだ!」
「チィ!てめぇらは追え!俺はこいつに止めを刺してやる!」
ゴロツキたちが外へと向かっていく中、一人だけ。ラファエルに近づいてくる男の気配。窓からぶら下がっているラファエルに、ゴロツキは気を聞かせてくれたのか窓から首を出し、そのサディスティックな笑顔を見せてくれた。
「ブヘヘ、この出血じゃ死ぬなオメェ。まぁ腕が切断されなかっただけ運が良かったな」
「ハァ…ハァ…いや、運が悪かったな…最後に見るのがこんなブサイクな顔なんだもんあぁ」
「(ビキビキ…!)アァ!?じゃあ俺のハンサムな顔を拝みながら死ねやぁ!」
ゴロツキはラファエルの右腕をガラスから引き抜き、そのまま地面へと落とす。地上3F、高さは10m前後。このまま落下したら死ぬ可能性がある。1mは一命取るというのに、その10倍の鷹さだ。
「あっけねぇ…」
落下するまで3秒程度だろうか。その間、ラファエルは生きることをあきらめた。思えば山賊に参入し悪いことをしてきた。あのアカネを、同僚と一緒に慰み者にもしていた。最後にアカネを助けて死ねるなら、まぁいいかな…と、自分勝手に納得して穏やかに逝こうとした彼を救ったのは、アカネだった。
ボヨン、と想像よりも柔らかい衝撃。アカネは自らのメタルアームから生み出した網でラファエルを受け止めたのだ。
「ちょ、1Fまで降りるの速いね…」
「この脚はただの脚じゃないからね」
そのままアカネはラファエルの腕を縛り、止血する。このまま一緒に抱きかかえて連れて行こうとするが、それをラファエルが制止した。
「だめ、君はすぐにアイツのとこに行って。俺は死んだフリしとくから」
「…わかった。すぐに戻るからね」
ほんとにすぐに決断する子だなぁと、ラファエルは感心する。走るアカネの後ろ姿はすぐに見えなくなった。
「速ぇ…そいやパラリンピックのランナーはすげー義足でめっちゃ速く走るんだっけか」
感心しながら見送るラファエルの視線を背に走るアカネは、市役所から出た所ですごい貴族っぽい人の巣柄を横目に確認した。
「対して遅いなアンタラは。遅漏は嫌われるぜ?」
遅れてダバダバとゴロツキどもが来襲する。アカネの脚の速さは、行先が分かっていればこんな奴らに捕まることなくアルとやらの元に辿り着けるだろうが、行先がわからないならそうもいくまい。探している間にバッタリ、何てのも十分にあり得る。ここは足止めをするのが自分の役目だとラファエルは腹を決める。
「クソ野郎…!こうなりゃテメェをぶっ殺してやる!…ん?」
「おい、アレ…」
「は?なんで今日来てるんだ!?明日の筈だろ!」
ラファエルの背後、当然ラファエルは見えないその後方を見て、ゴロツキたちが慄いている。いや、怯えている。何事かと振り返るラファエルは、その背後の人物を見て驚いた。下等国民とは違う高い身分、貴族。その地位から言葉だけで下等国民の命すらもあっさりと奪うことができる絶対的な力。その上級国民たる権力の保持者に無礼を働こうものならば命は無い。本来ならば明日来訪予定の、伯爵位を賜る王国の重鎮。フィリップ2世その人が、市役所までやって来たのだ。
「フン、現場の人間が真面目でもやはり上は腐ってるようだな」
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「オラオラオラオラァ!」
「アリアリアリアリアリ!」
「どうしたぁ!死にたくないなら抵抗してみせろ!」
「そん時はおまえの女が死ぬけどなぁ!わが身を大事に女を見捨てるクズになっちまいなぁ!」
コロシアムでベオウルフの仲間たちに一夫的に殴られるアル。その様子を見てベオウルフは、アルの強さが尋常ではないことを再認識した。ローシャ市最強の傭兵であり闘技場のエースファイター、そのベオウルフを一方的に叩きのめしたその子供は、手下たちに殴られながらも倒れる様子が見られない。それどころかダメージを最小限にするため、拳がうち抜かれる前にあえて前にでて当たることで、拳に力が入りきらないようにしているのだ。
「チッ、まぁいい。各員援護しろ!トドメは俺が刺す!」
剣を大上段に構え、さらにいつも以上の跳躍!この圧倒的高さから振り下ろされるベオウルフの真必殺技・稲妻兜割りがアルに繰り出されたそのときだ。
「アルくーん!」
かすかに、しかし確かにアカネの声がアルに届いた。つまりはアカネはベオウルフの手下から逃げることができたに違いない!ならばこのまま好きにさせる理由も無い!
「もう遅い!死ねぇ!」
目前まで稲妻兜割りが迫るその瞬間、アルの心の中で燃えていた激情が一気に吹き上がった!それはアルの全身から迸るオーラとなり、爆発!ベオウルフとその手下を吹き飛ばす!
「ぶへえ!」
「ンゴォ!」
「グワァー!」
断末魔とともに倒れる手下たち。そんななか、一人だけ意識を保ち、さらに逃げようと動きだすベオウルフは、やはりこの中では最強なんだろう。実際わりと強いとアルも評価している。
「今のは…なんか、使える気がしてきた」
かつての自分の名、赤い衝撃。ファーゲル戦を前に、その名を象徴する力を取り戻せるかもしれない。
「ひいいいいい…!」
「逃げるなよ…なんかわかってきたんだ…」